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「個人番号」挫折の歴史 半世紀経てマイナンバーに昇華したが…

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マイナンバー制度の原型を初めて計画したのは、佐藤栄作氏だった(撮影:高橋孫一郎)

「番号制度と日本国民は不幸な歴史の積み重ねだ」。ある自民党幹部はそう語る。実際に、日本のマイナンバー制度は半世紀にわたり政争の具となってきた(図表1)。

[図表1]
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初めに着手したのは、1968年の佐藤栄作内閣だった。「各省庁統一コード研究連絡会議」を設置し、全国民に個人コードを付与することを計画した。しかし、野党から「国民総背番号制にして国家が国民を管理するのか」との声が上がり、断念を迫られた。

次に持ち上がったのが、大平正芳内閣における「年金記録のオンライン化」と「グリーンカード(少額貯蓄等利用者カード)制度の導入」だ。大平内閣は佐藤内閣の失敗を受け、国民IDではなく、手帳単位でシステムを開発しようと年金記録のオンライン化に取り組んだ。しかしこれが結果的に国民1人につき種類別に複数の手帳を持つこととなり、97年に橋本龍太郎内閣が基礎年金番号を導入した際、3億件が名寄せされないという事態につながった。

さらに2007年に発覚した「消えた年金記録問題」の引き金となり、第1次安倍晋三内閣が総辞職に追い込まれるきっかけにもなった。

もう一つのグリーンカード制度は、一定金額の預貯金元本に対する利子が非課税となる、いわゆる「マル優」を利用する人にカードを配り番号を指定するもの。84年から導入することが決まっていたが、グリーンカードによって金融資産が洗いざらい明らかになってしまうことを恐れた人たちや政治家から反対意見が相次いだ。郵便局からの資金流出を危惧する郵政族や最大派閥の田中角栄派が、野党を巻き込んで政局化した。結局、85年にはグリーンカード制度そのものが廃止となった。

竹下登内閣が目指した住民基本台帳カードの保有義務づけも不発に終わった。住基カードを官民で使える基盤にしようとしたが、プライバシー侵害などの理由から民間利用が原則禁止されるなど、利用方法が限定された。国民の住基カード保有率は現在5%程度であり、「大失敗」(政府関係者)と言われる始末だ。

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