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企業に対する中国共産党の介入 中国の瓦解を止められるか

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かつて中国の政府は、究極のチープ・ガバメントであった。なるべく税金をとらないで政治を行う、という理想・美名の建前に由来する。歴代の王朝政権は減税・免税に熱心で、しばしば善政として宣伝した。そのため史上の中国は通例、統治する社会の規模に比べて、恐ろしく「小さな政府」だったのである。

16世紀以降、近代に先だつ明・清がその最たるものだった。大航海時代を経た世界の一体化を通じて、経済の大変動・社会の流動化が加速した時代に重なる。にもかかわらず、それに対応していけるだけの体系的な行政組織の再編はおぼつかなかった。

そのため、明朝にせよ清朝にせよ、民間経済に積極的な働きかけをしたことはほとんどない。政権は民間で独自にできた既成の経済秩序に、なるべく立ち入らない方針をとった。下手に干渉すると、かえって混乱をひきおこしかねないからである。

乖離状態だった政治と経済

したがって政治は、権力の自己保存に関わる部分にしか、社会に作用をおよぼさなかった。経済的な側面でいえば、政府・軍隊の人員を養うため税金をとりたてるというのが、極論すれば、政府当局のほぼ唯一の役割だったといって過言ではない。

その徴税先はおおむね、政府当局と関わりのある少数の富裕層だった。かれらが農工商業の大規模な企業を経営し、庶民を搾取して利益をあげる。政府はその一部を税金としてとりたて、財政を運営するシステムになっていた。

これはわれわれの想起する国民経済からすると、多分に異質である。政府は全国規模で景況をみわたし、通貨を管理し、政治も経済の一つの要素となって機能し、経済も政治から相応の影響を受けるというのが、現代国家の常識にほかならない。

しかし18世紀までの中国は、そうではなかった。政治と経済はほとんど乖離状態にあったため、ごく「小さな政府」でもよかったのである。

列強は19世紀に、こうした政府権力と民間社会の疎遠につけこんで、経済的な侵略を果たした。20世紀の中国はその反省から、政府の経済統制を志向する。これは国民党でも共産党でも同じであって、手法・程度の差異にすぎない。毛沢東時代の計画経済は、一挙にそうした統制を極端にまで推し進めたものだった。

こんな昔話をするのは、先月こんな報道があったからである。数字上、経済の2割を動かしながら数は2%しかない国有企業を、年内に全社、株式会社化する方針が示された。一方で、主要な上場企業は次々に共産党の介入を認める決定を下している。清代でいうなら、国有企業が徴税先の富裕層、上場企業は政府と乖離した民間にあたり、どうやら昔話のイメージに重なってくる。

共産党の介入を認める企業

毛沢東時代の惨憺(さんたん)たる結末を受け、「改革開放」に転じて、いまの中国経済がある。極端な統制を緩めたところ、政治権力を顧みない社会経済が、あらためて活發になった。それが驚異的な経済成長の原動力ではあったものの、またぞろ政治と経済の乖離、ひいては中国の瓦解という悪夢を再現してしまうのではないか。

そこが中国政府の恐れるところだろう。党大会を控えた習近平政権が、国有企業・上場企業に手入れをはじめたのは、そんな歴史から理解することもできる。

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