三菱総研「DXで社会課題解決」戦略の本気度 戦略立案の「超上流工程」から伴走する理由

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ビジネス環境の先行きが不透明な今、DXへの期待はさらに高まっている。一方で、DXプロジェクトがうまく進まない、DXは難しいとの悩みは後を絶たない。そんな中で、長年デジタル技術を活用したビジネス変革に取り組み、多数のプロジェクトを推進してきたのが三菱総合研究所(以下、三菱総研)だ。総合シンクタンクでありながら顧客に寄り添い実装まで支援する同社の「社会課題解決型DX」とはどのようなものか。同社執行役員の伊藤芳彦氏に話を聞いた。

DXを阻害する「日本の経営者特有の意識」

「DXにはいくつかのフェーズがあります。まずは紙などの情報をデータ化する『デジタイゼーション』、特定の業務プロセスをデジタル化する『デジタライゼーション』、それらを基に事業全体の提供価値やビジネスモデルを変革する『DX(デジタルトランスフォーメーション)』。いずれも重要ですが、一足飛びにDXへ到達するのは困難です」。そう語るのは、三菱総研 執行役員 デジタル・トランスフォーメーション部門長の伊藤芳彦氏だ。

三菱総合研究所 執行役員 デジタル・トランスフォーメーション部門長
伊藤 芳彦

三菱総研が2021年12月に実施した調査(※1)によると、DXに到達している企業は28%。42%はまだ「デジタライゼーション」の段階という結果が出ている。伊藤氏はこの点について、「日本特有のDX阻害要因がいくつかある」と指摘する。

「高度成長期を経て成熟した事業環境下にあることの影響は大きいと思います。ゲームチェンジを起こすよりも、業務改革が重視される傾向にあるからです。リスクヘッジの志向が強い国民性もあり、DX推進は遅れ気味なのが現状です」

この傾向は、電子情報技術産業協会(JEITA)とIDC Japanが共同で実施した「2020年日米企業のDXに関する調査」(※2)にも表れている。米国企業がIT予算を市場や顧客の変化への対応に投じているのに対し、日本企業は大半が社内の業務改善に振り向けているのだ。

「この日米の違いが、DXが進まない遠因になっている可能性があります。本来、DXは経営戦略と表裏一体で新たな価値を創造していく必要がありますが、システムを導入して業務のデジタル化を図る従来のITプロジェクトのような進め方では、業務改善が中心となってしまいます」

結果、DXプロジェクトが「ITプロジェクトの集合体」となってしまうケースは少なくないと伊藤氏。それを防ぐには、どうすればいいのか。

「まず大切なのは、『変革によってどのような価値を創造するか』というビジョンを明確に描くことです。さらに、ビジョン実現に向けてKPIを適切に設定し、モニタリングすることも有効です」

※1 三菱総研が2021年12月に実施したWebアンケート調査。売上高100億円超の企業の従業員(派遣・契約社員除く)で、社内のデジタル化・DXの取り組みに何らかの形で関与している1000人が回答

※2  2021 年 JEITA / IDC Japan調査(2020年8~9月に実施)。従業員300人以上の日本企業344社、米国企業300社が回答

変革のエコシステム構築に必要な3ステップ

とはいえ、価値創造のビジョンを描くのは簡単ではない。数々のDXプロジェクトに携わってきた伊藤氏も、「うまく構想を描けず、入り口の段階で悩んでいる企業は多い」と明かす。

「当社のDX支援は、戦略の“超”上流工程から一緒に取り組み、ゴールの共有に重点を置きます。まずはビジョンを明確にするため、『最終的に何を目指したいのか』『どういった価値を創造したいのか』といった議論をしっかりと行う。そのうえで個々の状況に最適な計画を策定し、伴走していきます。一過性の変化ではなく、変革のエコシステム構築を目指す点にも特徴があります」

そのために重要なのが企業価値に照らした「DXの3ステップ」だという。第1ステップが組織の改革マインド、選択と集中、攻めの投資、DX推進体制といった「変革力の実装」。これは企業におけるDX推進の基盤となる。第2ステップが、DXを実践していく「事業の革新」。冒頭のDXの3フェーズに対応した取り組みが進められる。価値創造力や競争力が向上するため、業績が上がって財務価値も高まる。

そして第3ステップが「社会課題の解決」への貢献。第2ステップをゴールとする取り組みが多いのだが、事業革新は企業が担う社会的使命の実現にも直結する。実はこの点は見過ごされがちである。財務価値だけでなく、ESG投資などの重要な指標となっている「非財務価値」も引き上げようというのだ。財務価値が短期的な成果なら、非財務価値は中長期的な目標であり、企業の持続的な成長力を担保するもの。つまり、社会課題の解決に貢献し、自社の価値も継続的に高めるサステイナブルな経営を目指すことにほかならない。

また、伊藤氏は、社会課題解決型のDX推進には将来の社会システムの姿を捉えることが重要だと話す。

「VUCA時代といわれる中、社会課題は複雑化しており、将来の社会のあるべき姿を見極める力が一層重要になります。また、社会課題には多数のステークホルダーが関わっているので、局所最適では効果に限界があります。複雑な仕組みをつなげて便利にし、多様なデータから新たな価値を生み出すためには、DXのアプローチが有効でしょう」

三菱総研の強みはここにある。1970年の設立当時から産官学の多くの関係者と社会課題解決に取り組んできた実績に裏打ちされた、課題の本質を読み解く力や周辺の政策・市場に対する知見の深さが特徴だ。

「例えば、国の電力システム改革に際して、卸電力市場に影響を及ぼす情報と、電力取引やリスク管理に要する情報の価値が高まることを予測し、こうした情報提供にいち早く取り組んできました。政策の変化によって、どんな社会課題、ニーズが発生するか察知して動けます。社会課題を起点とした新たな価値創出を支援できるのは、大きな強みです」

多彩な知をつなぎ、共創の動きを生む重要性

政策提言やコンサルティングだけでなく、実装まで担う総合力を備えているのも三菱総研の特徴だ。グループ会社3社との戦略的連携を強化するほか、データアナリティクス事業にも力を入れ、外部パートナー企業とのアライアンスも積極的に展開している。

「イノベーションを生み出すには、やはり外部との共創が重要です。とくに実装の領域は、さまざまな技術・アイデアを有するパートナー企業と取り組んでいます」

三菱総研がコミットメントとして掲げるうちの1つが「知の統合」。個性や違いを尊重した知の結節点となり、社内外・国内外の多彩な知をつなぐことで、社会やパートナーと大きな共創の動きをつくり出すとしている。まさに複雑かつ多様化する社会課題の解決に必要な姿勢だ。たとえDXに取り組むリソースが自社に不足していても、共創の輪を形成することで、単独では実現しえないより大きなコレクティブインパクトの創出を目指している。

なお三菱総研は、今後のDX事業は「勘と経験」ではなくデータに基づいた科学的な意思決定や新たな価値創出のための「データ駆動経営」、変革のビジョンと目標を共有し、組織的な合意を醸成しながらDXを実現させる「DXジャーニー®」、そしてリモートワークをはじめとする働き方改革に寄与する「ニューノーマルDX」などを重点テーマに掲げている。

これらについては、本連載2回目以降で詳しく取り上げる。

社会課題解決型DX事例① 自治体DX
住民の利便性向上と職員の業務負担軽減を両立
「AI相談パートナー」が誰一人取り残されない地域社会を実現

近年、自治体職員数は減少傾向にある一方で、超高齢化やコロナ禍による生活困窮など、住民の行政支援への期待は高まっている。住民が安心して暮らしていくためには、さらに事務効率化を押し進め、より多くの職員の力を住民に寄り添った地域社会の形成に向けていくことが肝要。技術革新の目覚ましいAIは、従来IT化が困難だった行政の相談業務に革新をもたらす可能性がある。

三菱総研はグループ会社のアイネスとともに、AIを活用した自治体相談業務支援サービス「AI相談パートナー」を提供。住民相談の会話内容を即時にデータ化することで、確認漏れを防ぐとともに、記録票作成などの事務を効率化。さらに、蓄積されたデータを分析、相談に訪れた住民に的確な行政支援メニューを提示することも。自治体DXを推進することで、三菱総研は「誰一人取り残されない」地域社会の実現を目指した取り組みを進めている。

なお、三菱総研は、こうした活動の一環として、地域住民のウェルビーイング向上と地域経済の成長に寄与する施策にも着手している。これを実現するための基盤、ソリューションとして、地域課題解決型のデジタル地域通貨サービス「Region Ring」を開始。詳しくは、こちらのページからご確認いただきたい。

 

社会課題解決型DX事例② 匠AI
キリン「ビール開発」を効率化・高度化
大量データ不要!熟練者の技術継承を支援

ビールの新商品開発には長いリードタイムが必要なほか、技術者個人の経験値や知見、発想力が求められる。とくに、データ活用の仕方においては、ベテラン技術者と若手に大きな差があった。そこで、三菱総研がAIを活用してキリンと共同開発したのが、ビール新商品開発支援システム「醸造匠(たくみ)AI」だ。

機能は主に2つ。過去のデータと技術者の知見を組み合わせて、原材料や工程条件からどのようなビールが出来上がるかAIが予測する「試験結果予測機能」と、目標とする成分値から原材料や工程などを探索し、AIが提案してくれる「レシピ探索機能」だ。これらにより、商品開発の効率化・高度化を目指している。さらに、ベテラン技術者の知識引き継ぎができるように、データをただ蓄積するだけでなく、ベテランのノウハウを抽出・形式知化してシステムを構築した。