SBI証券のサイトが顧客の自己解決を促せる理由 最終手段「電話問い合わせ」の前に何ができるか
若い世代にとって「電話」での問い合わせは最終手段
SBI証券は、店舗を持たずにインターネット取引サービスのみを行っており、顧客との唯一の接点はカスタマーサービス部門が担う。同部門では、電話やメール、有人チャットで問い合わせに対応。ここ数年は、顧客の「自己解決」をサポートするため、お困りのお客様を発見してQ&Aやチャットボットを表示させるなど、手厚いサポートを展開している。
その背景について、カスタマーサービス部 デジタルコミュニケーション課長の飯島正二氏は、次のように話す。
「お客様からのお問い合わせは、世代によってさまざまです。お困りごとが発生したらすぐに電話するお客様もいらっしゃいますが、とくに最近の若い世代は『電話での問い合わせは最終手段』と考えられているようです。
誰もがスマホでネットを気軽に使えるようになっている現在、連絡手段のほとんどはメッセージアプリやSNSなどのテキストに頼ったものになりました。このようなお客様にとって、画面上で自己解決の意欲は高く、解決しない場合、口座開設やお取引を断念されてしまいます」
そこで飯島氏が着目したのは「サイレントカスタマー」の存在だ。実は、問題や疑問が生じても問い合わせをしない顧客が96%という説(※)があり、飯島氏も「9割くらいは問い合わせずに離脱している印象」だと話す。
「スマホで気軽にお申し込みができますので、ちょっとしたお問い合わせのストレスでお客様は離脱してしまいます。わざわざ問い合わせをしなくても、その場で自己解決していただく仕組みの導入が必要でした」
※ 出典:顧客ロイヤルティ協会・佐藤知恭 「Goodmanの法則ーグッドマンの法則ー」(調査結果は1980年代のもので、最近の苦情申立て率は総理府の調査などから20%ほどまで上昇していると類推されている)
満足度90%を得た、「FAQ」を届ける道のり
その場で自己解決してもらうためには、お客様がどこの画面で何につまずき、困っているのかを詳細に把握しなければならない。また、画面上に表示させる仕組みも必要になり、これまでは、カスタマーサービスセンターだけでこのような対応をするには課題があった。
「今まではFAQサイトを充実させて、お客様にFAQサイトを利用していただくことを目的にしていました。しかしお客様にとってもFAQサイトに移動して探していただく手間がかかります。こうした手間を解消し、その場でお客様に自己解決方法を届けるためにはお客様の行動を把握する必要がありました」
そこで2018年からマーケティング部門で使用していた「KARTE(カルテ)」をカスタマーサービスセンターでも導入し、画面に自己解決を促す表示を出す取り組みを着手。
具体的には、電話やメールなどの問い合わせ内容や、サイト内での行動データを基に「このページのこの箇所で困っているのではないか」と仮説を立て、チャットアイコンやポップアップ表示の施策からスタート。2020年には、顧客の行動を動画で可視化し、数値などの定量分析では難しい顧客の行動を見える化を実現した「KARTE Live」を活用している。
「お客様がどこでお困りで離脱されているのか?を知るには、実際のお客様の行動を見るのがいちばん早いです。金融機関ですから、顧客情報管理の画面に重要な個人情報が映ってしまう可能性がありますが、それらを自動的にマスキングで保護してくれたところも実現できた大きなポイントです。
また、よくいただくお問い合わせに、画面入力で何らかの問題があると、口座開設のお申し込みや、お取引画面が進まないケースがあります。電話やメールでのお問い合わせは、エラーコードなど詳細に伺うこともあります。
お客様にはそれだけで、とてもストレスでご迷惑をおかけしております。KARTEを導入することで、画面上のエラーメッセージをリアルタイムに解析できます。お客様の課題に合わせてお問い合わせいただかなくても、その場で自己解決を促すポップアップ表示などで解決できるようになりました」
「結果的に、リアルタイムにお客様の課題に合わせて、先回りしてさまざまなFAQをポップアップ表示することで、ポップアップのFAQのクリック率が2%から40%に上昇しました。リンク先のQ&Aについては満足率が、60%から90%にアップして評価につながっています」
ビジネスに差をつける「カスタマーサポート」
SBI証券ではカスタマーサポートに関連するサイトの改善をすべて、顧客接点のフロントに立つカスタマーサービス部に委ねているという。このような取り組みを一手に引き受けるとなると、テクノロジーを使いこなせるメンバーがいなくてはできないように思える。
しかし、飯島氏自身、カスタマーサポートの運営と管理者としてのキャリアを持ち、データ分析のプロというわけではない。ただ、実際に顧客といちばん近い距離で対応する中で、顧客の実態や本当に使いやすいサイトへのアイデアはあった。
「今は、私を含めて普段はメールや有人チャットのオペレーター管理の仕事をしている5名で、自己解決の施策も担当しています。顧客接点のフロントに立つ人材がサイトを改善することで、さまざまな施策を素早く実行しています。スピード感が大事なので、エンジニアなどを介さずに誰でも継続して使いやすい点も魅力でした」
KARTEを開発・販売するプレイドは、SBI証券のKARTE活用からヒントを得て、カスタマーサポート領域に特化したプロダクト「KARTE RightSupport」(カルテ ライトサポート)を3月にリリースした。このリリースに合わせて新会社、RightTouch社を設立している。取締役、プロダクト責任者の長崎大都氏はこう語る。
「KARTE RightSupportでは、カスタマーサポート担当者に特別な知見やスキルがなくても、顧客のお困りごとを把握しやすいダッシュボードやレポートを提供しています。また、顧客のお困りごとの計測や分析のみならず、お困りごとに合わせた情報/FAQの自動マッチングをサイト側の開発を入れずに実現することができます」
長崎氏は「各企業の継続的な努力によって、日本の電話やメール対応などのオペレーター対応の質は非常に高い水準にあります。しかしカスタマーサポートを広義に捉えると顧客の「問い合わせ前の体験」にも目を向けるべきだと考えています。大部分の顧客は声を上げないサイレントカスタマーなので、顧客の課題を捉えるにはVoC(Voice of Customer|顧客の声)では理解しきれないIoC(Issue of Customer|問い合わせ前の顧客のあらゆる課題)を把握し、継続したWebサポート体験の改善を行う必要があります」と話す。
「コンタクトセンターはコストセンターとして見られがちですが、実は顧客といちばん距離が近く、価値ある顧客体験を創出する起点となる部門です。近年、製品やサービスの品質に差がなくなっている中で、顧客の疑問を先回りしてスムーズに解決することは、事業の成功に不可欠になると考えています」(長崎氏)
「私たちは、問い合わせの前に自己解決できる選択肢を増やしたことで、今まで以上に複雑な問い合わせ対応に丁寧に取り組めるようになりました。こうした取り組みが、お客様に信頼していただけるきっかけになればと思います」(飯島氏)
人間だけでは難しい顧客の「見える化」。サイレントカスタマーは黙って我慢しているのではなく、諦めてサイトから離れているにすぎない。プレイドでは、こうしたカスタマーサポート領域の課題解決にも力を入れ、RightTouch社として分社化。その本気度がうかがえる。消費行動のオンライン化が進む今、サイレントカスタマーの存在を見過ごさないことが、ビジネスの成功につながるといえそうだ。