商社が目指す公平な社会と経済の発展 日本貿易会主催「商社シンポジウム2022」

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人類にとって持続可能かつ安全で、より豊かな地球をつくり上げるという目的に向けて、2030年までに達成すべき17の目標を掲げた国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)。その取り組みの推進には、商社の役割が大きく期待されている。グローバルに数多くのパートナー企業との連携が欠かせない商社の事業では、社会課題の解決や、地域の発展が重要な使命とされるからだ。商社を中心に組織されている日本貿易会がオンラインで開催した「商社シンポジウム2022」のテーマは「公平な社会と経済の発展」。識者がSDGsの背景や商社への期待について講演し、事業の第一線で活躍する商社パーソンらが、持続可能な社会に向けた事業と、そこに取り組む熱い思いを語った。
主催:一般社団法人日本貿易会
【広報委員会】伊藤忠商事/稲畑産業/岩谷産業/兼松/興和/CBC/JFE商事/住友商事/双日/蝶理/豊田通商/長瀬産業/日鉄物産/阪和興業/日立ハイテク/丸紅/三井物産/三菱商事
協力:東洋経済新報社

基調講演
商社とSDGs

日本貿易会の小林健会長(三菱商事 取締役会長〈当時〉)のオープニングスピーチに続き、基調講演に登壇した慶應義塾大学大学院教授の蟹江憲史氏は「SDGsの取り組みは商社の活動との親和性が高い」と強調する。

慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科 教授
蟹江 憲史 氏

蟹江氏は、SDGsの目標について「現在から見れば目標だが、2030年以降の世界の常識となることが示されている。実現が難しそうに見えるのは、それだけ世界が(あるべき状態から)ずれているということ。今のビジネスの価値観を変える必要がある」と語る。

15年に採択されたSDGsのターゲット3.3には感染症への対処が掲げられている。「しっかり取り組んでいれば、より適切にコロナ禍に対処できていたはずだ」として、将来のリスクに備え、長期的な利益をつかむためには「目先の利益から時間軸をずらして考える必要がある」と訴えた。

SDGsに向けた商社の取り組みをまとめた『SDGsと商社』(20年刊)を監修した蟹江氏は、商社のSDGsに対する親和性として、①グローバルネットワーク、②複合的アプローチができる引き出しの多さ、③パートナーを生かすオーガナイザー機能、④イノベーション力、⑤サプライチェーンを俯瞰できる立ち位置、⑥未来志向――の6点を指摘。

23年版の国連「持続可能な開発に関するグローバル・レポート」を執筆する独立科学者15人の1人になっている蟹江氏は、パートナーと協力しつつ目標ベースのガバナンスを実践する。消費・廃棄も考えた生産などライフサイクルを通じた視点。デジタル化による自律分散協調の仕組み構築――が「SDGs達成のためのレバレッジ(てこ)になる」として、それらに強みを持つ商社の活躍を期待した。

パネルディスカッション1
サステナブル経営で実現する社会の持続可能性と発展・進化

第1部のディスカッションは、サステナブルな経済成長、SDGsに向けた商社の役割を考えた。

伊藤忠商事
情報・金融カンパニー
Belong社 代表取締役社長
井上 大輔 氏

伊藤忠商事の井上大輔氏は、中古スマホ小売り・卸売りのBelong(ビロング)社に社長として出向している。同社は伊藤忠グループのネットワークを使って集めた中古スマホ・タブレットの検査などを行って、国内の個人・法人向けに販売している。中古端末の利用は、新品端末利用に比べて約42%の温室効果ガス削減効果があるとされ、環境意識の高まりから注目されている。国内の中古スマホ利用率は約5%と、20%の米国の4分の1ほどで、今後は年率10%の成長事業としても期待されている。「机の引き出しなどに眠る”埋蔵端末”を再利用に回すだけで持続可能な世界に貢献できる。身近なSDGsへの取り組みとして事業を広げたい」と語った。

兼松
鉄鋼・素材・プラント統括室
矢崎 慎介 氏

兼松の矢崎慎介氏は、インドネシア・ゴロンタロ州で進めるREDD+(レッドプラス、開発途上国における森林の減少・劣化抑制、保全によるCO2削減)事業を紹介した。同州では、農地拡大のための森林伐採問題が深刻化している。そこで、同社は現地の政府・企業と連携し、貧困層が多いカカオ農家に栽培法や、カカオを高値で販売するための指導を実施。持続可能なカカオ栽培の普及により森林伐採抑制・保全と、貧困解消に取り組む。さらに、CO2削減量の一部をカーボンクレジットとして国内企業に販売する。「この事業の推進には、SDGsへの貢献など森林保全の意義について広く知ってもらい、多くの人々の理解を得ることが大切だ」と話した。

豊田通商
金属本部資源循環第一部
バッテリー・新素材グループ
グループリーダー
平位 和哉 氏

豊田通商の平位和哉氏は、トヨタグループの自動車関連ビジネスの中の静脈産業として展開する自動車リサイクル事業を紹介した。同社は1970年ごろから、将来の廃車処理問題を考え、この事業に進出。生産時の廃材や廃車に対し、環境に配慮して油を除くなど適正な処理を行って鉄やアルミニウムをリサイクルすることで「SDGsの『つくる責任』にも寄与できる」とする。今後は自動車以外の家電など対象を拡大することを目指す。欧州はリサイクルでも高い目標を掲げているが、「実現可能性や経済合理性を見極めつつ、トヨタグループの中核商社として、新たに上市される車の情報をいち早くつかんで事業インフラを整え、先駆的に事業を展開したい」と語った。

三井物産の八木雅人氏は「全社方針として、エネルギー供給責任を果たしながら低炭素社会に移行するため、当面はCO2排出が比較的少ないLNG(液化天然ガス)に取り組みつつ、脱炭素に向けた水素など次世代エネルギーに投資し、エネルギー、インフラ、車両等を併せた包括的なサービスを提供していく」と述べた。同社は、ポルトガルで電動・燃料電池バス製造会社に出資。ZEV(ゼロ・エミッション・ビークル:COを排出しない車)化で先行する公共バスの開発・販売を支援し、英国でも採用されている。同事業を通じて「ZEVの知見を獲得し、各国の実情、ニーズに合わせた脱炭素の現実的な解を、現地パートナーと共に見いだしていきたい」と語った。

モデレーターの蟹江氏は「この議論でSDGsに取り組む商社への理解が深まれば」とまとめた。

特別講演
格差をなくし、誰も置き去りにしない社会へ

「SDGsの目標はすべて人権に関わっており、その本質は、すべての人々の人権の実現にある」。国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本事務局長などを歴任した国際協力NGOセンターの若林秀樹氏はこう語った。

国際協力NGOセンター(JANIC)
事務局長
若林 秀樹 氏

人権は今や政治・内政問題ではなく、国際社会共通の課題であり、スポーツの場での人権侵害への抗議も容認されるようになってきた。日本政府も2020年に「ビジネスと人権に関する行動計画」を策定。企業には、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(11年採択)など国際スタンダードを踏まえた人権デューデリジェンス(DD)の推進を期待している。

人権DDは、人権にコミットする経営方針を策定し、体制整備や教育啓発を行うとともに、事業が人権に及ぼす影響の特定・評価を行い、影響の緩和・防止策を講じ、さらに、影響を受ける(可能性のある)ステークホルダーへの救済、苦情対応を通じてエンゲージメントを高めることを求める。

若林氏は、最近の社会は「行きすぎた能力主義による格差拡大、自己責任論による社会の分断で、不公平感が増大している」と指摘。企業には、人権DDを推進し、市民社会との対話を深め、公平な社会を実現するビジネスモデルの構築を、国に対しては格差是正に向けた影響力の行使を期待した。「世界は、人権、正義、公平を求める時代の転換点を迎えている。グローバルに活動する商社は、その動きをリードしてほしい」と訴えた。

最後に、商社の社員に対して「企業の利益を追求する企業人である前に、一人の人間としてシチズンシップ感覚を大切にしてビジネスをしてほしい。それが結果的には企業価値を高めることにもつながるはずだ」と語った。

パネルディスカッション2
すべての人が豊かで幸せな人生を送るために商社ができること

第2部ディスカッションは格差解消に向けた商社の役割を考えた。

住友商事
サステナビリティ推進部
社会貢献チーム長
兼100SEEDプログラムリーダー
江草 未由紀 氏

住友商事は、19年の創立100周年を機に立ち上げた社会貢献活動プログラム「ワンハンドレッドシード」で、SDGs目標4「質の高い教育をみんなに」をテーマに14カ国で31プロジェクトを推進する。江草未由紀氏は「グローバルで取り組む社員参加型の活動で、会社も1人当たり年間100時間までを業務時間と見なしてコミットしている」と説明。日本では、外国ルーツの子どもたちへの学習支援やNPOの課題解決を支援するプロボノ(社員のスキルや知見を生かしたボランティア活動)などに取り組む。「商社のネットワークを生かし、行政、企業など多くの人たちと連携し、面での取り組みで社会を変えたい」と語った。

双日
インフラ・ヘルスケア本部
ヘルスケア事業部事業開発第二課
課長
吉田 昌弘 氏

双日の吉田昌弘氏は、身近なかかりつけ医による総合的な医療「プライマリーケア」の事業を説明した。新興国での生活習慣病増加による医療費の膨張、医療リソース偏在といった課題に挑み、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」への貢献を目指す。同社は、アジア・大洋州で医療サービスを展開するクォリタスメディカル社に出資して経営参画。高度医療を担う大病院との間で役割を分担するプライマリーケア推進で医療の効率化を図る。また、未病状態の維持、予防活動にも注力。現地自治体などと連携して啓発、情報発信を行い「地域に根差したサービス事業」を展開する。「社会と企業の双方の利益を追求し、新たな価値を次の世代に残したい」と語った。

丸紅
フェムテック事業チーム
チーム長
野村 優美 氏

丸紅の野村優美氏は、女性特有の健康課題をテクノロジーで解決する「フェムテック(Female×Technology)」事業を紹介した。SDGs目標5の「ジェンダー平等を実現しよう」や、ダイバーシティー&インクルージョンが推進される中、健康経営の視点からも、企業は、女性の健康課題を「個人に任せず、企業価値に直結する経営課題として取り組む必要がある」とする。事業では、月経に伴う不調、不妊、更年期症状などに対し、啓発セミナー、オンライン健康改善ソリューションを企業に提供。導入後の業務パフォーマンス向上など、検証データも提供する。「日本のジェンダー格差は世界に比べ大きい。そのギャップをビジネスで解消し、持続可能な社会につなげたい」と話した。

三菱商事
食品産業グループ
グローバル食品本部所属
imperfect社マーケティング部長
佐伯 美紗子 氏

食や農を取り巻く課題の解決を目指す「食品ブランド事業」を手がけるimperfect(インパーフェクト)社に出向している三菱商事の佐伯美紗子氏は「日本の消費者と海外生産者の距離を近づけ、消費者にコーヒーやチョコレートなどの食品の原料を生産する現場の課題を知ってもらうことで、食のよいサイクルをつくる一歩を踏み出してもらいたい」と目的を説明した。来店した顧客らの投票で、現地で実施する環境保全や自立支援などのプログラムを選ぶ、参加型の仕掛けを工夫。「私は3.5%の人が動けば社会は変えられるという説を信じている。産業の枠を超えられる商社の強みを生かし、パートナーらと思いを共有して、輪を広げていきたい」と語った。

モデレーターの若林氏は「商社の影響力があれば社会は動く。これから入社する人も、よりよい社会の実現を目指してほしい」とまとめた。