幼稚園から大学まで、ずっと青学だった。兄も弟も、青学。「きょうだい皆同じ学び舎で」というのが父の教育方針だった。
20年近く青学に通い、「この学校でよかった」と心から両親に感謝している。水が合ったのだろう。私のルーツは台湾だが、ハーフがいるのは当たり前の国際色豊かな環境。差別に遭うことは一度もなかった。キリスト教の学校なので、博愛・平等の精神が根付いている。校風は、「自由」「民主」、あとは「女子が強い」こと。男子は発言力が弱い。学校の場所が青山なので、中高のクラブ活動の後、表参道や原宿のカフェに行った。もちろん、校則では禁止だが(笑)。青学時代の生活は、渋谷区内でほぼ完結していた。
内部進学のよさは、受験がない分、自分がやりたいことに早くから打ち込めること。スポーツやボランティアなど、何かに熱中している人が多かった。私の中高時代は、バリバリの体育会系。中等部では硬式テニス、高等部ではハンドボールにのめり込んだ。勉強で唯一好きだったのは世界史。高等部にすばらしい先生がいて、世界を横軸で見る面白みを知った。台湾人を父に持つ身として、中国について深く考えるようになった。文化大革命とは何か、とか。そこから日本の大学紛争にも興味を持ち、高校1年生で高野悦子の『二十歳の原点』を読んだ。こういう学びができる余力のある学校だ。
社会に出てから何をやろうか考え始めたのも、中等部の頃。「5年先を考えて生きなさい」というのが父の教え。大学で何をやろうか考え、手に職がつく学部を選ぼうと。だから法学部。先生からも、「君、法学部が向いているよ」と太鼓判を押された。当時は、将来の私が立法府で働いているなど、想像もしなかったけれど。
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