ダイキン「58歳で“初”海外」独自のベテラン活用 日本の「熟練」ノウハウを海外若手人材に伝授
大阪以外で働くのは初体験。58歳でインドネシアへ
飛行機でインドネシアへ飛び、現地にある支店の営業サポートや販売店の育成に従事。2週間ほど滞在後にいったん日本に戻り、また現地支店を支援しにインドネシアへ――。
コロナ禍が起きる前までのおよそ1年間、このように日本とインドネシアの往復を繰り返す日々を送っていたという、ダイキンの眞部則男氏。海外での精力的な仕事内容を聞けば「エネルギッシュな若者」をイメージするかもしれない。が、実はこの眞部氏、なんと今年61歳だ。
もともとは30年前にダイキンに転職して以来、大阪の販売子会社で国内営業一筋。定年が迫る2019年の58歳だったときに、アジアなど新興国地域のビジネスを担当するグローバル戦略本部の営業企画部に異動し、インドネシアに13ある支店のうちの2支店のサポート業務に携わってきた。同本部部長の北脇朗夫氏が「社内外で名を馳せたすごい営業マン」と太鼓判を押す人物だ。
しかしこのときまで、仕事で近畿圏を出たことはほとんどなかったという。それがなぜ、定年を間近に控えるタイミングで海外へチャレンジすることにしたのか。
「50代半ばに差しかかった頃から、定年後の仕事を意識するようになりました。直売店や代理店をはじめ、ダイキンの販売ルートのほぼすべてに対する営業を担当してきたので、その経験を生かした後進の育成や、まったく別の企業へ再就職することも含め、選択肢はいくつかありました。
ただ、思っていたのは『これまでと違うことに挑戦してみたい』ということ。そうした中で、海外拠点で人材育成を担う人材を社内で募集していると聞きました。ダイキングループで30年間働かせてもらった恩を感じていたこともあって、貢献の意味でも興味を持ち、応募したのです」(眞部氏)
定年後にどうするかずっとモヤモヤしていたという眞部氏にとっては、まさに渡りに船の募集だった。言葉やコミュニケーションに若干の不安はあったが、通訳をつけられると聞き迷わず挙手。インドネシアにある2支店のマネージャーに国内で培ってきた営業ノウハウを伝授するという役割を担うことになった。
アジア地域の支店では現地で人材を採用する一方、人材が定着しないことが課題となっていた。マネージャー自身も、ただ顧客の要望に沿って販売するだけでなく、こちらからニーズを掘り起こし提案していく「ダイキン流」のソリューション営業の経験を積まないまま、営業経験の浅い若手を育成しまとめる役割を担っていたため、そうした若手営業が顧客を訪問しても、提案活動をせずに世間話だけで終わることもあった。
現地を訪れた眞部氏は、まず支店長や営業担当者に自分自身のスキルアップが業績の達成にどう影響するかを理解してもらうことから着手。個々人から日頃の仕事のフィードバックを受けて、きめ細かく指導するという方法で育成のPDCAを重ねていった。その中で、インドネシアの若手に大きな可能性を感じたという。
「まず、教えたことに対して質問の数がすごく多いことに驚きました。つねに吸収しようとするハングリーな姿勢がある。目をギラギラさせた若手のやる気に、私も大きな刺激を受けました」(眞部氏)
現在はコロナ禍の影響により、大阪にいながら現地とオンラインでつないで指導を続けているが、「やはり対面のコミュニケーションは重要なので早く現地に行きたい」と眞部氏。また、今はインドネシアだけではなく、ミャンマーやタイの支援も任され、大阪からリモートで指導に当たっている。
「これまでの経験を生かして、国内の営業窓口と情報連携し、日系企業の海外拠点を開拓して海外の販売会社につなぐ仕事もしています。こうした経験を生かした新たな取り組みを進め、ダイキングループ全体で空調が売れる仕組みづくりにチャレンジし続けます」(眞部氏)
アジアの新興国で「ダイキン流」営業手法を強化
ダイキンはかねて「人を基軸におく経営」を基盤に、年齢や性別、国籍、経験の長さを問わない人材の活用や育成に力を入れてきた。その一環としてベテラン層の活躍も早くから推進。1991年に60歳で定年を迎えた後も働き続けられる再雇用制度を導入すると、2001年には、希望すれば65歳まで働けるよう制度を拡充。21年4月には70歳まで再雇用期間を延長し、ベテラン人材のさらなる活躍を後押ししている。
それにしても、技術系の人材が海外で活躍する事例はよくあるが、国内一筋でキャリアを築いてきたベテランの営業人材が、海外現地の営業強化の目的で、しかも定年間近になって海外に配置されるというのは企業として珍しい取り組みといえる。これはダイキンの中でもグローバル戦略本部ならではのものだが、なぜ行われるようになったのか。きっかけは、アジア地域の従業員の採用や育成を担当する、グローバル戦略本部企画部の菊池則宏氏が抱えていたある課題感だった。
「ダイキンは空調事業でグローバルナンバーワンの地位を確立していましたが、18年に策定した戦略経営計画『FUSION20後半計画』では、その地位にあぐらをかくのではなく、新たなチャレンジをしていこうという方針が打ち出されました。その1つがアジアの新興国地域の事業強化です。それにはローカル人材の採用強化はもちろんのこと、同時にまだ十分に販売スキルが備わっていない現地の人材にダイキン流の営業力を強化するための教育も必要でした」(菊池氏)
これまでダイバーシティーを基に個々の才能を結集させることに力を注いできたダイキン。しかし、それまでベテランの営業が、販売スキルの整っていない国に行き指導するケースはほとんどなかったという。
「ダイキンのベテラン営業は、ノウハウの宝庫です。グローバル戦略本部としては、国内のベテラン層が持つスキルを海外に展開できないかと考えていました。
一方、国内の空調営業本部では、厚みのあるベテラン層を活用する重要性を理解しながらも、組織活性化のためには若手優秀人材の抜擢も必要だと認識し、取り組もうとしていました。いわば二律背反する事象への対応に直面していたわけですが、そこが国内営業のベテラン層の方々のスキルや能力を活用させてほしいというグローバル戦略本部のニーズに合致したのです。
そうした背景から、空調営業本部の人事担当者と話をしたときに『海外へ行ってみたいというベテラン人材が集まるかもしれない』と聞き、国内営業の50歳以降の社員に絞って海外赴任の募集をかけました」(菊池氏)
そうして行われた募集第1弾で手を挙げたのが、先述した眞部氏ら定年前後の3名だった。いずれもダイキン社内でやり手といわれたメンバーばかりで、「驚いたと同時にうれしかった」と菊池氏。ベテランの営業をグローバル拠点に送り出すことは初の試みだったことから、まずはトライアルとして本人の希望を聞きながら雇用条件を構築し、出張ベースや現地駐在でノウハウの伝授を開始した。
国内空調営業のベテラン人材がスキルを教えに来てくれることは、現地支社の若手から感謝をもって歓迎されたという。眞部氏が担当するインドネシアの支店では、ダイキン流の営業を広げていった結果「売り上げもどんどん伸びていっています」(菊池氏)と、手応えを得ているようだ。
新しい経験や発見は「人を輝かせる」
コロナ禍で一時募集を停止していたベテラン人材の海外起用だが、コロナ禍の状況改善を受け、第2弾の実施に向けてすでに動き出しているという。
「ベテラン勢の海外赴任のチャレンジは夢につながるキャリアパスであり、ダイバーシティーを体現した取り組みだと考えています。シニアの年齢になって海外に行った方々が成功例を積み上げていけば、次の後輩たちが『自分もやってみよう』と思ってくれるかもしれない。そうした意味で眞部さんたちには、後輩たちへの『キャリアの鑑』になってもらいたいですね」と菊池氏。
眞部氏は、「30代や40代の頃は、自分が海外で働くとは夢にも思っていませんでした。それが60歳を超えて、想像できなかったことにチャレンジしている今、仕事がとても楽しいです」と笑顔を見せる。
グローバル戦略本部の北脇氏は、今後の展望についてこう語る。
「第1弾のグローバル人材として海外赴任したメンバーは、生き生きと仕事をしています。新しい経験と新たな発見は、人を輝かせるのだなと実感しています。これから高齢化が加速し、世の中的に定年の延長も想定される中、定年後も場所を問わずスキルに応じた仕事にアサインできる土台がダイキンにはあり、とくに海外人材の指導はベテラン勢にはうってつけだと思っています。今後は営業だけではなく生産管理などの業務についてもスキルの海外展開を図っていきたいと考えています」
国内一筋で経験を積んできたベテラン人材を海外へ送り出し、グローバルにスキルを展開するという取り組みにより、シニアに当たる年齢層の社員に新たな挑戦の場を提供しているダイキン。多様な人材の活躍をサポートする姿勢は、世界中で「空気の価値」を届けるダイキンという企業の強さの源となっているのだろう。