ネットゼロと企業と投資家~相互理解を深める 気候変動情報の開示がもたらす新しい投資の形
気候変動と投資判断の現実
手塚:初めに気候変動情報開示をめぐる国内外の動きについて、少しお話しします。2021年11月3日のCOP26のファイナンシャルデーにおいて、IFRS財団がサステナビリティ基準を設定する審議会の新設を公表しました。 また、気候変動情報開示に関するテクニカル・レディネス・ワーキング・グループ(TRWG)のプロトタイプも公表され、22年3月には公開草案が公表される予定です。
日本においても、金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループにおいてサステナビリティ情報開示のあり方が議論されています。21 年10月28日には、財務会計基準機構もサステナビリティ報告基準を策定する委員会を設置できるように定款を変更しました。
サステナビリティ情報の開示は、公認会計士の業務にも極めて重要な影響を及ぼします。どういうことかというと、先日、外国の有力運用会社と年金基金がビッグ4(会計)ファームにレターを送ったという報道がありました。 レターの内容は、気候変動が企業財務に与える影響や企業の情報開示を考慮して監査しないならば、年次株主総会で監査人選任議案に反対するということを含んでいました。
日本でも脱炭素社会を達成するには巨額資金が必要とされています。そして市場の整備が進められており、グリーンボンドやトランジション・ファイナンスなどさまざまな議論が行われています。これについては資金使途だけではなくて、発行体としての取り組みも考慮することが必要だと言われています。
さて、日本を代表するアセットオーナーである第一生命は、気候変動の緩和についても重点的に取り組んでおられます。しかし、全般的に日本企業の気候変動の開示はまだ発展途上の段階にあります。このような状況において、実際にどのような情報をどこから入手して、どのように投資判断をされていらっしゃるのでしょうか。
銭谷:第一生命ではネットゼロ・アセットオーナー・アライアンスへ加盟しており、事業会社、機関投資家として、ともに2050年までにカーボンニュートラルを実現することを目標としています。投資においては投資先企業へのエンゲージメント、再エネ発電等へのグリーンスターへの積極的な投資を通じて脱炭素の達成を目指しています。
気候変動は投資ポートフォリオにおいて3つの形態で考慮していきます。まず第1のポイントは、全資産の運用方針及び運用プロセスに環境・社会・ガバナンスというESG要素を組み込むといったインテグレーションを推進していくことです。全資産にて気候変動リスク等を踏まえた投資判断を実施することになります。
第2のポイントは、社会課題解決に向けた投融資として、気候変動の緩和に取り組む事業や革新的なイノベーションへの投融資を行っていくこととしており、24年度までにESGテーマ型投融資金額を2兆円まで拡大しつつ、気候変動の解決に資する投融資をそのうち約5割の9千5百億円とする計画としています。
第3のポイントとして、投資先の企業に対しエンゲージメントを通じて社会課題解決に向けた企業の取り組みや行動変容を後押しします。具体的には気候変動の緩和に向けて企業の取り組みや開示の促進、投資先企業の気候変動への取り組みに対するエンゲージメントと、それを踏まえた議決権行使といったことを推進して参ります。
エンゲージメントについては、21年度の重点対話テーマとして気候変動を掲げています。当社の全保有銘柄約1500社の中から温室効果ガス(GHG)排出上位50社に対し、気候変動に対する取り組みについて重点的に対話を行っているところです。その際、GHG排出に関しては各企業の会社データや専門のデータソースなどの情報を参考にして、排出量上位50社を選定しました。(尚、2022年4月に責任投資の基本方針と中期取組方針を新たに公表しているので、以下参照:https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/news/pdf/2022_005.pdf、また2022年度の責任投資の取組方針については、以下参照:https://www.dai-ichi-life.co.jp/dsr/investment/pdf/ri-report_007.pdf)
次に、気候変動インテグレーションでは、定量・定性評価にて気候変動を考慮しています。定量評価では炭素税導入による業績へのインパクト、GHG排出量と独自に算出した業種別リスク度合い、温室効果ガス削減目標の指標の1つであるSBT認証の取得やCO2排出計画を加味した炭素排出量を評価。定性評価では政府のグリーン成長戦略を背景としたオポチュニティなどを評価しています。これを踏まえ、企業とのエンゲージメントを考慮した上で独自に企業毎にESGスコアを付与し、投資判断に活用しています。
気候変動問題ソリューションをテーマとした投融資も現時点で5,100億円の投資実績がありますが、発行体企業の気候変動問題への取り組みが実際にどういう内容で、具体的効果として何を期待できるかが重要です。例えば、21年に野村総研が発行したサステナビリティ・ボンドへ投資していますが、企業としての気候変動への取り組みの評価は同一のフレームワークにて行っており、進捗状況などはエンゲージメントを通じてモニタリングする予定です。
投資ポートフォリオに気候変動対応の視点を取り込むことは、当社がネットゼロを達成するだけではなく、生命保険会社として保有資産のレジリエンスを高めるためにも必要であると考えています。 よって、投資形態にかかわらず投資した企業においてGHG排出量、気候変動に対する目標と戦略、ロードマップなどが企業評価において重要になってくると考えています。
手塚:気候変動が投資ポートフォリオにおける資産変動リスクとして認識されていること、そしてそれに対応することは、保険加入者の資産のレジリエンスを高めるために重要であり、その基本となるのは企業情報の開示の充実ということだと理解しました。
りそなアセットマネジメントは、顧客の資金を受託する運用会社であり、第一生命とは少し違う立場になるかと思います。御社の運用では投資の際に、気候変動についてどのように評価されているでしょうか。
松原:当社の気候変動に係る対応について、パッシブマネジャーとしての立場から説明します。 パッシブ運用はベンチマーク(国内株式ではTOPIX)の動きに追随する運用を行っているため、東証1部に上場している企業すべてに投資をするという特性を持っています。また、バイ・アンド・ホールド(買い持ち)といった特徴を持っている点も特性に挙げられます。 そのため、企業とのエンゲージメントと議決権行使を通じて気候変動に係る対応を進めています。
まずエンゲージメントですが、代表的なものとしてクライメート・アクション100プラス(CA100+)があります。この枠組みでは、日本の投資家と海外の投資家が協働してリードマネジャーを務め、国内企業と対話します。対話内容は大きく分けてガバナンス、脱炭素に向けたアクション(計画と活動)、ディスクロージャー(企業開示)です。 ガバナンスでは、最近注目のサステナビリティ・ガバナンスがありますが、脱炭素経営に向けてガバナンスとしてどう取り組んでいくかについてお話を伺っています。またアクションでは、バリューチェーンあるいはサプライチェーン全体におけるCO2の削減について、どのように考えているか伺っています。ディスクロージャーでは、これら一連の取組にかかる情報開示の充実をお願いしています。
次に議決権行使ですが、これはエンゲージメントと連動した動きとなっているのですが、企業との対話を踏まえて議決権行使をしています。 2020年に比べると2021年は、世界的にも気候変動に関する株主提案が増えてきています。とくに脱炭素に向けた企業開示に関する株主提案が日本でも増えていることを踏まえて、定款変更という枠組みの中で企業開示をどう捉えいくべきか、また、社会からの要請に対して企業はどのような姿勢で取り組んでいくべきなのか等議論をしています。
今後の活動ですが、当社は気候関連財務情報開示タスクフォース (TCFD)署名し、運用会社としても脱炭素社会に向けた取組を進めており、企業とのエンゲージメントの重要性は高まっています。企業の皆様と対話する中で、さきほどのCA100+の枠組みに加えて、注目しているポイントが3つ。まずは定量面での開示の充実化。具体的にはサプライチェーン排出量におけるスコープ1、2、3、それぞれの開示の充実化です。次に長期目標、中短期目標といった目標設定です。最後に脱炭素に向けた革新的なイノベーションに向けた取組です。これらを対話における中心軸に据え、企業の皆様と 建設的な対話を行っていきたいと考えております。
手塚:パッシブの運用会社として、エンゲージメントと株主総会の議決権の行使が重要であるということ、エンゲージメントではガバナンスとアクションとディスクロージャーを見られている。企業に対しては、クライメート・アクション100プラス でもTCFDの提言に沿った情報開示が求められているということから、やはりスコープ3までの排出量の開示に加えて、目標・戦略、そしてそれを達成する技術革新を求めるということで、かなりハードルが高いテーマだと思います。
ティー・ロウ・プライスでは、企業に対するESG評価をグローバルで同一の基準で展開していると聞いています。海外、とくに欧州など気候変動の対応が日本より進んでいる市場と、同じ土俵で評価するということは、日本企業にとっては非常に厳しい評価となるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
ドリュー:日本企業にも世界同一基準を適用しています。まず、ESGとは「環境・社会・ガバナンス」を意味する用語ですが、ESG投資といった場合、人によってはまったく別の投資スタイルを指す場合があります。当社ではESG投資を複数のカテゴリーに分類しています。 ESGインテグレーションではESG分析を運用プロセスに統合しパフォーマンスの強化を図ります。
ファンダメンタル調査の対象を環境・社会的問題に拡大し、投資対象へのポジティブまたはネガティブな影響を評価します。その他のカテゴリーでは顧客の価値を反映しESG特性を有する運用、もしくは運用目的としてサステナブルな目的も取り入れる運用といった種類に分類しています。
これらすべてのカテゴリーにて、当社ではESGインテグレーションを行っています。すなわちESGファクターの評価は、パフォーマンスを強化するために行っています。従って、日本企業に異なる基準を適用する理由はなく、グローバルな投資ユニバースから銘柄を選択するため、日本企業も欧米の企業と同じ基準で比較することが適切だと考えています。
当社が目指しているのは、ESGファクターが投資対象に有益か有害かを見極め、影響を明確に理解した上で投資テーマに取り入れることです。欧米企業と比較して日本企業は、情報開示が不十分であるため不利だという意見が聞かれますが、当社のプロセスにおいては必ずしもそうとは限りません。
すべての企業が環境・社会的課題について公平に同一基開示されていれば、全体を理解し把握するのは容易ですが、現実は異なります。この課題を解決するため、当社では独自の評価システムを開発しました。
当社独自の責任投資モデル(RIIM)では、企業が開示している定量データを取り込み、評価します。RIIMは現在1万5000企業を評価対象としており、この定量データをステップ1として活用しています。
次に投資対象に絞り、ファンダメンタルズ分析を行うのがステップ2です。日本の企業はデータの開示が比較的少ないため、ステップ1における定量評価は低くなることが多いものの、ステップ2にてより踏み込んだ分析を行います。「温室効果ガス排出量を報告していないから投資しない」ではなく、仮説を立て、企業と対話し、企業がどのように対処しているかを理解することが重要です。
補足すると、確かに日本企業は欧州企業と比べ開示は劣っていますが、米国企業と比較するとそれほど遅れていません。そのため、必ずしも日本の企業だけが定量評価が低くなるということはありません。多くの地域ではまだまだ開示は限定的です。
現在、ネットゼロ目標をはじめとする多くの気候変動に関するアクションが進んでいます。今後、企業への投資にあたりますます懸念されるケースは、企業が明確な気候変動に関する戦略を有していない場合です。気候変動に関する戦略は、すべての企業にとって非常に重要であり、公表していない企業に対しては積極的な対話が求められるでしょう。
手塚:必ずしも、アメリカの企業に比べて、日本の企業の開示が遅れているわけではないというコメントもありましたが、ベースラインとしては日本企業のディスクロージャーが十分ではない、そして日本企業においても気候変動に関する戦略の開示を十分に行う必要があるということだと思いました。また、ティー・ロウ・プライスの評価の考え方についてもよくわかりました。
気候変動が与える業績への影響の把握
手塚:今、日本企業に対してディスクロージャーについてはまだまだ十分ではないという厳しい指摘がありましたが、業績や投資テーマへの影響を分析するということが非常に重要だと感じています。
金融庁でも上場企業など約4000社を対象に、気候変動に伴う業績などへの影響を開示するよう義務付ける検討を始めたということが、新聞などでもよく報道されています。気候変動による影響を財務や業績予測などの数値へ反映を求める動きが活発化していますが、投資家の皆さんは、投資の際に収益の予測があって投資判断をしていると考えていらっしゃいます。現在、どうやって業績への影響を予測されているのでしょうか。
銭谷:先ほども若干申し上げましたが、第一生命では責任投資における最重要課題として、気候変動の課題への解決を掲げています。基本的には、TCFDなどをベースに企業が開示している気候変動対応情報をベースに、当社内にて炭素税やインターナル ・カーボンプライシング、カーボンクレジット等を用いて独自に各企業の業績への評価を推測し、ESGスコアも加味して社内で格付けを行っています。
全体のポートフォリオについて、排出量を計算し、当社が持っているポートフォリオ全体の削減目標に向けて、株式の場合には基本的に企業に対しエンゲージメントを通じ、削減を促していきます。債券の場合には償還などもありますので、グリーン債券への積極的な投資を行うなどして、当社全体のポートフォリオにおける排出量削減への取り組みを行っています。
また、21年度のエンゲージメントについて、当社の保有している企業の中でGHGの排出量の高い上位50社を選定しエンゲージメントをしています。もちろん、業態によってはエンゲージメントしてすぐに削減できる企業と、大きな事業構造の変革を要する企業があると認識しています。
なお、当社がアジア初として参加しているネットゼロ・アセット・オーナー・アライアンスに加え他の金融機関等とのアライアンスによりネットゼロを目指すGFANZがCOP26で設立されました。GFANZはグラスゴー・ファイナンシャル・アライアンス・フォー・ネット・ゼロの略称ですが、参加機関全体の保有資金約130兆ドルを活用しネットゼロ達成に向け積極投資するというコミットをしています。日本からは当社も含む大手生保4社が参加しています。当社だけではなく生保・その他の金融機関と協力して、いろいろな形で企業とエンゲージメントしながらカーボンニュートラルに向けた活動を進めて行きたいと考えています。
手塚:すでに第一生命では独自のインターナル・カーボンプライシング等を使って評価をしている、また海外の投資家のネットワークにも入り、エンゲージメントを進めているということですね。りそなアセットマネジメントではいかがでしょうか。
松原:当社でも、物理的リスクや移行リスクを注目していますが、企業の経営に与える影響のうち、バランスシートへの影響リスクという点では、例えばカーボンプライシングやストランデット・アセット(座礁資産)への影響可能性には注目しています。
ただ、パッシブ運用はアクティブ運用が持つ価格発見機能も資金配分機能も有しておらず、株価形成に反映できないという制約があります。
このため、エンゲージメントに注力しているわけですが、企業の皆様とはエンゲージメントを通じて、将来的なリスクに対する考え方など課題の共有化をしています。また、課題を共有化するだけではなく、どう向き合い、どのように取り組んでいくかをサポートしていくことが重要だと思っております。
企業との向き合い方、サポートにもいくつかの段階があります。まずアウェアネス(課題の共有化)。これは課題設定や分析内容について企業と共有するステージ。次にエンゲージメント。これは課題解決に向けて企業の取組を支援する枠組み。そして議決権行使。さらに先には欧州を中心にダイベストメント(投資撤退)という手法があります。 アウェアネス、エンゲージメント、議決権行使、ダイベストメントという枠組みを通して、脱炭素に向けた企業の取組をサポートする、或いは金融という枠組みを通じて企業の成長や持続可能性をサポートするという役割を担っていることを常に心掛けていきたいと思っています。
手塚:銭谷さんと松原さんのお話を聞いて、アクティブもパッシブもすでに独自の評価をされており、企業側は正しい評価をしてもらうためにもディスクロージャーを行っていくことが非常に大事だと感じました。またパッシブ運用は、価格形成機能は弱いけれども、最後は議決権を武器にして、エンゲージメントを通じて企業の変革を促すことが重要だということも伝わってきました。
松原さんからお話があったように、アクティブ運用ではダイベストメントと同様の選択肢を持っていると思うのですが、ティー・ロウ・プライスではどのようにお考えでしょうか。
ドリュー:当社が運用する資産のほとんどはアクティブ運用であり、その割合は資産運用総額(AUM)の95%以上です。まず、アクティブ運用の特徴として、特定のセクターや銘柄において、気候変動やその他のESGファクター、または財務要因の観点から劣ると考える場合は回避することができます。つまり、投資対象ユニバースを当初より限定することが可能です。
もう1つの特徴は、パッシブ運用と比較し、アクティブ運用では投資対象のすべての銘柄について、より精緻なファンダメンタルズ分析を行う点です。アクティブ運用では、先を見据えた分析アプローチを適用しますが、ESGの影響ではさらに将来に向けた分析を取り入れることができます。とくに気候変動のような課題を財務モデルに取り入れることは困難です。ある分野では気候の影響が銘柄に複合的な効果をもたらす可能性があります。
例えば、石油・ガス会社を例に挙げてみましょう。石油やガスの需要、石油・ガス銘柄の価格動向はどうなるか、重要な生産コストは状況の変化に応じて劇的に変化するのか、業者が減少するのかといった予測を立てることは可能です。そこで、当社では仮説を立てモデルに取り入れています。
一方、気候変動には二面性を持つ要素もあり、いつ企業に影響を及ぼすのか予測不能なケースもあります。よって、多くの場合はモデルに取り込むことは難しく、バリュエーション評価の中で定性的に理解する必要があります。
アクティブ運用では、ベンチマークの全銘柄を保有する必要はなく、絞り込んだ銘柄について徹底した調査を行える点が特徴となります。この、ファンダメンタルズ分析を行うことで、先を見据え、より柔軟に気候変動を企業評価に組み入れることができます。
当社では、多くの時間を費やして企業の製品の今後の位置付けを見極めますが、重要なのは企業の現状が永続すると想定しないことです。気候変動は世界が直面している新しい現象です。現在の状況に適応し、ニッチな成長分野を見出す企業を特定することが重要です。
先ほどのお二人の回答と同様、エンゲージメントも当社のプロセスの重要な要素です。過去2年にわたりエンゲージメントでは情報開示の充実に焦点を当て、投資先企業にサステナビリティ会計基準審議会(SASB)やTCFDに沿った報告を求めるとともに、最低限スコープ1と2のCO2排出量の開示を強く推奨してきました。スコープ1と2のCO2排出量について、すべてのポートフォリオにおいて顧客へ報告しており、企業の開示データがない場合は推定値を適用せざるを得ません。推定値は正確でないケースが多く、企業にとってはデータを開示したほうが有利です。とくにCO2の排出量の多いセクターではスコープ3まで公表することを勧めています。
手塚:ダイベストメントという方法もあるけれど、必ずしも現在の情報がすべてではなく、長期視点でその企業の将来を評価するということが印象的でした。一方、やはり企業には気候変動の影響について、スコープ1及び2の開示をエンゲージメントで勧めていて、当然のことながら今後はスコープ3の開示も求めていくということだと理解しました。
今後の投資行動における変化
手塚:3社の皆さんはともに、気候変動が業績に及ぼす影響についてはすでに推計をされており、これをベースに企業とのエンゲージメントをされていることがわかりました。
ネットゼロの達成は、資金をサステナブルな分野へと振り向けることが重要だと言われています。当初、石炭や火力発電などを除外することから始まったこの動きも、現在では再生可能エネルギーや新しい技術への投資、そして今後はトランジションへの資金供給も視野に入ってきています。今後、皆さんの投資行動がこのネットゼロに向けて、どのように変わっていくのでしょうか。
銭谷:当社の場合は、保有している株や債券の発行会社とのエンゲージメントに加え、新たな再生可能エネルギーやトランジションに対する融資や不動産分野でのグリー投資を増やしていくという取組をすでに開始しています。また、新たな技術開発を進めている企業へのインパクト投資も個別に進めています。全ポートフォリオのさまざまなアセットクラスにおいてネットゼロに向けて、当社にできることを進めて参ります。
また、21年11月開催のCOP26において大きな進展があったと考えています。先ほどGFANZのお話をしましたが、それと同時にIFRS財団の下に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が設立された点です。更には、非財務情報のグローバル開示基準の統一化に向けて、IFRS財団とバリュー・レポーティング財団(VRF)、気候変動開示基準委員会(CDSB)との統合も発表がありました。
22年中に具体的なフレームワークが発表されるということですが(*2022年3月に気候及びサステナビリティ全般に関する情報開示ドラフト公表があった:https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2022/03/ISSB-to-publish-exposure-drafts/)、現在、投資する側からすると企業の開示情報のフレームワークがまちまちで、実際に企業評価するにあたりなかなか比較が難しかった点において、大きな進展が見られるのではないかと期待しています。その結果、われわれも投資計画に基づき投資がしやすくなり、同時に投下した資金についてきちんとモニタリングをすることによって、ネットゼロに向けて進展していく過程を把握することができるのではと大きく期待しています。
松原:冒頭でお話ししたように、エンゲージメントのあり方が変わるのではないか、テーマが変わるのではないかと思っています。 TCFD開示を私たちも進めていますが、投資家のネットゼロに向けた取組の観点からは、スコープ1,2,3の企業開示を通じた現状把握、そして短期・中期・長期の目標設定、最後に企業の革新的イノベーションへの取組が重要で、中でもイノベーションの議論がこれからもっと注目されるのではないかと思っています。
日本企業には脱炭素に向けた知財を多く有していると聞いております。これらの知財を通じて、脱炭素社会に向けての役割発揮を期待しています。 知財の枠組みはこれまで競争力の源泉と言われており、ある意味、競争優位性獲得の重要な要素だと考えておりました。しかし、これからのイノベーション、脱炭素に向け、これら知財を競争優位性獲得の手段として位置付けるだけではなく、Co-Creation(共創)の要素もあるのではないかと思っています。
他者と技術を共有し合い、 次の世界を展望していくという枠組みは企業の知財戦略においては、極めてチャレンジングな話だろうと感じます。ですが、脱炭素に向けた枠組みのうち、スコープ3はサプライチェーン、バリューチェーンが排出量計測対象として入ってきます。それぞれの企業が持っている技術力を横でつなぎ合わせ、日本社会全体を脱炭素に向けた社会に導いていく。これは、われわれとしてもその取り組みを期待しているところです。
ただ、残された時間はあまりない。持っている技術力をうまくコラボレーション(協創)し、日本全体の脱炭素に向けたリーダーシップを発揮していただき、投資家をはじめステークホルダーが支援していく。日本が脱炭素社会を目指す上で、企業が果たす役割は大きく、それを支援していくのが金融の役割ではないかと思っています。
ドリュー:今までの重要な規制変更と同様、企業を取り巻く環境を変容させ始めているこの気候変動に関する規制変更は前例のないものです。その影響は甚大で世界全体へと波及しています。ただ、その目的を達成できなければ悲惨な結果となるのは言うまでもありません。
多くの企業が変容し始めており、異なる側面から事業が再考されています。もちろん、CO2排出量は企業分析における重要な要素ですが、製品のライフサイクルや製品の使途に加え、製品に対する消費者の需要の変化も考慮する必要があります。
ESGや多くの気候分析が、企業にこれまでになかった透明性をもたらしています。この透明性が浸透していく過程で、投資家の投資判断へ影響を及ぼしていくでしょう。消費者の行動も変わるでしょう。例えば、私の住んでいる英国で、現在協議されている政策項目の1つが実現すれば、CO2排出量を製品に表示することが義務付けられることになります。つまり、スーパーに行くと食品のカロリーが表示されているように、CO2量も見ることができるようになるのです。
透明性は確実に変化を生み出し始めています。数年前からポートフォリオ・マネジャーにポートフォリオのCO2排出量を定期的に提供してもらい始めましたが、投資判断にも自然と変化が生じ始めています。それは一両日で変わるものではなく、段階的なプロセスであり、企業の気候への対応を理解するにつれて投資の焦点も自然に変わっていくでしょう。
松原:最後に、会計士として企業のサポートを行っていらっしゃる手塚さんに伺います。改訂されたコーポレートガバナンスコードでは、サステナビリティが中心軸に据えられており、方針の策定と取り組みの開示、あるいはTCFDといった国際的な基準に基づき、開示について質と量の充実が求められているものと捉えています。
日本の取り組みの状況について、手塚さんはどれくらい進んでいるとお感じになっていますか。また、この取り組みを促進するために何が効果的だとお考えなのか、教えてください。
手塚:まず、日本の企業の取り組みについて、ご指摘の中にもありましたが、TCFDに賛同する日本企業の数は多いけれども、気候変動の情報開示が充実しているかというと、まだまだそうは言えない状況にあると思います。冒頭でお話しした、プロトタイプが思ったよりも、ベースラインのディスクロージャーの基準だと言いながら、かなり詳細だったことに衝撃を受けた日本企業関係者も多かったのではないかと思います。
それでは、取り組みを促進するためにはどうすれば良いかという点ですが、5つあると思います。1つ目は、何よりも企業側がこれを単なる企業の情報開示の基準の問題だと捉えるのではなく、世界的な金融構造と産業構造の変革の一環なのだと実感することです。これが、松原さんが言われた変革につながるマインドセットチェンジ。
2つ目は、日本においても資本市場における制度として、これを組み込むこと。単に任意でやるということではなく、何らかの強制力を持たせる必要があるだろうと思います。
3つ目はフェアな国際基準が作られる必要があると思っていますので、その基準づくりに日本として積極的に参加し、一定の納得感を持ってそれを受け入れるということです。
4つ目は、投資家側の企業評価の手法については皆さんにお話しいただきましたが、さらにレベルを上げていただき、企業とのエンゲージメントの中で企業の変革を促していただくことです。
最後に、これは監査人の役割ですが、監査人にとっては非常に重要な、おそらく破壊的な影響があるエリアです。ですから、監査人も企業の財務に与えるインパクトを適切に評価する力を磨いて、企業の経営者と気候変動の影響についてしっかり対話し、信頼性ある情報開示を担保する、という5つだと思っています。