量子コンピューティングはどこまで使えるのか 実用可能な段階に入った最新事情を語り合う

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量子力学の法則を用いてコンピューターの計算性能を飛躍的に増大させることが期待されている量子コンピューティングは、数理最適化などの分野で実用可能な段階に入ってきた。まだ未来の技術というイメージも強いが、現時点で、どこまで実際のビジネスに活用できるのか。専門家や経営者らが量子コンピューティングの現在地を語った。
主催:東洋経済新報社
企画協力:フィックスターズ

基調講演
あらゆる事業の可能性を切り拓く量子コンピューティング

Fixstars Amplify
代表取締役社長 CEO
平岡 卓爾氏

次世代技術として期待が高まる量子コンピューティングをクラウドサービスとしてすでに実際に提供しているFixstars Amplifyの平岡卓爾氏は「何ができるか」を解説した。

量子コンピューターは、既存のコンピューターの進化版として期待される汎用型の「量子ゲート方式」と、組み合わせ最適化問題という特定分野の問題を高速・高精度に解く「量子アニーリング方式」の2種類に大別できる。量子ゲート方式は、まだ研究途上の技術だが、量子アニーリング方式は、すでに実用段階に達しつつあり「半世紀以上にわたるITの進歩の歴史の成果を得られる時代を迎えている」と語る。

組み合わせ最適化問題とは、多くの選択肢の中から、ある制約条件の下で最大値もしくは最小値を計算するもの。選択肢を選ぶ問題は、連続的な数値を扱う場合に比べて複雑で計算回数が膨大になる。さらにIoT化などでデータ量が増えれば、指数関数的に計算時間が増える。

しかし、この種の問題を素早く解ければ、広い範囲に応用できる。従業員のスキルや、希望する勤務時間・曜日などを踏まえた業務シフトを含む人員計画、納期や段取り時間を考慮して何をどの生産設備で製造するかを割り付ける生産スケジューリングなどの最適化が容易になる。

既存のコンピューティング技術でも、組み合わせ最適化問題専用のコンピューター、イジングマシンが実用化されているが、量子アニーリング方式の量子コンピューティングにより、さらなる進化が期待できる。

ソフトウェアの高速化に取り組んできたフィックスターズの子会社、Fixstars Amplifyは、量子アニーリング方式、量子ゲート方式だけでなく、従来のイジングマシンを含めて「次世代アクセラレーター」として使っていくことで時間がかかる計算処理を加速するなどして顧客にメリットを提供する。

特長はプログラミングが「簡単」で、どのコンピューターでも使えるミドルウェアサービスとして提供する「ポータブル」、そして研究開発用途なら無料で利用できる「始めやすさ」の3点。平岡氏は、次世代アクセラレーターのコンピューティング、組み合わせ最適化問題を含む数理最適化のアルゴリズム、現実のデータと仮想世界をつなぐサイバーフィジカルシステム(デジタルツイン)技術を組み合わせて「まさに今、使うことができるソリューションを提供できる」とアピールした。

パネルディスカッション
経営トップが語る「量子コンピューティング技術がもたらす経営インパクト!」

パネルディスカッションでは、量子コンピューティングの可能性や、もたらされる未来について研究者、経営者が議論した。

九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所
教授
藤澤 克樹氏

九州大学マス・フォア・インダストリ研究所の藤澤克樹氏は、実世界と双子関係のサイバー空間でシミュレーションを行うデジタルツインで、膨大な計算を高速で行える量子コンピューターに期待する。量子アニーリング方式だけでなく、汎用型の量子ゲート方式量子コンピューターについても、解ける問題の規模を決める量子ビット数が現状の100程度から「3~5年後に万から10万単位になれば、複雑な問題を解くアクセラレーターになる」と述べた。また、高速なだけでなく、シナリオの重ね合わせを確率的に表現できる量子技術は、数値化が困難な人の意識、場の雰囲気なども扱える可能性に言及した。

東芝
代表執行役社長 CEO
量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)実行委員長
島田 太郎氏

量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)実行委員長を務める東芝CEOの島田太郎氏は「量子技術は、何かと組み合わせることで価値が生まれる」と強調し、量子技術の産業化に必要な要素を整理するために考案したアーキテクチャーモデルを紹介した。量子コンピューティングは将来の技術ではあるが、最初の発見を特許で押さえることが大事であり、その後の開発が大きく左右される創薬や材料開発、わずかな時間差が大きな利益の差となる金融取引、実用化に近づいている量子暗号通信――の分野は「今、取り組まないと手遅れになる」と訴えた。また「デジタルの0と1に無理に当てはめて計算する今のコンピューターより、量子力学の物理現象に沿った量子コンピューターのほうが自然で、効率的ではないか。みんなが使えるようにして、今までにない世の中にしたい」と語った。

ロート製薬
代表取締役会長
山田 邦雄氏

ロート製薬は、最新スマート工場の設計で、モノの動きの最適化に量子コンピューティングを活用した。同社会長の山田邦雄氏は「言葉は知っていても、あまり関係ないと思っていた量子コンピューターが、実際に使えるとは驚きだった」と語り、将来は「数多くの細胞や腸内細菌が関係し合って定常状態を保つ人の生命現象まで理解できるようになれば面白い」と話す。従来の経営は計画を立て、不確実性を排して目標を達成する「予定調和型の思考」だったが、「データから予期せぬ答えを導き出すことが可能になった今、発想そのものを根本から変える必要がある」と指摘。その動きを加速させる量子コンピューティングの技術を使い、「これからの世代は、企業や社会の古い体質、構造の改革を目指してほしい。私も、その手伝いをしていきたい」と述べた。

量子アニーリング方式の量子コンピューターを世界で初めて商用化したカナダのD-Wave Systems社と2017年に提携し、21年から量子アニーリングクラウドサービスを提供しているFixstars Amplifyの平岡氏も「新しい技術は今すぐに実用化できなくても、まず試しに経験し、取り組みの勘所を知っておくことが大事」と、早期の取り組み開始を促した。大学時代に量子力学現象の1つ、量子テレポーテーションを研究していた平岡氏は、量子コンピューターを提唱したリチャード・ファインマン氏のアイデアは量子力学のシミュレーターだったことに触れ、「化学分野の量子系のシミュレーションの道具として期待できる。数理最適化、効率化を行うベンダーの立場とは少し異なるが、興味が尽きない」と話した。

最後にモデレーターの藤澤氏が「本日の議論で、量子コンピューティングは思ったより身近な存在であり、すぐに取り組むべき課題とご理解いただけたのではないか」と締めくくった。