ICTは「共感」を加速させるのか

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スポーツをする人、そしてそれを応援する人。そこには人と人の共感があり、連帯がある。ICT(Information and Communication Technology)を活用することでその共感をさらに加速させ、拡散させることはできないか。そんな熱い思いから生まれたスポーツとICTのコラボレーションが実現した。仕掛けたのはNTT西日本グループ。そのコラボレーションから、ニューノーマル時代のICTの新たな可能性が見えてきた。 

振動を遠隔地に伝えるテクノロジー

2021年11月6日、東京・六本木ヒルズの特設会場で行われた第74回全日本フェンシング選手権大会決勝は、2年ぶりに有観客で開催された。コロナ禍ということで声を出しての応援はできなかったが、サーベルが触れ合う金属的な音や選手が鋭く足を踏み込んだときの重い音、そして気合のこもった選手の声が静寂を破るように届くたびに、観客は徐々にヒートアップしていった。

同じ頃、東京からおよそ100キロ離れた静岡県沼津市のフェンシング施設「F3 BASE」では、2人の子どもたちが相対峙していた。六本木で行われている男子サーブル決勝の映像が映し出されたディスプレーを見ながら、子どもたちは選手をまねるように体を動かす。表情は真剣そのものだ。このとき六本木会場ではサーベルがぶつかったときの衝撃や選手が足を踏み込んだときの振動を通信技術によって沼津会場に送信し、子どもたちの体に伝達していた。子どもたちは映像で選手たちの戦いを見ながら、選手たちが体感しているのとほぼ同じ振動も感じていたことになる。

そうすることで通常の観戦以上に試合に没入し、選手と一体となっていたことは、試合後、勝ったほうの選手になりきっていた子どもが上気した顔で喜びを語り、負けた選手になりきっていた子どもが本気で悔しがっていたことからも明らかであった。「なりきり体感観戦」とネーミングされたこの取り組みは、日本フェンシング協会とNTT西日本グループがコラボレーションして実現したものである。

大会の運営責任を担った協会理事の皆川賢太郎氏がこう語る。

新しいスポーツの価値を一緒につくり出したい
皆川 賢太郎氏

「大会の開催を決めたときは新型コロナウイルスの感染が爆発的に拡大していたときで、私たちはスポーツを通じて何ができるのか真剣に考えました。そしてフェンシングという競技への共感を加速させるため、過去にとらわれない独創的なアイデアを創出するという協会の理念にマッチした新しい取り組みにチャレンジすることにしたのです。感染のリスクを軽減するため史上初めて屋外での開催にしたのもそうですし、ICTを駆使した『なりきり体感観戦』も前例がなかったものです。この大会が成功したことで私は、スポーツ観戦の形が変わっていく時代に入ったことを改めて実感しました」

ウェルビーイングでつながる心

この大会ではもう1つ、「ウェルビーイングで出会う"推しアスリート"」という試みも実施された。女子サーブルの決勝に進出した江村美咲選手、髙嶋理紗選手に対し、どういうときに幸せを感じるかといった質問をしておき、心の状態に合ったウェルビーイングカードを選んでもらい、選んだカードにまつわるエピソードも交えて試合前に観客に紹介するというものだ。

ウェルビーイングを可視化することで共感が増す
渡邊 淳司氏

「アスリートも一人の人間であり、競技も含めて自らの人生や生活を見つめ直すことはとても大事なことです。この取り組みの1つの目的は、アスリートがどういうときに幸せを感じるかというウェルビーイングを可視化することです。そうすることで試合を見ている人は、選手がどういう人なのかを立体的に捉えることができ、選手の内面、ウェルビーイングに共感することで応援しようという気持ちがより一層、強くなります」

この方法を開発したNTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司氏がそう解説する。渡邊氏は触覚の研究が専門で、「なりきり体感観戦」の仕組みを開発したのもこの人だ。

「共感には、情動的共感と認知的共感があります。『なりきり体感観戦』は、体がその人と同期するような、自然とその人に心を重ねる情動的共感をベースにしており、一方、『推しアスリート』は、頭でその人の考え方などを理解して、心を重ねる認知的共感を加速させるものです。この2つを通して見えてきたことは、スポーツにおける共感の重要性です」

NTT西日本グループは、あらゆる人々にとって幸せで豊かな未来の姿を追求しつづけている。一人ひとりがウェルビーイングを感じながら、自分らしい人生を実現し、ウェルビーイングが家族や友人、企業、地域コミュニティに連鎖し、社会全体がウェルビーイングに包まれる。そのような"ウェルビーイング連鎖社会"の実現をめざしているのだ。だからこそこの大会でも、スポーツにおけるウェルビーイングを模索するために、こうした試みにトライしたのだった。

会場では選手の「ウェルビーイングを感じる要因」が紹介された。
選手を立体的に捉えることで、観戦にも熱が入る。

共感が結び付けたコラボレーション

日本フェンシング協会は2020年の全日本フェンシング選手権でも、NTT西日本グループのICTを活用して、選手と家族が画面を通してハイタッチするなどのユニークな試みに取り組んだ実績がある。この両者を結び付けたのは、双方が持つチャレンジ精神への共感だ。

日本フェンシング協会は、フェンシングを少しでも多くの人に知ってもらおうと積極的な改革を推進してきた。試合を見に来た人に感動体験を提供することを目的に、全日本フェンシング選手権をショーアップするなど次々と意欲的な取り組みを行い、スポーツ界の革新的なロールモデルとして脚光を浴びることとなった。一方、NTT西日本は、さまざまな社会課題をICTの力で解決していく「ソーシャルICTパイオニア」として、地域創生、スマートエネルギー、社会インフラなど多様な分野でICTによるイノベーションを推進してきた。フィールドは異なるが、ニューノーマルの時代に対応して改革・挑戦へのアクションを強化し続けるこの両者が巡り合うのは、ある意味必然だったのかもしれない。

日本フェンシング協会の米田惠美常務理事は今回の大会を振り返り、NTT西日本とのコラボレーションとICTの活用について次のように話した。

スポーツは共感ビジネスそのものです
米田 惠美氏

「協会がこれまで実行してきた施策をさらに持続可能なものにしていくためには、社会や多様な人々との"関わりしろ"をもっとつくっていく必要があります。ICTはそのためのツールとして非常に有用です。今回の取り組みで、ICTはリアルを超える体験価値を生み出せる可能性があると気づきました。スポーツは共感ビジネスそのものです。これからもNTT西日本さんとのコラボレーションには大いに期待していますし、NTT西日本さんのICTやテクノロジーを活用して、新しいことにどんどんチャレンジしていきたいと考えています」

スポーツとICTの新たなシナジー

これまで日本企業のウェルビーイングに対する取り組みは、欧米の先進企業と比較するとやや出遅れていた感がある。そうした中ではあるが、ソーシャルICTパイオニアを標榜するNTT西日本グループは、ウェルビーイングと向き合い、ウェルビーイング連鎖社会の実現をめざして取り組みはじめた。むろんそこでもICTの活用が前提になる。社会全体がウェルビーイングでつながるという新たな価値の創出のために、ICTの力で社会に貢献することをめざしているのだ。

日本フェンシング協会とコラボレーションして実現した今回の取り組みは、フェンシングというスポーツの価値を高めるための挑戦であった。しかし、ウェルビーイングもICTも、スポーツという限られた世界にとどまるものではない。ウェルビーイングを用いる手法は、企業の人事施策や人材育成にも取り入れられ始めている。ICTはすでに日々の生活にもビジネスにも、カルチャーやレジャーなどにも不可欠なものとなっている。

これまでも、そしてこれからも、ソーシャルICTパイオニアとしてNTT西日本グループは、ICTの力で今を支え、未来の扉を開いていくだろう。 

なりきり体感観戦
触覚でコミュニケーションする

六本木の会場で戦っている選手たちの体の動きを沼津の子どもたちに振動として伝えるにはどういう仕組みが必要になるか。実はこれ、振動そのものを伝送しているわけではない。試合で激しく動く選手からは、さまざまな音が出る。サーベルの剣先が相手のサーベルと接触する音、サーベルで相手を突こうとするとき強く床を踏み込む音。それらの音をマイクで拾い、音声信号に変換して通信インフラで沼津の会場に伝送する。沼津の会場では信号を受信し、その波形で振動を伝えるデバイスを震わせるのである。音声も振動も「波」であり、音声波形から作られた振動も、 選手の動きを強く反映している。

もちろん沼津にいる子どもたちがその振動を体感するには提示用のデバイスが必要だ。そのため子どもたちは手に剣型のデバイスを持っていた。また、子どもたちがその上に立つ台にも振動を伝えるデバイスがセットされていた。したがって子どもたちは手と足元の両方から振動を感じていたことになる。実にリアルで迫力のある振動だったに違いない。

言うまでもなく、振動を体感するのは触覚である。そして触覚は、渡邊氏によればすべての人が持っている。視覚や聴覚を閉ざされていても、ものや体に触れることで自分の意思を伝えたり相手のことを知ったりすることができる。つまり触覚も一つのコミュニケーションメディアになるということだ。

人と人が直接触れ合うことが難しいコロナ禍で、遠隔地にいる者同士でもICTを活用すれば疑似的に触れ合うことができるとすれば、これはまさにニューノーマル時代の新しいコミュニケーションスタイルといえるだろう。

8K撮影&パノラマ超エンジン
スポーツ中継に先進的な技術が登場

例えばテレビでサッカーの試合を見ていて、もどかしく思ったことはないだろうか。画面に映るのはどうしてもボールに触れている選手に集中しがちだが、自分は全体のフォーメーションの動きを見たいとか、ディフェンダーの選手に注目したいとか……。そんな「見たい」にこたえてくれる先進的なテクノロジーがある。8K撮影&パノラマ超エンジンの技術だ。8Kカメラにより、フルHDの16倍という高画質で撮影し、遠くから撮影した被写体もズームにより細部まで見ることができ、視聴者の見ている領域は高画質に、その他の領域は画質を落として配信するこの技術を用いると、データ通信量を抑えながら8Kの高画質配信を実現できる。

2021年の全日本フェンシング選手権では、NTT西日本グループのNTTスマートコネクトがこのテクノロジーを使って予選大会の試合を録画配信して、大きな反響を呼んだ。予選の場合、同じ会場で同時に複数の試合が進行するが、この配信では自分の見たい試合だけをズームアップして見ることができたし、さらに応援する選手だけをズームアップして素早い動きを鮮明な画像で見ることもできたからだ。

もちろんこのテクノロジー、スポーツ中継に限らず、演劇やライブの中継、あるいは教育分野(例えば動く図鑑のようなもの)などでも応用可能。NTTスマートコネクトによれば将来は録画ではなく生配信も可能になる見込みというから、何とも楽しみである。

※写真はイメージです
※「パノラマ超エンジン」の映像視聴には専用アプリが必要です
※「パノラマ超エンジン」はNTTテクノクロス株式会社の登録商標です
 

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