世界の潮流は「半導体こそ産業の1番バッター」 半導体なくして真のデジタル社会は実現しない

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1980年代、日本の半導体産業は世界最強のポジションを占めていた。しかしそれから40年ほど経ち、今では「かつての勢いがなくなった」という意見もある。実際のところはどうなのか。半導体不足の実態と業界の潮流、日本の半導体産業が目指すべき成長戦略について 、東京大学大学院の黒田忠広教授に話を聞いた。

半導体市場は2030年に100兆円規模へ成長

――コロナ禍によるテレワークの普及などに伴い、半導体の需給が逼迫しています。この状況は続くのでしょうか。

東京大学大学院
工学系研究科教授
黒田 忠広
1982年から18年間、東芝で半導体集積回路を研究開発。2000年から20年間、慶應義塾大学とカリフォルニア大学バークレイ校で教壇に立った。現在は、東京大学システムデザイン研究センターd.labセンター長、先端システム技術研究組合RaaS理事長、国際会議VLSIシンポジウム委員長を務める。IEEEと電子情報通信学会のフェロー、慶應義塾大学名誉教授

黒田 コロナ禍以前から、インターネットとIoT(モノのインターネット)、AI(人工知能)などの出現に伴い、データ量が爆発的に増大し、高度なデータ分析による有益なサービスが増えました。

元来、半導体には供給網の複雑さと納品までの時間の長さに起因した需給バランスの変化(シリコンサイクル)がありました。

しかしコロナ禍で在宅勤務が急激に増えたことで、2、3年先に想定されていたような需要が前倒しで到来したため、半導体不足が起きたというのが実態です。ただしこれもシリコンサイクル同様、しばらくすると落ち着くと考えられます。

――半導体市場は今後さらに急成長するといわれています。どのような背景や根拠があるのでしょうか。

黒田 一言で言えば、私たちのさまざまな生活にデータが関わるようになったからです。スマートフォンやPC、ATM、家電。車、列車。さらにWi-Fiなどのインターネットや5G(第5世代移動通信システム)。

ありとあらゆるもので今後、使用されるデータ量が増えていきます。むろん、そのためには半導体が要るわけで、市場が急拡大することは間違いありません。半導体市場の規模は現在、50兆円とされていますが、今後年率8%の成長を遂げ、2030年までには100兆円を突破する勢いです

――世界の半導体市場が高度成長を続けたのに対して、日本の市場規模は低迷していました。日本の強みや弱みはどのあたりでしょうか。

黒田 日本の半導体産業の世界シェアは、1988年に50%を超えていましたが、現在は10%を切っています。 これが「凋落した」と言われるゆえん。

この四半世紀に世界は年率5%で成長を続けたのに対し、日本は成長できませんでした。以前の日本はDRAM(データの一時保存に使うメモリー)が強かったのですが、最近では資本力のある韓国勢などに敗れることが多くなってきました。

また、日本企業は素材や製造装置などの川上産業は強く、デバイスや設計などの川中産業、コンピューターや通信などの川下産業が弱いという特徴があります。

――かつて半導体は「産業のコメ」とも呼ばれました。半導体産業は日本の国益という観点でも重要な位置を占めると思われます。

黒田 そのとおりです。米国や中国は国を挙げて半導体産業を伸ばそうとしていますが、日本はまだ企業任せといったところです。いくら政府が5G政策を掲げても、半導体がなければ実現しません。

もっと言うと、半導体なくして真のデジタル化社会の実現も不可能といえます。野球の打順で例えるならば、1番バッターが半導体。最近では、世界の巨大プラットフォーム企業が自ら半導体を設計するほどになっています。日本が指をくわえて見ていると、世界の潮流に取り残されてしまうでしょう。

※経済産業省「半導体戦略」(2021年6月)より
 

グリーディーな成長戦略から、グリーンな成長戦略へ

――市場は有望だということですが、競争も激化しています。今後、半導体産業でどのような潮流が起きると考えられますか。

黒田 キーワードとして挙げられるのは「専用チップの時代の到来」。従来の半導体ビジネスの王道は、安価な汎用チップを大量生産することでした。

しかし規格化したチップだけでは複雑な社会問題を解決できるサービスや機器をつくるのが難しくなったため、プラットフォーム企業などのチップユーザーが開発する専用チップに主戦場が移ろうとしています。

ただし専用チップの開発には多大な費用や時間がかかるため、素早く設計するにはコンピューターを用いた自動設計技術が重要です。

――専用チップ化などの分野で日本企業が強みを発揮するには、どのような戦略が必要でしょうか。

黒田 脱炭素の規制が重くのしかかる中では、エネルギー消費を積極的に削減しなければなりません。社会は資本集約型の工業化社会から知的集約型の知価社会へと進化します。

それに伴い、トランジスタを大規模集約した安価なチップから、大量のデータを効率よく処理できる能力とそれを生かしたサービスに価値が移ります。この価値転換を脱炭素の規制の中で実現しなければならない。

言い換えれば、これまでのグリーディー(Greedy=貪欲)な成長戦略から、グリーン(Green)な成長戦略への転換が必要なのです。

専用チップをアジャイル(短期間で検証や改善を繰り返す開発手法)に開発できるプラットフォームの構築、そして国内に根を下ろして群生する産業エコシステムの保全などが可能になれば、日本企業が強みを発揮できるでしょう。そうなれば大企業でなくても、さまざまな企業が自前のチップを手にすることができる「半導体の民主化」も実現します。

ただ、これらを実現するためには、半導体産業に優れた人材を集めることが不可欠。あまり知られていませんが、海外のプラットフォーム企業ではかなり高給で半導体エンジニアを雇い、世界中から人を集めているところもあります。人材を育成し、待遇を見直したうえで人材流動性を高めることは、日本にとって非常に大切です。

――最後に、半導体業界が今後目指すべき方向性についてお聞かせください。

黒田 業界については、競争の舞台の第2幕を予見して先行投資をすることが重要でしょう。成長戦略には投資をするという考え方で、剣道で言う「先々(せんせん)の先(せん)を打つ」です。あとは優れた人材が半導体産業に集まることで、日本はもっと強くなれます。

また、日本企業はハードウェアとソフトウェアのすり合わせが得意ですが、従来のハードウェア開発のような「世の中に出した時が完成形」というのでは、デジタル社会で戦っていけません。勝っている会社のやり方というと、先述のアジャイル形式です。

素早く世に出して改良を繰り返すというやり方で、世の中のニーズをいち早くつかんでいく。このような方針で挑戦を続けていけば、日本シェアの反転を実現できる日も遠くはないと信じています。