「軽度不調」を食で解決、農水省が目指す健康長寿 産学官連携組織『「知」の集積と活用の場』

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農林水産省では日本の農林水産、食品関連産業の成長産業化を目指すため、『「知」の集積と活用の場』産学官連携協議会を創設し、オープンイノベーションによる研究開発や商品化・事業化の推進に取り組んでいる。全体像は、産学官連携協議会をベースにして、会員が共同体を形成し事業化に向けた研究戦略を策定、実行する「研究開発プラットフォーム」、プラットフォームの戦略に基づき革新的な研究開発を実施する「研究コンソーシアム」の三層構造からなる。実際に「研究開発プラットフォーム」はどのような活動を行っているのだろうか。

健康長寿への寄与を目指す食品を「ビジネス」へ

「血圧を低下させる作用のあるコリンエステルはナスに多く含まれており、その含有量はほかの野菜に比べ1000倍以上も多い」

信州大学の中村浩蔵准教授が発見したこの研究成果をシーズとして、『「知」の集積と活用の場』産学官連携協議会で設立された「健康長寿社会の実現に向けたセルフ・フードプランニングプラットフォーム」がビジネス化への支援を行った。

詳しく見ていこう。

セルフ・フードプランニングプラットフォームは、現在、国研・大学・自治体・企業まで産学官の約110機関が参画し、これまで5件の「研究コンソーシアム」が形成されている。

このうち、信州大学をはじめ、7つの機関が参加する「ナス高機能化コンソーシアム」では、コリンエステルが多く含まれる品種の選定や育成方法など、ナスを原料とした機能性表示食品開発のための技術体系を確立した。その後の研究で、コリンエステルには交感神経の活動を抑制し、気分改善や睡眠改善作用などさまざまなリラックス効果があることを明らかにしている。

さらに、この研究成果を生かすべく、信州大学発のベンチャー企業ウェルナスはナス由来のコリンエステル配合サプリメント「wellnas」を2017年に商品化し、ビジネス展開につなげた。

島津製作所
産学官・プロジェクト推進室
特任部長
堅田 一哉

「このプラットフォームは、『「知」の集積と活用の場』が創設されたときに、農研機構を中心に、機能性関与成分を多く含む機能性農産物に興味のある方に声をかけて2016年に設立されました。『今日は体の調子がいま一つ』という『軽度不調状態』から健康な状態に可逆的に戻れることが期待される農産物とそれを実現する技術やシステムの開発のほか、健康長寿を実現する食生活プロトコールの提案など、健康・食・ライフスタイルイノベーションの創出を目的としています」

プラットフォーム事務局を務める島津製作所産学官・プロジェクト推進室の堅田一哉特任部長はそう説明する。島津製作所は農産物や食品中に含有する機能性成分などの成分情報を分析する計測機器のメーカーだ。計測機器メーカーが事務局を務めることで、プラットフォームにおいて競合関係の食品企業がプレゼンスを発揮しやすくなっており島津製作所にとってもプロフィットがあるという。

高齢化が進むわが国では、生命が尽きる寿命と健康寿命の差が開き、大きな社会課題となっている。人々が人生の最期まで生き生きと過ごすために、さまざまな科学的エビデンスから軽度不調を改善することが期待される機能性食品の開発に結び付け、健康寿命の延伸やよりよいライフスタイルの創出に貢献する――。プラットフォームが掲げるそうした社会課題解決ビジョンへの賛同が、参画するための条件になっている。

サロンでは、さまざまな業種業態の企業や組織が集まり、競合という枠を超えて意見交換をする

セルフ・フードプランニングプラットフォームは会員間の交流を図るため、新型コロナ禍の前は年に3~4回程度、全国各地を回りながらサロンを開催。21年はオンライン開催となり、6月、8月、10月の3回開催している。

プラットフォームの事務局には専従の職員はおらず、活動はバーチャルに近い形態で運営が行われている。多様な参加者が集い、中には競合関係にある企業の社員も参加することもある。プラットフォームの運営やファシリテーションを担当するプロデューサー、フィールド・フローの渋谷健代表取締役は運営方針を次のように説明する。

フィールド・フロー
代表取締役
渋谷 健

「プラットフォームやコンソーシアムでは、結果を出そうとすればするほど、誰がどのような研究を手がけているかといった、非常にセンシティブな情報を扱います。そうなると会社対会社の肩書での付き合いでは、すぐ限界が来てしまいます。そこで最初は農研機構の山本(前田)万里先生の人脈を中心に、信頼関係がある人たちだけでコアチームを作りました。そのうえでサロンは少し緩くし『信頼できる人なら呼んでよい』ことにして、主に会員が研究やプロジェクトを一緒にやっている人に来てもらい、地道に信頼関係の輪をつないでいきました」

機能性食品開発に対する理念やビジョンの共有と、信頼関係を構築した人たちで集まっているのが、セルフ・フードプランニングプラットフォームの特徴であり、継続的に活動するうえでの重要なポイントであるという。

※「wellnas」は機能性表示食品ではないが、新製品の機能性表示食品「ウェルナスサプリ」が2020年7月20日に消費者庁に届出受理された

研究から事業開発、販売まで

セルフ・フードプランニングプラットフォームでは、機能性食品の開発やシステム開発といったプロジェクトが立ち上がり、研究コンソーシアムが形成されるとプラットフォームはそれに対し支援を行う。例えば、研究に必要な情報の提供や研究者、生産者、実需者とのマッチングなどだ。ただし、研究開発の中身には立ち入らず、「こうした研究をしてください」といった指示も行わない。あくまで研究コンソーシアムの運営は、それぞれの責任で主体的に行う形だ。研究コンソーシアムの形成に当たっては、プラットフォームの理念やビジョンに合致しているか否かで判断され、承認されないケースも少なくはない。

さらに、創出された研究成果を商品化・事業化し、世の中に送り出しやすくするための取り組みにも力を入れている。

「日本の知財マネジメント全体の問題でもありますが、せっかく研究成果が出てもなかなか商品化されない、商品化されても売り方がまずくて世の中に広まらないという課題があります。そこで当プラットフォームでは給食事業者やコンビニエンスストアなど、開発した商品の販路となるようなところにも協力してもらい、『機能性食品は事業化できる』と啓蒙活動を行いながら、研究成果が出たときにちゃんと商品化して世に送り出せるような道筋づくりに取り組んでいます」(渋谷氏)

例えば、宮崎県総合農業試験場や長崎県農林技術開発センターなど9機関が参画する「農産物の機能性表示食品商品化支援コンソーシアム」が農林水産省の研究開発事業を活用して、目の健康維持に寄与するとされるルテインを豊富に含む冷凍ホウレンソウと、血流機能改善などの機能があるヘスペリジンを含むミカン混合発酵茶が機能性表示食品として商品化された。

「プラットフォームは研究開発資金の獲得にとどまらず、研究成果の社会実装、商品化・事業化をターゲットに運営しています。研究自体は各研究室でやったほうがはかどるのですが、社会実装の段階になると1つの研究室だけでは限界が来ます。その点、プラットフォームに参画しているとさまざまなネットワークがあるので限界を突破しやすくなり、会員の方からは喜ばれることが多いです。また、機能性食品として商品化され、ブランドになると価格が上がったり販売量が増加したりするので、生産者の方にも喜ばれています」(渋谷氏)

今後の課題としては、研究開発のトライを継続しつつ、研究成果の事業化を望む人たちを増やして各地域の農業を活性化させること。機能性食品について消費者を啓蒙し、軽度不調は食で改善できると認知を広げ、購買行動に結び付けること。そしてさまざまな機能性食品を開発、商品化して人々の選択肢のオプションを広げ、ライフスタイルをよりよくするために、流通側の強化に力を入れること。目指す目標は高いが、それでも着実に前進している。

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