中小企業の脱炭素「ひとごとではない」納得の理由 実は手軽?事例に学ぶ「脱炭素経営」の現実味
中小企業は大企業から「情報開示」を求められる
地球温暖化対策推進法は、温室効果ガス(※1)を一定以上排出する事業者に、自らの排出量の算定と国への報告を義務づけ、報告された情報を国が公表している。さらに東証プライム市場の上場企業は、2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂により、ますます企業の気候変動の取り組みや情報開示の必要性が高まっており、「Scope1」(※2)と「Scope2」(※3)にとどまらず、「Scope3」(※4)の排出量の算定や公表についての対応が求められている。
※1 二酸化炭素(CO2)が代表的。ほかにもフロンなどが該当
※2 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
※3 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
※4 Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)
このため、例えば大企業に自社製品を納品している中小企業は今後、取引先の大企業から、「納品物の製造過程において排出される温室効果ガスの量」の提出を求められる可能性が高い。中小企業が脱炭素経営に本腰を入れて取り組むべき時はすでに来ているのだ。
「エネルギー大量消費」は経営と環境双方の負荷
こうした中でいち早く脱炭素経営に取り組み、新たなビジネスチャンスの獲得につなげた中小企業がある。その1つが、岐阜県大垣市の艶金だ。
1889年の創業以来、洋服の生地の染色加工および生地や縫製品の販売を手がけてきた同社は、2019年に脱炭素経営を宣言し、2021年に中小企業版のSBT認定を取得した。SBTとは、パリ協定の水準に従い科学的根拠に基づく温室効果ガス排出の削減目標を立てた企業が加盟できる、国際的なイニシアチブ。艶金代表取締役社長の墨勇志氏は、脱炭素経営に踏み出した背景をこう語る。
「弊社は、アパレル企業に生地を販売する会社から生地の染色を請け負っています。しかし、平成の時代に産業の海外移転が進んだことで、近年は受注が減っていました」
海外移転に揺れつつも、差し当たり工場の一角で始めたのが、シーズンが終わり店頭から撤去された衣服などを預かる保管業だった。「ただ、シーズンが巡っても引き取られずに結局処分される商品もありました。そこで初めて、せっかく染めた生地がぞんざいに扱われている現実を知ったのです」。
そのうえ、染色加工はもともとエネルギー多消費型の産業だ。生地をむらなく染めるためには、約8〜10時間、高温に保った大量の水に生地を浸してすすぎと排水を繰り返す必要がある。「以前はコストを下げるべく省エネを検討していましたが、ここ最近で、エネルギーの大量消費は経営だけでなく環境の負荷でもあると知りました。経営の見直しと産業の持続可能性の促進が同じベクトルにあったため、脱炭素経営に踏み切ったのです」。
まず実施したのは、事業活動による温室効果ガス排出量(Scope1とScope2)の算定だった。「2017年の弊社のCO2排出量は約4000トン。目標は、当時2030年までに2017年比約20%減とし、その後、2030年までに2018年比50%減としました」。排出量の多くはScope2である供給電力の使用による間接的なものが占めていた。生産量を落とさずに電力消費量を減らす方法を検討する中で、照明のLED化や高効率のコンプレッサー導入にたどり着いたという。
「2021年7月からは使用電力の10%を再生可能エネルギーに変更しました。電力会社に再エネ推進企業を優遇する仕組みがあり、全体の電気料金があまり上がらないよう調整してもらえたのです」
中小企業版SBT認定取得後は、取引先からポジティブな反応が増えたという。ここ数年でサステイナビリティーをコンセプトにするアパレルブランドが急増したこともあり、艶金の売り上げは昨年から今年にかけて増加傾向だ。さらには、コンバース「ALL STAR」が、同社の染色ブランド「のこり染」を採用するなど、新たな取引先開拓にも成功した。
創業以来、洋服生地だけを手がけてきた艶金にとって、今回靴生地の染色を受注できたことは大きなチャンス。これを機に同社の取り組みは業界に広く知られるところとなり、大学卒の就活生が脱炭素経営に共感して入社を希望するなど、うれしい変化も出てきた。
「製造業はサプライチェーンの温室効果ガス排出量が非常に高いため、排出量削減を実践すれば他社からも評価・重宝されます。脱炭素経営は中小企業にとって好機になるはずです」
脱炭素経営はもはや生き残りの条件に
もう1つ、脱炭素経営を始めた企業を紹介する。愛知県岡崎市で自動車部品の金属プレス製品を手がける協発工業だ。同社は自動車・輸送用機器セクターとして国内で初めて中小企業版SBT認定を取得した。代表取締役の柿本浩氏は、その契機をこう話す。
「知人が脱炭素経営に取り組み始めたと聞き、教えてもらうようになったのがきっかけです。弊社はまず、現状のCO2排出量を把握してみることから始めました」
電力消費量の削減方法を検討するうち、本格的に脱炭素経営を始動するに至ったという。
「弊社のCO2排出量の90%が、電気使用によるものでした。そこで設備ごとの電力使用量を調査し、できることから始めることにしました」。具体的には、蛍光灯をLED照明に変えて必要最低限の作業場のみを照らす、社用車をEV自動車やハイブリッド車に変更する、工場設備を省エネ仕様に切り替えるといったことだ。今後は、太陽光パネルを工場の屋根に設置する予定もある。
「簡単なところでは、コンプレッサーの圧力を必要最低限の値に変えただけで電気の使用量が減りました。また、同じ電気使用量でも、契約する電力会社によって排出係数が異なります。脱炭素経営を始めて、思った以上に手軽にできることがあると知りました」。同社は、2030年までにCO2排出量を2018年の50%にまで減らすという目標を掲げている。各年の具体的な計画を着実にクリアし続けることで、到達を目指していくという。
「われわれの業界はコスト競争が激しいため、これまでも電気使用量には着目していました。今後はさらにCO2排出量も結び付け、持続可能な経営には省エネの視点も必要であることを周知させていきます」。2021年にSBT認定を取得してからはメディアに取り上げられる機会が増え、同業他社から脱炭素経営の相談が来るなど、認知度も上がったという。
「この先、企業のSBT認定取得は当たり前になるかもしれません。また、他業種から仕事を受注する際にCO2排出量の削減が条件になる可能性もあります。脱炭素経営はもはや、企業が生き残るための必須条件なのではないでしょうか」
今や、脱炭素経営は企業経営の重要なファクターの1つ。いち早く取り組むことで、業界の牽引役となるだけでなく、新たなビジネスチャンスの獲得や事業の持続可能性の確保にもつなげることが可能になる。今回取材した2企業の取り組みのきっかけは共通して、現状の温室効果ガス排出量を算定し把握したことだった。折よく、6月は環境月間だ。この機会に脱炭素経営について考えるのもいいだろう。