地熱が育む「北海道森町・岩手県八幡平市」の魅力 地球の恵みで地域をもっと元気に
北海道・森町
地熱資源エリアとして注目の北海道森町が進める農業利用と地域活性化
高まる再エネの重要性。存在感を増す地熱資源
日本を含め、世界各国が「カーボンニュートラル」を目標に掲げ、水力、太陽光、風力、バイオマス、地熱など、発電時や熱利用時に二酸化炭素をほとんど排出しない再生可能エネルギー(以下、再エネ)の重要性が高まっている。
このうち日本で注目を集めているのが、火山国であるわが国が世界第3位という資源量を誇る地熱だ。再エネの中で、地熱エネルギーは24時間365日安定して利用でき、天候に左右されないという優位性があり、発電事業に加え、温泉などの観光業や熱水を利用した農林水産業の振興にも活用されている。国のエネルギー基本計画でも、現在の約61万キロワット(2021年12月現在)の地熱発電設備容量を、30年までに約150万キロワットとする目標が示されるなど期待も高い。
地熱の利用促進に関しては、地下の状態が地上から見えず、開発に経済的リスクが伴うことから、JOGMECによる支援事業も展開されている。具体的には、ヘリコプターなどを使って広域を調査するポテンシャル調査や、その調査データの民間企業への提供。さらに、事業化を検討する企業が調査を行う際の助成や、掘削や噴気試験などの探査費用についての出資があり、実際に開発を進めるときには、企業が金融機関から融資を受ける際の債務保証をするなどきめ細かい支援活動を行っている。
そうした中、JOGMECは「地熱資源の活用による地域の産業振興に関するモデル地区(以下、地熱モデル地区)」として19年に3自治体を認定した。昨年の秋田県湯沢市に続き、今回は北海道森町と岩手県八幡平市から、注目すべき地熱資源の活用事例を紹介する。
熱水の一部が提供され地域のハウス栽培に貢献
北海道道南の
地熱資源開発エリアとして注目度が高まる北海道にあって、森町北西の
森町では噴出する蒸気と熱水のうち、発電に利用しない熱水の一部が北海道電力から地域に提供され、熱交換器で温めた温水が施設園芸ハウスに供給されている。その温水をハウスの地表に張り巡らせたチューブに流し加温することで、厳冬期においてもトマトやキュウリの栽培が可能となり、大きな経済効果を生むこととなった。
年2回の収穫が可能となり町の農産物販売高で第1位に
森・澄川第1地区ハウス利用組合長の伊藤繁樹さんも、トマトのハウス栽培に温水を利用している1人だ。森発電所ができたことをきっかけに、父親の代から施設野菜栽培に温水を利用するようになった。
「それまでは、冬は出稼ぎに出る人も少なくありませんでしたが、1年を通して施設野菜が作れるようになり、収入的にも安定しました」ということで、後継者の確保にも寄与したと話す。以前は水稲と施設野菜の両方を栽培していたが、8年ほど前に施設野菜だけに絞った。
ハウス内の温度は、外気がマイナス15度から20度になる厳冬期でも10度前後に保たれ、年2回のトマトの収穫が可能だ。12月に定植して3月中旬から6月上旬まで出荷できる春トマトと、7月上旬に定植して9月から11月いっぱいまで出荷できる夏秋トマトの2回取りを行っており、「熱水のおかげで、ほかのトマト産地と出荷時季をずらすことができるのは強みです。また、北海道は寒暖差が大きいので糖度が増し、とくに春トマトは引き合いが多く、自分でも森町のトマトはおいしいと思います」と笑みがこぼれる。
出荷先は、春トマトは北海道内がメインで、夏秋トマトは札幌、函館などの道内に加え、関東から関西まで出荷している。中でも寒い時期に出荷されるトマトは高値で取引されるため採算がよく、森町の農産物の販売高ではトマトが第1位となっている。
今後に向けては、「年間を通して栽培できるようになりましたが、ほかの産地のトマトに負けないためには、やはり味で勝負するしかありません。冬だけでなく夏場の灌水や温度管理にもしっかりと気を配り、これからもおいしいトマトを作っていきます」という答えが返ってきた。
ご当地グルメを通し町の魅力をアピール
新しいご当地グルメ誕生にも地熱資源が寄与している。それが、森町ならではのハヤシライスならぬ「森らいす」だ。
誕生したのは2013年。地域産業の発展に貢献しようと、農業や水産業を営む町の女性が中心となって地元の食材を使った特産料理を考案しようとしたのが始まり。選ばれた食材は、森町の農業・漁業・畜産業で生産高が多いトマト、ホタテ、豚肉である。
「さらに15年からは、町内の飲食店が『森らいす』を提供するようになりました」。そう紹介するのは、森らいす普及協議会会長の武蔵和正さんだ。「森らいす」には定義があり、「森町オリジナルのハヤシライスとする」「森町産のトマト、ホタテ、豚肉を用いる」「ワンプレートにルーとライスを盛り付ける」「ルーにトマトを用いる」「ライスを駒ヶ岳の形にする」の5つ。「これを基本に、現在7店舗が独自のメニューを提供しています」。
年間を通してトマトが使えるのも、熱水を利用したハウス栽培が行われているからで、「森町産のトマトのおいしさを『森らいす』を通じて発信していくことで、ハウス生産物の付加価値をさらに高めていければ」と話す。
旅行者などからは「札幌や東京でも出したらいいのに」といった声もあるが、「森町に来なければ食べられないというのも、大きな付加価値です」と言う武蔵さん。「食材の宝庫であり、北海道における地熱発電発祥の地である森町の魅力が詰まった逸品として、道内を代表するご当地グルメに育てていきたい」と思いを込める。
なお、JOGMECの地熱モデル地区プロジェクトとして、森町の地熱利用の取り組みや町の魅力を伝える地熱広報映像「森町みりょく発見!」も制作・公開されている。
岩手県・八幡平市
地域振興への思いと地熱資源が融合。発電所と共存共栄を続ける八幡平市
日本初の商用地熱発電が地域発展の出発点に
岩手県北西部にある八幡平市は、西は秋田県、北は青森県に接し、北東北3県のほぼ中央に位置している。市の南端には岩手山がそびえ、西には十和田八幡平国立公園をはじめとする奥羽山脈が連なる。市域には東北自動車道や八戸自動車道、JR花輪線が通り、交通の要所となっている。
地熱資源が豊富なこの地では、1966年に日本初の商用地熱発電所である松川地熱発電所が運転を開始。設備容量は2万3500キロワットで、半世紀以上経た今も稼働を続けている。71年には、発電所の蒸気による温水供給を受けた地元のホテル、八幡平ハイツが成功を収めたことからホテルや別荘が相次いで建設された。これが、地域発展の基礎となる八幡平温泉郷の形成につながった。現在は、八幡平温泉郷の約800軒のホテル、旅館、別荘、病院、介護施設などに給湯されている。
さらに2019年1月には、設備容量7499キロワットの松尾八幡平地熱発電所が運転を開始。これは、発電端が7000キロワット超の地熱発電所の新規稼働としては国内では22年ぶりであり、JOGMECの助成金制度、出資制度および債務保証制度をフル活用した国内初の案件となった。19年8月には安比地熱発電所も着工し、24年4月の運転開始を目指して建設が進められている。
また、JOGMECの地熱モデル地区プロジェクトとして、地熱と共生する地域の暮らし・文化・産業を次世代へ継承していくため、資料・文献・映像などを取りまとめた「地熱データブック」を制作。市内の小中学生や高校生の教育、市民の学習、観光客など来訪者向けの資料として広く活用される予定だ。
大地の恵みが生んだ世界に1つの「地熱染め」
地熱を使った特産品も生まれている。松川温泉の地熱蒸気を利用した、世界でも類を見ない技法の「地熱染め」だ。
地熱蒸気を染色に利用する試みは、合併前の旧松尾村の頃から行われたが、既存の染色技法では商品化までたどり着けなかった。それが1981年、染色作家の高橋陽子さんが岩手県工業技術センター特産工業部とともに、地熱染色の基本的な技法を確立。その後、地熱染色研究所を設立し染色技法を進化させてきた。「八幡平の『地熱染め』の大きな特徴は、高温の地熱蒸気で染料を定着させるだけでなく、蒸気に含まれる硫化水素が一部の染料を脱色する作用を利用していることです」。そう紹介するのは、高橋陽子さんの長男で染色作家の高橋一行さんだ。
この定着と脱色という真逆の作用が同時に起こることを利用し、そこに独自の絞り染めの技法と染料調合を融合させ、鮮やかで奥行きのあるグラデーションが生み出されている。「このように地熱蒸気を直接布に当てる染色法はほかに例がないと思います。また、地熱蒸気の温度や成分は地域ごとに異なりますから、八幡平の『地熱染め』は世界でもこの地でしかできない染色技法ということになります」。
高橋陽子さんと一行さんは、この「オンリーワンの技法」を用い、八幡平の大自然やリンドウをはじめとした草花、秋の紅葉など、四季折々の変化を布に表現。そのやさしい色合いのファッションアイテムやバッグなどの小物を求めて、多くの観光客が訪れる。
また、工房である「
今後に向けては、「素材や作品の幅をもっと広げ、『地熱染め』をフランスやイタリアなどの、欧州でも知られる染め物にしていきたい」と、世界を視野に入れている。
地熱とIoTを活用し農業再生や雇用創出に貢献
地熱を活用し、農業分野でも新たな取り組みが進展している。
東京でIoT技術を使い社会インフラのクラウド制御システム開発などを行っていた、MOVIMAS(モビマス)の
きっかけは当時の市長である田村正彦氏との出会い。松川地熱発電所から供給される熱水を利用した地域の農業用ハウスが、高齢化などで未活用となり放棄されている現状を訴えられたことだった。「前市長からは、最先端のIT技術を活用し、熱水ハウスでの農業を再生できないかというお話をいただきました。その熱意とスマート農業の可能性に引かれ、2017年6月に再生計画を提案させていただきました」。
栽培作物には岩手県で出荷実績のないバジルを提案し、市も意欲的なこの計画を受け入れ8月には両者が包括連携協定を締結。官民連携の取り組みがスタートしたのである。兒玉社長は、市の支援も受けながら
この熱水ハウスは、縦型の水耕栽培装置の両面を使うことで、地面での栽培に比べ圧倒的な収穫量を実現。ハウス内の温度も熱水を通す管を空中に配すことで、真冬でも輻射熱の効果でバジル栽培の適温を保てるようにした。「温度、湿度、養液のコントロールもすべてIoT技術で管理され、換気扇や循環扇による空調制御も全自動です。そのデータはAIにより蓄積活用され、誰にでもこのスマート農業ができるように生かされています」。
19年1月には八幡平スマートファームを立ち上げ、兒玉社長が代表取締役に就任。こうして生まれたバジルは品質もよく、首都圏に出荷されるとともにコンビニエンスストアのプライベートブランド商品にも採用され、注文に追いつかない状態だという。現在、熱水ハウスは12棟になっている。
兒玉社長は今後に向け「この取り組みにより、技術革新が生まれ、新たな魅力ある職種が生まれ、雇用が創出されて県外から移住してスマート農業をやりたいという若者も増え、ハウス農業の再生が実現されつつあります。これがモデルケースとなり、ほかの地域でも地熱資源がより活用されるきっかけになれば」と熱く語る。
地熱が町のポテンシャルを高め産業振興を進める森町と八幡平市
森町
町民の情熱が活気を生み、さらなる魅力向上へ
森町の岡嶋康輔町長は、合併後の第4代町長として2020年10月に就任した。駒ヶ岳をはじめとする観光資源や内浦湾の豊かな水産資源、町の面積の約8割を占める森林の資源に加え、地熱エネルギーが重要な地域資源だという岡嶋町長。
「森町では、現在のように再生可能エネルギーが注目される以前の1982年から森発電所が運転を開始し、その熱水を利用した農家の皆さんが、ハウス栽培を町の重要な産業に育ててきました。中でもトマトの販路を西日本まで拡大するなどしっかり収益化できていることが、地熱モデル地区として選ばれる評価につながったと思います」と話す。
「いかめし」に加え、新たに「森らいす」がご当地グルメになってきたことについても、「地域の資源を生かし、町民の方が情熱を注いで町の魅力向上に取り組んでいる姿は、『町民主役のまちづくり』を目指す私にとっても誇らしいこと。これからも全力でサポートしていきたい」と話す。
さらに、「まちづくりはひとづくり」を掲げ、森町が地熱モデル地区として評価を受けたことで興味を持った人に向け「私たちは新しい力を求めており、一緒に町の未来をつくり上げることに支援を惜しみません」と、次代を担う人材の育成にも積極的だ。そして、「地熱エネルギーの活用は、新たな価値を創造するための多くの可能性を持っており、森町を挑戦者あふれる町にしたい」と力を込める。
八幡平市
地熱資源への理解を深め、多彩な利活用も進展
2021年10月に八幡平市長に就任した佐々木孝弘市長は、公約の1つに地域電力会社の設立を掲げ、地熱発電の電力を市民が利用できるようにしていきたいと話す。
「市民の皆さんからも多くの賛同の声をいただきましたし、実現すれば市内の経済循環が図れます。また、震災などの発生時にも、自分たちの電気が使えるということも目指せます」
05年の合併時に「
またその一方で、子どもたちを中心とした市民に地熱発電について学んでもらうため、経済産業省の補助を受け「地熱理解促進事業」を3年間実施。佐々木市長は「こうした地熱に対する地元の理解度の向上や、地熱染めによる魅力の発信、ITを活用したスマート農業の推進などが、地熱モデル地区に認定された理由ではないかと考えています」と話す。
そうした中にあって、19年に運転を開始した松尾八幡平地熱発電所は、かつての松川地熱発電所のような地域への貢献は模索中だが、「自分たちが暮らす地域に地熱発電所があることは、市民がその電力を利用できる将来性も含め、やはり誇るべきことだと思っています」とその存在意義を強調。「多様なポテンシャルを持つ八幡平市に、ぜひ一度足を運んでいただければ」と魅力発信による今後の活性化を見据える。