稼働率の高い「スタジアム・アリーナ」の実現へ 利用者に選ばれ収益につながる施設を構築

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大規模なスポーツイベントの開催は、多くの来場者を迎え、地域の経済活性化にもつながる効果が期待される。ただしそこで課題になるのがスタジアムやアリーナなどの維持管理費の問題だ。大会終了後、稼働率が低く収益を上げられないため、「負の遺産」となってはもったいない。その課題を解決する手法として、最近注目されているのが、屋根、ピッチ、客席などが可動なスタジアムやアリーナだ。さまざまなスポーツイベントだけでなく、コンサート、展示会などの開催も可能になり稼働率が高まるという。

スポーツイベント終了後「負の遺産」にしないために

近年、日本で国際的かつ大規模なスポーツイベントが相次いで開催された。今後もさまざまなスポーツイベントの招致が行われる見込みだ。そこで課題となるのが、大会開催のために建設されたスタジアムやアリーナだ。というのも、大会終了後に稼働率が大幅に下がり、維持管理費だけがかかる「負の遺産」になるリスクも存在するからだ。

取締役 常務執行役員
髙柳 隆

横河システム建築 取締役 常務執行役員の髙柳隆氏は「国際的なスポーツイベントの場合、短期間のスケジュールで進めなければなりません。大会終了後の活用方法まで綿密に考慮する余裕はないでしょう。これは日本国内のみならず、世界各国の共通課題です」と指摘する。

課題解決には、スタジアムやアリーナの稼働率を向上させることが必要だ。さまざまな用途に対応できれば、収益の機会も増す。例えばコンサートイベントにおいて、降雨は悩みの種だ。イベントの開始が遅れたり、順延、中止になることもある。最近のスタジアムの中には、開閉式の屋根を備えたものもある。可動式の屋根を後付けで建設することも可能だ。

「開閉屋根は天候に左右されないことに加え、天然芝ピッチの養生などにも役立ちます。夏場の強い日差しから芝を守ったり、冬の低温や霜、雪などから保護したりすることができるからです」(髙柳氏)

一方で、開閉式の屋根を備えたスタジアムは運転費用がかさむといった指摘をされることがある。実際のところはどうなのだろうか。

「それは誤解です。開閉のための費用という点では、屋根1往復の電気料金は数千円から数万円程度で、決して高額ではありません。ただし、自動車やマンション同様に、開閉屋根にも定期的なメンテナンスが不可欠です。これを怠ると故障などにつながり、後々大きな出費が必要になってしまいます」と髙柳氏は説明する。

開閉屋根のメンテナンス
開閉屋根の駆動システムは点検やメンテナンスが欠かせない。摩耗や劣化した部品の交換、電子部品の寿命に合わせた機器更新を行うことで、突然の故障などを未然に防ぐことが非常に重要となる

実際、神戸市にある「ノエビアスタジアム神戸」では、定期的なメンテナンスを行うことで、機器の摩耗や劣化状態を的確に判断することができているという。電子部品の寿命に合わせて定期的な機器更新を行い、天候に応じた開閉のみならず天然芝ピッチの育成にも開閉屋根が頻繁に活用されている。その結果、竣工来18年間で約2200往復(年平均120往復)もの運転回数を記録している。「欧米で、スタジアムやアリーナに開閉屋根を後付けで建設する例が増えているのは、それにより『施設をいかに有効活用し収益性を高めるか』を重視し、スタジアムやアリーナをプロフィットセンターとして捉えているためです。一方国内では、公共施設としてのスタジアムやアリーナが多く、箱モノ行政におけるコストセンターとして捉えられてしまいがちで、維持管理費用への考え方が根本的に逆なのです」と髙柳氏は肩を落とす。

とはいえ、行政の施設であっても先進的な取り組みを行い、成功している事例もあるそうだ。

行政の施設でも開閉屋根を活用し収益向上に成功

山梨県富士河口湖町の野外音楽堂「河口湖ステラシアター」は、1995年に開館した。河口湖畔に位置し、バックステージに富士山の美しい眺望を望む。周囲の景観と調和した美しいデザイン、すり鉢状の客席空間も特徴的だが、音楽コンサートやイベントの招致は楽ではなかった。公演開催の可否が天候に左右されるからだ。

「解決策として2007年に、野外音楽堂のコンセプトを残しつつ、開閉屋根を設置しました。施工は当社が手がけました」と髙柳氏は紹介する。その結果、晴天時は屋根を開放すれば富士山と雄大な自然を望む野外音楽堂に、雨天時は屋根を閉じて屋内空間にと、あらゆる天候に対応可能な全天候型シアターへと生まれ変わったのだ。さまざまなイベント招致が可能となり、開催回数が増加するばかりか、空調管理にシビアな管弦楽も開催できるようになったという。年間7千人であった観客動員数は開閉屋根設置後、約8万人まで拡大した。21年は「企業版ふるさと納税」を軸に「富士山河口湖ピアノフェスティバル2021」が開催され、世界的に活躍するピアニストを招いた公演も行われ、活況を呈した。

「4日間に及び開催されたことで、来訪者や宿泊者が増えて、地域経済によい影響を残したと伺っています。現場で良質な音楽に触れる体験(トキ)が注目されたイベントに参加できたことをうれしく思っています。また、コロナ禍における観光都市で将来に向けた継続性(イミ)に期待しています」と髙柳氏は手応えを語る。

コロナ禍で高まる開閉屋根の価値
開閉屋根を開放することで数分で施設内の換気が可能。観客を入れるイベントでは徹底した感染症対策が求められる。「ウィズコロナ」「アフターコロナ」の時代において、開閉屋根の重要性は高まっている

富士河口湖町では今後も「音楽のまち富士河口湖」として、同シアターを中心に、音楽とともに感性を育む町づくりを行うという。稼働率の高い、「稼げる」スタジアムやアリーナを実現したことにより、町おこしにつながった好例といえよう。単年度や単発での実施ではなく、継続性や規模拡大が見込まれている点も注目に値する。

換気流体シミュレーション

またコロナ禍では、スタジアムやアリーナを利用したイベントの多くで開催が中止になったり、無観客となった。そのような状況でも河口湖ステラシアターでは、「換気流体シミュレーション(上図)からもおわかりのように、建物の周囲がつねに外気を取り入れられる構造かつ、可動屋根の開放により数分で空気の入れ替えも可能なことから、主催者側やお客様へも大きな安心感を実現しています」(髙柳氏)

民間資本による建設・運営への移行で差別化が重要に

「スタジアムやアリーナは今後ますます進化することが求められます。背景の1つが民間資本による施設の建設や運営への移行です」と髙柳氏は語る。国内ではこれまで、地方公共団体が公共施設として建設・運営することが多かったが、コンセッション方式などの民営化も進むと考えられている。また、資金力のあるプロスポーツチームが自前でスタジアムやアリーナを建設するようになるだろう。

興味深い動きもある。21年秋、欧州の有名サッカークラブが、多額の資金を投じてスタジアムを大改修するというニュースが流れた。注目すべきは、その機能だ。開閉屋根だけでなく、天然芝のピッチそのものや観客席が移動し、多様なスポーツ、イベントに対応できるようになっている。

「あらゆる設備を柔軟に移動させることができる近未来型のスタジアムです。非常に斬新ですが、今後はこのようなスタジアムが珍しくなくなるでしょう」(髙柳氏)

さらに、「当社もすでに昇降・格納式マルチフロアや可動スタンドを提案し、スタジアムやアリーナの多目的利用を推進しています」と紹介する。サッカーやラグビーの天然芝ピッチやバスケットボールやバレーボールなどの木床、クレーや人工芝のテニスコート、コンサート用のコンクリート土間など、用途によってフロアの品目や規模はまちまちだ。イベントに合わせて必要な床をスライド・昇降させて入れ替えることで、簡単に場面転換が可能となる。このシステムがあれば、施設の用途が大幅に広がり稼働率向上にもつながるという。

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スタジアム・アリーナの多目的利用を想定した昇降・格納式マルチフロアや可動スタンド。イベントの種類や規模に応じて、簡単な操作、短時間で場面転換が可能となり、施設の稼働率を大幅に向上させる

「このほか、現時点でも、日本のメーカーの技術力を集めれば、前述したサッカークラブのような先進的なスタジアムの建設・運営も可能です。その点では、日本発のスタジアム・アリーナの建設・運営技術が世界をリードする可能性もあります」と自信を見せる。

折しも、スポーツ庁が発表した「スタジアム・アリーナ改革指針」では、「コストセンターからプロフィットセンターへ」として、施設の収益性の向上、すなわち稼げる施設への転換が重要であると指摘している。稼働率と収益性を考慮した施設のあり方が問われ、追求されることになるだろう。

昨今は「モノ」や「コト」から、その瞬間にしか体験できない「トキ」の共有やその消費によりもたらされる「イミ」に価値が見いだされるようになってきている。そして今後のスタジアム・アリーナにもこれまでにない体験を享受できるUXデザインが求められ、その実現にはさまざまな可動装置を備えた施設が欠かせないものとなっていくだろう。

富士山河口湖ピアノフェスティバル2021のボランティアスタッフたち。その瞬間でしか得られない体験を共有する空間づくりが、施設の魅力をさらに高めていく

「当社はそのような時代に乗り遅れないだけでなく、むしろ牽引できるように、今後も可動建築のエキスパートとして技術研鑽に努めていきたいと考えています」と、髙柳氏は力を込める。これから日本各地にそのような施設が広がることに大いに期待したい。

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