平成は大型倒産が多発した時代だった。負債1000億円以上の大型倒産は約250社。負債1兆円以上の超大型倒産も10社を数えた。戦後の大型倒産(上位20社)も、すべて平成に破綻した企業だ。
一般的に企業倒産件数は「景気の遅行指数」といわれる。平成初期の倒産は好景気を反映し、歴史的な低水準が続いた。しかしバブル崩壊を機に一転増加。この時期の大型倒産を見ると、バブルを謳歌した不動産・レジャー関連が目立つ。
以降、1990年代後半〜2000年代前半にかけ未曾有の倒産ラッシュを迎えた。メガバンクの不良債権問題を背景に建設、流通、金融などで大型倒産が多発。特に00年10月は倒産史に残る月だ。戦後最大の倒産となった協栄生命保険、戦後3番目の千代田生命保険の生保2社が同じ月に更生特例法申請に追い込まれた。
そごう(00年)、マイカル(01年)の流通大手2社も破綻。「不況型倒産」が戦後最悪の件数を記録したのもこの頃だ。聖域なき改革を進めた小泉政権下、未曾有の倒産ラッシュは収束に向かった。

ポスト平成の2つの課題
再び倒産の猛威が襲ったのが08〜09年。リーマンショックの影響が広がる中、不動産流動化やマンション分譲を手掛ける新興業者が次々と破綻。08年の上場企業倒産(33件)は戦後最多を記録し、うち7割を建設・不動産関連が占めた。
その後、「中小企業金融円滑化法(リスケ)」と「緊急保証」という2段構えの中小企業支援策が取られ、10年以降、倒産は大幅減少。今なお倒産の減少局面が続いている。
こうした中、10年の日本航空(JAL)の会社更生法は、平成倒産史に残る出来事だった。私的整理スキームによる再建を目指したが、多数の利害関係者を抱え、紆余曲折を経て法的整理に追い込まれた。その過程は、後に製造業最大の倒産となるエアバッグ大手のタカタ(17年)を彷彿とさせる。
企業倒産におけるポスト平成の課題は、「ポスト円滑化」と「後継者問題」に尽きる。法律自体はなくなったものの、銀行のリスケ支援で延命する中小企業は少なくない。リスケなしで(自力で)、資金繰りをつけられる企業がどれだけ増えていくか。この成否次第で倒産件数は大きく変わってくる。
後継者問題への対応も待ったなしだ。後継者難倒産は毎年300社以上発生し、多くの経営者が事業を継続していくうえで避けられないテーマだ。ポスト平成ではこれまで以上に、経済活性化に向けた企業の「新陳代謝」の質が問われそうだ。






















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