研究とビジネス繋ぐ「大学発ベンチャー」の現在地 京大、東北大、慶應大の取り組みからひもとく

優秀な若者が起業を選ぶケースが増えている(写真提供:京都大学、東北大学、慶應義塾広報室)
近年、大学発ベンチャーの勢いが増している。経済産業省の調査によると、2020年度(10月時点)の大学発ベンチャーの数は2905社と、19年度の2566社から339社増加。企業数・増加数ともに過去最高の伸びをみせた。次世代における経済社会の担い手として大きな期待が寄せられている大学発ベンチャーの最前線では、どのような変化が起きているのか。大学発ベンチャーの誕生を支えるキーマンたちに聞く。※経済産業省「令和2年度大学発ベンチャー実態等調査」

10億投資も普通。VCが大学発ベンチャーを後押し

2004年の国立大学法人化を皮切りに生まれたベンチャー創出の動きにより、大学が研究成果を社会実装できるようになってから早18年。14年の産業競争力強化法施行を契機に、認定大学ファンドも拡充され、多くの国立大学で資金供給や事業化支援を担うベンチャーキャピタル(以下、VC)が設立されている。

あずさ監査法人 企業成長支援本部
インキュベーション部 部長
阿部博氏

「大学発ベンチャーを生み出す土台が整ったことで、成功事例も多数出てくるようになり、優秀な若者が起業という選択をするケースも増えていると感じています。大学は研究・教育に加え、研究を社会実装する役割も担うようになってきています」と話すのは、あずさ監査法人で大学発ベンチャーのサポートに尽力する企業成長支援本部 インキュベーション部 部長の阿部博氏。

大手企業をクライアントに持つ同社は、19年11月に起業や新事業の創出を支援する企業成長支援本部内にインキュベーション部を新設。企業の監査やIPO(新規株式公開)支援に従事してきたエキスパートとして、同部では大学内に存在する革新的な技術やアイデアや起業家を発掘・育成・支援することで社会価値の創造に貢献するべく、産官学連携につながるイベントやシンポジウムなどを積極的に開催してきた。

阿部氏は、昨今の大学発ベンチャーの隆盛は資金供給元であるVCの投資額にも表れていると話す。

「10年前は大学発ベンチャーに1000万円投資したということが大きな話題になりましたが、ここ2、3年は10億円規模でも珍しくないくらいのスケール感になっています。欧米に比べると遅れてはいますが、よい技術に対して積極的に投資することが当たり前になりつつあります」

大学は研究成果を事業化し、株式の売却やロイヤルティーで新たな収益の創出が可能になれば、基礎研究に資金を供給し、イノベーションの種が育つ好循環につなげることもできる。これが大学発ベンチャーをめぐるサステナブルなエコシステムとして望ましい姿となりつつある。

【京都大学】
基礎研究力を武器に、企業と「WINWIN」の関係築く

実際に大学内ではどのような起業支援が展開されているのだろうか。

「かつてはビジネスとはほとんど無縁であった京大でしたが、基礎研究重視の姿勢を維持しつつも、変化が見られています」と話すのは、2016年より研究成果の事業化に取り組むベンチャー・起業家・研究者に対する支援を組織的に展開してきた京都大学 産官学連携本部長の室田浩司氏。ただ、基礎研究の強さはベンチャーのカラーに色濃く反映されているという。

京都大学 産学官連携本部長
室田浩司氏

「iPS細胞を代表とする再生医療関連のベンチャー『サイアス』をはじめ、歯の再生治療薬の開発トレジェムバイオファーマ、呼吸器疾患の創薬基盤構築とソリューションの提供を目指すHiLungなど、ライフサイエンス分野の事業化事例が増えています。また、素材開発や次世代エネルギーにも強い。いずれも基礎研究に軸足を置いたベンチャーが多いです」(室田氏)

同大は資金供給にも工夫がある。例えば、京都大学イノベーションキャピタルは研究成果を実用化することに特化したVCで、教授や研究者の支援を主な目的としている。そこで学生向けには、先輩起業家から資金を集める「京都エンジェルファンド」を創設。サポーターにはSHIFTの丹下⼤氏やマネーフォワードの辻庸介氏などが名を連ねている。基礎研究に加えて、起業家として実業界で活躍するOBの存在も、京都大学独自のエコシステム構築につながっている。

大学と企業双方の協働から生まれたジョイントスタートアップもある。

「創薬開発支援の分野を例に挙げると、もともと京都大学で発見された病気を実際に治すための薬を開発するに当たって、創薬の候補群を多く持つ企業と協働してスタートアップを設立したケースがあります。大企業で取り組むには将来性や規模の観点から資金を振り向けにくく、大学の基礎研究だけでは事業化が難しいといった分野では、こうした協働が両者にとっても社会にとってもよい結果をもたらすことがあります」(室田氏)

【東北大学】
半導体から宇宙まで。実学系ベンチャーの事例多数

開学以来「研究第一主義」を掲げ、「門戸開放」の理念と「実学尊重」の精神を基に、数々の研究成果を挙げてきた東北大学。そのDNAはベンチャーにも色濃く反映されている。業種は医療・バイオも含めて幅広いが、学内の研究者の多さにも比例して素材・材料、エレキ・デバイスなどの比率が高い。

例えば、素材・材料の分野では、特殊加工の生糸を電極に使える導電性繊維の応用製品を研究開発するエーアイシルク、エレキ・デバイスの分野では、従来の100分の1の消費電力を達成する半導体の事業化を目指すパワースピンなど、骨太で研究志向の強いベンチャーが目を引く。産業界からも熱い視線が注がれている。

東北大学 理事 産学連携機構 機構長
植田拓郎氏

学内の起業支援を統括する産学連携機構の植田拓郎機構長は、「ベンチャーから日本を変えてもらいたいという強い思いの下、アントレプレナーシップ育成、事業性検証、ベンチャーへの投資までのシームレスなベンチャー支援システムを構築して取り組んでいます」と語る。

研究に軸足を置くベンチャーは研究から事業化の間に資金調達の難しさがある。そこで東北大学は、事業性検証や試作開発などに必要な資金を供給するギャップファンド(ビジネスインキュベーションプログラム)を設けることで、起業前の創業構想段階から支援している。また、東北大学の100%出資子会社として2015年に設立した東北大学ベンチャーパートナーズは、大学発ベンチャーへの投資を行っており、起業時・起業後の成長資金を提供している。

さらに同大は、20年10月に「スタートアップ・ユニバーシティ宣言」を行い、東北大学独自のベンチャー創出支援パッケージを打ち出している。例えば、学内アクセラファンドを創設し、学内のビジネスプランコンテストなどの優秀者に対して、事業化支援資金を提供している。その提供先で、過去のビジコンの優秀者である修士課程の小林稜平さんは、小型人工衛星の技術について研究しており、21年2月にはElevationSpaceを設立。国際宇宙ステーションに代わる宇宙実験や製造を可能とする宇宙環境利用プラットフォーム「ELS-R」の事業化に踏み切っている。

その他の先進的な取り組みとしては、東北大学版EIR(住み込み起業家)の制度を立ち上げ、本学シーズを活用した起業を支援している。また、東北大学スタートアップ・アルムナイ(同窓会起業家クラブ)を組織化し、SNSを開設するなど活動を活発化させている。

【慶應義塾大学】
産業界のOBOGと、私大ならではの支援体制を確立

大学発ベンチャーの数だけで比較すると、国立大学が上位を占める。しかし、私大も負けてはいない。1社当たりの資金調達額で見ると突出しているのが、慶應義塾大学だ。例えば、クモの糸に似た機能のタンパク質を加工し、環境負荷が低い繊維素材を開発・製造するSpiber(スパイバー)は、2007年に慶應の大学院生が設立。21年は国内最大級となる計344億円を調達している。

「創立者の福澤諭吉先生は、社会の先導者を育てることを教育目標に掲げていました。その意思が脈々と流れており、自分の手でイノベーションを起こしたい、研究を社会実装したいというマインドの学生や研究者が多いと感じます」と語るのは、自身も慶應OBで、グリー共同創業者の山岸広太郎氏。

慶應義塾大学 常任理事
慶應イノベーション・イニシアティブ
代表取締役社長
山岸広太郎氏

現在、慶應発VCで創業初期の投資を中心に行う慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)社長として、20年には目標額100億円を上回る2号ファンドを設立。経営の第一線にいた経験をもとに、アカデミアとビジネスの橋渡しを担っている。慶應発ベンチャーの特徴について山岸氏は次のように話す。

「医療やIT、宇宙開発まで領域は幅広いです。特徴を挙げるとすれば、大きな社会課題に挑む起業家が多いところです。その典型がスパイバーで、テーマへの共感から支援者が増え、事業化に結実しています。また近年は、医学部における起業の機運も高まっています。慶應の医学部は基礎研究と臨床の両方を行っている先生が多く、研究成果を社会実装するため起業を視野に入れるケースも増えています」(山岸氏)

医師起業家のベンチャーエコシステムを醸成するべく、慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会も発足。医学部に限らず、SFCや理工学部など、各学部で独自の起業家支援プログラムも展開している。

大学、企業、ベンチャーが支える事業のエコシステム

今回紹介した3大学に共通するのは、起業家マインドの育成にとどまらず、大学側が積極的に資金調達に動いているところだ。組織的に大学独自のファンドを運営し、サポーターを集めることで、埋もれかねないシーズを成長ステージに乗せている。こうした取り組みが増えれば、再び世界で戦えるビジネスが生まれてくるのではないか。あずさ監査法人の阿部氏は、大学発ベンチャーのこれからを次のように展望する。

「現在、日本経済の屋台骨を支えるのは、間違いなく大企業です。しかし、社内の体制や仕組みの問題でイノベーションの創出が難しい。米国に目を向けると大企業は大学発ベンチャーを買収し、創業者はお金が手に入り、大学にもロイヤルティーが支払われる、三方よしの仕組みが定着しています。日本も、いずれはそれが当たり前になっていくと見ています。有望な大学発ベンチャーの出現は、証券市場や日本経済ににぎわいをもたらすはずです」(阿部氏)

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大学、企業、ベンチャー三方よしのエコシステムをつくることで、日本経済ににぎわいをもたらす

同法人のインキュベーション部は阿部氏を筆頭に、あくまで監査の提供を基盤にしながら、大学や官公庁、企業と幅広いネットワークを強みにさまざまなステージの人を繋いでいる。そもそも、なぜ監査法人がこのようなことに取り組んでいるのか。原動力の根幹には「よいベンチャーを世に送り出すことは社会貢献にほかならない」という理念がある。

「大企業とベンチャーがバランスよく市場に存在することで、経済が広がっていきます。その意味でベンチャーを生み出すエコシステムを監査や場づくりで支えていきたいと考えています。ベンチャーが成長するためにも、土台である会計がしっかりしていなければ資金は集まりません。監査や事業計画の作り方といったわれわれのノウハウを生かして、支援していきたいと考えています」(阿部氏)

経済の停滞や閉塞感が漂う日本社会。しかし、大学発ベンチャーの最前線をのぞくと未来は明るいようにも感じられる。圧倒的な研究開発力を有する大学から、次世代のビジネス界を牽引する多くのベンチャーの登場を期待したい。

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