経営者が知っておくべきコンプライアンスリスク 企業統治における調達・購買管理の重要性とは

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企業のコスト管理で意外に見落とされがちな間接材の購買管理。その中でも、業務委託や派遣人材は取引金額が大きく、人に関わる部分であることから、さまざまなコンプライアンスリスクに対するガバナンスも求められる。2022年2月3日にオンラインで開催された東洋経済ガバナンスフォーラム「企業統治における調達・購買管理の重要性」では、識者の知見や、ガバナンス改革を実践する企業の取り組みを通して、外部人材・サービス管理のあり方を考察した。
主催:東洋経済新報社
協賛:SAPジャパン

基調講演
経営者が知っておくべき外部人材・サービスのリスクと調達・購買管理の重要性

イトウ法律事務所 代表 弁護士/ニューヨーク州弁護士
(神戸製鋼所 社外取締役、参天製薬 社外監査役)
伊藤 ゆみ子氏

外資系企業や日本企業で長年、ガバナンスに携わってきた伊藤ゆみ子氏は、人材に関する企業の平均的支出割合は正社員58%に対し、外部人材・サービスが42%に達するというグローバル調査を示し、コスト低減、外部環境変化に柔軟に対応した人材配置という二重の意味で「外部人材・サービスの調達は戦略的に重要だ」と強調。人から役務提供を受ける領域であるがゆえのリスクに注意を促した。

外部人材・サービスのリスクには、偽装請負(請負契約の委託先企業に雇用された労働者に対して委託者が直接、指揮命令すること)、二重派遣(労働者派遣を受けた企業が、派遣労働者をさらに別の企業に再派遣すること)といった違法行為がある。2015年施行の改正労働者派遣法では、これらの違法行為があった場合、企業は労働者を直接雇用しなければならないこととなる「労働契約申込みみなし制度」が導入された。

ESG(環境・社会・企業統制)のS(社会)の観点では、強制労働、児童労働リスクがある。技能実習生の処遇などが海外から問題視されている日本も、こうしたリスクに無縁ではない。ほかにも、外部人材による個人情報や技術情報などの機密情報の漏洩リスクを指摘。さらに、外部のコンサルタント会社を介した贈収賄スキームに対し、外国企業の海外での贈収賄も対象とする米国の腐敗防止法(FCPA)により、多額の制裁金を科された実例を紹介した。

調達・購買をめぐる背任や横領などの犯罪は、担当者が自身の利益を会社の利益に優先させる利益相反問題の延長にあると指摘。仕様や品質の定量化が難しい外部人材・サービス分野ではとくに注意すべきだとした。

対策としては、まず外部人材・サービスの可視化を行う。委託先のデューデリジェンスを行う。委託先の安全管理について要求水準を契約に盛り込み、監査、確認を再委託先まで徹底する。調達・購買の決定・承認のルールやプロセスを整備する。これらをリスクの高い分野から取り組むよう求めた。

最後に「コンプライアンスは法令順守ではなく、広く社会が期待する基準に適合することに変わりつつあり、国連のSDGs(持続可能な開発目標)やESGなど強制力のないソフトローを、ハードロー(法制)化する動き」に言及。「サステイナブルな企業であることを外部に示すことは、社会・投資家から評価を得る機会にもなる。高い視座を持った取り組みを期待したい」と語った。

お客様事例講演
ESG経営に向けた外部人材管理の標準化と業務効率化

日東電工
調達統括部 業務管理部 部長
上原 佳子氏

自動車、社会インフラ、電子機器から医療まで幅広い分野で多様な製品を提供している高機能材料メーカー、日東電工の上原佳子氏は、外部人材管理プラットフォーム、「SAP Fieldglass」導入による業務委託・派遣人材のガバナンス改革を紹介した。

同社は基幹システムの変更に伴い、新たな業務委託管理システムが必要になったのを機に「業務をシステムに合わせる」ことによる外部人材・サービスの管理強化に着手した。

同社の業務委託・派遣人材管理は、価格面を中心に現場任せになっていて、拠点ごとのばらつきも大きかった。「昔からお願いしている委託先だから」などの理由で、正式な注文書が発行されないこともあり、実績計上は手作業で集計する部分も多く残っていた。単価も設定根拠があいまいで、同一の生産ラインで同様の作業をしているにもかかわらず、単価が大きく異なるケースも散見されるなど、課題は山積していた。

そこで、「SAP Fieldglass」導入により、各拠点の業務委託と派遣人材の管理を1つのシステムに統合。「どの拠点で、誰が、どの会社の、どんな人に、いくら支払っているのか」を可視化し、注文書を発行、費用計上、検収、支払いという正規の発注プロセスを確立、実績集計も自動化された。単価も、地域の時給水準やスキルに応じて妥当性のある単価表を作成。管理業務の統制が取れるようになった。また、派遣会社任せだった派遣受け入れ期間制限の抵触日も把握してコンプライアンスを強化した。

「SAP Fieldglass」の特徴は、派遣人材の単価設定に欠かせないスキルを管理でき、業務内容を可視化できることにある。「人のスキルやレベルの評価は1、2項目だけではカバーできない。要素を9つまで設定できることが選定のポイントだった」と話す。

スキルやレベル、拠点のある地域ごとに人材コストが「見える化」され、従来は支出後にしかわからなかった人材関連のコストを事前に計算できるようになった。「これからは、顧客の需要や販売計画に合わせて生産計画を立て、その生産計画に沿って外部人材・サービスも調達する必要がある。販売、生産、調達・購買を連携させ、持続可能でムダのない業務委託・派遣人材管理体制を構築したい」と語った。

特別パネルディスカッション
コンプライアンス、ガバナンス視点から見た外部人財管理のサステナビリティーとは?

SAPジャパン
インテリジェントスペンド事業本部 バリューアドバイザリーディレクター
小野寺 富保氏

パネルディスカッションでは、SAPジャパンの小野寺富保氏をモデレーターに登壇者2人と、コンプライアンス、ガバナンスの視点から、外部人材・サービス管理のあり方を探った。

日米双方の企業でリーガルコンプライアンスに携わってきた伊藤氏は、量的・質的に法務人材が豊富で、本社の法務部門責任者がグループ各社の法務部門に指揮命令系統を持ち、グローバルに1つの部門として運営される米系企業に対し、ゼネラリストとしてキャリアアップする日本企業は専門性で見劣りし、また、各グループ会社が独立して運営されていて、指揮命令系統が分散していることも多いと指摘。「リソースが分散することで、腐敗防止のような経営インパクトの大きなリスクに対しても、抜本的なプロセスコントロールより、研修などの小粒な対策にとどまりがちになる」と述べた。また、米カリフォルニア州や欧州で、人権に関する業務委託先のデューデリジェンスを法制化する動きがあることに触れて「今こそ、大きな問題になりかねない外部人材リスクの問題への取り組みを始めるべき時だ」と訴えた。

日東電工の上原氏は、同社の外部人材・サービスのガバナンス改革で、人材の可視化をした結果として「予想以上に外部人材を利用していることが見えてきた。人数では当初試算の2倍程度に上り、管理の重要性を示す結果になった」と明らかにした。そのうえで、生産計画に沿って必要なスキルを持つ人材を確保できる管理体制がないと、生産維持に支障を来すような事態が発生しかねないという懸念を持ったことに言及。適切な外部人材を確保するため、サプライヤー管理についても「われわれが必要とするスキルを理解して適切な人材を提案できるような企業を選ぶことを意識するようになった」と語った。

最後に、小野寺氏が議論を、①外部人材のリスクを正しく経営課題として捉える、②ESGの観点からサプライヤー管理をきちんと行う、③そのために外部人材・サービスを可視化する――ことが重要であるとまとめ、「人材分野は、定型的な物品に比べて管理が難しく、手をつけていない企業も多いが、大きなリスクがあることを認識し、外部人材の持続可能性を考えていくことが企業に求められている」と締めくくった。