DXを妨げる「3つの壁」を乗り越えるカギとは 「ビジネスを変革するDX最前線」レポート

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ポストコロナ時代に向けて多くの企業が取り組みを進めているDX(デジタルトランスフォーメーション)だが、成功している企業は意外に少ない。2022年3月22日にオンライン開催された「ビジネスを変革するDX最前線 収益に繋がるDX推進成功の秘訣とは」では、DX推進の妨げになっている「壁」と、それを乗り越える方策について、DXの支援企業や実践企業、識者らが考察した。
主催:東洋経済新報社
企画協力:STANDARD

キーノートスピーチ
DX推進の鍵を握るDX人材育成戦略

STANDARD
代表取締役社長
櫛野 恭生氏

DXが進まない原因は、スキル・人材不足といったソフト面の課題が大きい。「ヒト起点のデジタル変革をSTANDARDにする」をミッションとして、人材育成を柱に約600社を支援してきたSTANDARD(スタンダード)の櫛野恭生氏は、DXは①全社/組織横断のアイデアの壁、②有望なシーズに対する投資判断の壁、③人員をはじめリソース不足による技術開発の壁――の3つを突破しなければならないと指摘する。

①のアイデアが出ない理由は、DXに関心の低い社員が「他人任せ」になってしまうからだ。そこで、トップダウンで全社を巻き込み、全員がDXを「自分事」化することがポイントになる。同社は、幅広い社員にDXを理解してもらうため、数時間で履修可能な初学者向けも含めた多彩なリテラシー教育を提供する。「DXの基礎を身に付けた多様なメンバーのアイデアが混ざり合い、イノベーティブな提案を創出する」。

アイデア提案後は、②の投資判断の壁がある。デジタル技術は変化が激しいため、事前の綿密な戦略立案は難しく、プロジェクトを進めながら精度を高めるアジャイル手法が適している。まずは、課題となりそうな箇所を抽出する。技術的実現可能性の検証は、プロトタイプを作って試行。顧客ニーズ、対価の支払い意思などの調査で顧客価値を検証し、市場規模や参入施策などの市場検証を行う。こうした検証を繰り返しながら仮説の精度を高め、3カ月程度で実装に向けた投資の是非を判断する。同社は、この検証段階の戦略コンサルティングも提供している。

最後が③の技術開発の壁だ。DX人材の不足は深刻化しており、内製だけではリソース確保が難しい。必要な技術、ノウハウを見極めて社内で人材を育てつつ外部委託・連携を活用し、内製と外部委託のバランスを取り、オープンイノベーションを進める必要がある。

同社は、創業者の石井大智取締役会長らが学生時代に立ち上げたHAIT Lab(ハイトラボ:東大人工知能開発団体)を独自に運営する。これは、アカデミアの先端知識を持つ学生らに企業案件の経験を与え、実践的なAIエンジニアやデータサイエンティストを育てるエンジニアのコミュニティー。彼らの参画を得て、先端のエンジニア人材を確保できることが同社の強みとなっている。櫛野氏は「現場主導のアイデア創出から、オープンイノベーションでのDX実装、内製化までを、短期間に達成する支援を一貫して提供できる」とアピールした。

パネルディスカッション
DXを成功に導いてきた企業のキーマンが語る、DX推進の秘訣とは

パネルディスカッションでは、HAIT Labのテクニカルアドバイザーを務める東京大学の越塚登氏、STANDARDのサービスを利用するロート製薬の板橋祐一氏、アイシンの鈴木研司氏の3氏がDXの最新動向や、変革のためのヒト・組織づくり、アジャイルプロジェクトの重要性などについて語り合った。

東京大学大学院
情報学環・教授
越塚 登氏

越塚氏は、日本のDXの現状について「デジタル敗戦といわれるが、日本はインターネット以前からデジタル導入を進めてきた。ただ、課題をデジタルで解決できる形に直すことや、変革の具体的方法論の点が弱い」と課題を挙げた。人材については、大学の情報専攻の卒業者数が、情報産業への就職者数の半数程度であることに触れ「大学だけでなく、企業も含む社会全体で人材を育てなければ急激なデジタル化に対応できない」と話した。

またDXには、デジタルを生かせる仕事のやり方が必要になると指摘。「デジタルは道具だが、道具のためにやり方を変えるのは本末転倒と考えるとDXは進まない。その壁を突破するためにトップのリーダーシップが必要」と強調。

DXへのチャレンジは、失敗を許容し、リカバーし、失敗を繰り返さない対策をすることで改革につながり、歓迎すべきものになる。「まずは前に進んで次の景色を見れば、新しい発見ができる。そうした文化醸成が大事だ」と訴えた。

ロート製薬
DX戦略デザイン本部
本部長/執行役員
板橋 祐一氏

1900年に撮影された馬車ばかりのニューヨークの風景は、13年後の同アングルの写真では自動車に置き換わっていた。「社内に、デジタルツールは21世紀の車のようなものだと訴えている」とロート製薬の板橋氏は語る。デジタルツールという車を乗りこなすには、使い方を覚え、特徴を理解し、どんなビジネスに使えるかを考えなければならない。

DXはAIなどを使うが、推進するのはあくまで人だ。そこで、経営層から社員向けまで多様な層に応じてDXリテラシーを学べるプログラムをSTANDARDの支援で用意。さらに「いち早く車の免許を取った学生が友人を助手席に乗せ、ドライブの楽しさを伝えるような存在」としてDX推進リーダーを各部門に配置した。

「デジタルは、生産設備ほどの大きなコストはかからない。後戻りしても深刻な痛みにならず、アジャイル型で進めることができる。まずやってみて、うまくいったら、みんなで喜び合うことを大切にし、取り組みを進めたい」と語った。

アイシン
取締役 執行役員
鈴木 研司氏

「DXはトランスフォーメーション(変革)が面白い。人生もトランスフォーメーションしながら生きていくものだから、楽しんだほうがいい」と、アイシンの鈴木氏は変革を前向きに捉える。アジャイルは手法にこだわって、早く進めることにフォーカスしがちだが、「価値あるものを、より早く市場に届けるため」という本質を考えるべきだと指摘した。

人材育成については、若いデジタルネイティブ世代に比べてデジタル知識が少ない中間層に対する教育を手厚くすべきだという考えを示す。中間層は事業の知識・経験が豊富なので勘が働く。「体験をしてもらってよいサイクルを回せれば、自信を持てる」として、誰でも学べるAIやDXの研修プログラムとともに、実際の生産設備でAI活用に挑戦しながら学んでもらう「トライライン」を生産ラインの一部に設けるといった工夫もしている。「人材はすぐには育たない。マネジメントは育成目線の長い目でDXに取り組むべきだと思う」と語った。

最後にモデレーターの櫛野氏は、リテラシー教育、失敗の機会を与えて次に生かす投資判断、オープンイノベーションの力で「DXの壁を突破していただきたい」と視聴者に呼びかけた。

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