100年企業・荏原製作所社長が語る「ESG経営」の今 「水素でロケット飛ばす」新プロジェクトの狙い

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今や投資判断の基準の1つになったESG経営。老舗企業が存続を許されてきたのも、単に製品やサービスに競争力があっただけではなく、環境・社会・ガバナンスという3つの要素を満たし続けてきたからだ。日本の社会・産業インフラを支えてきた荏原製作所もそうした企業の1つだが、これまで積み上げてきたものに満足せず、さらなる進化を目指している。同社が取り組むESG経営の最前線を追った。

100年企業が目指す5つのマテリアリティ

企業が長期的に発展していくために不可欠な視点とされているESG(環境・社会・ガバナンス)。1912年創業の同社は社会課題の解決を通し、その時代に即したESG経営を行ってきた。創業時には、ポンプをはじめとした製品で水インフラ整備に貢献。80年代は半導体分野に進出し、その製造装置・機器で人々の豊かな生活を支えた。

近年は地球温暖化で自然災害が激甚化しているといわれているが、防災の分野でも同社のポンプは欠かせない。私たちの暮らしを縁の下で支え続けてきた100年企業だ。2000年代以降は省エネ製品の開発やプラスチックのケミカルリサイクルなど、環境領域での存在感を高めていく。

支える対象は日本国内に限らない。浅見正男代表執行役社長の視線の先にあるのは、世界の社会課題だ。

1985年に立ち上げられた全社プロジェクトが、
今や会社を支える大きな柱である精密・電子事業です。
当然、水素でもそうしたいと思っています

取締役
代表執行役社長

浅見 正男

「世界の人口は、2100年に110億人になるという予測があります。人口増加に伴って水やゴミ、災害などさまざまな課題が浮上すると予想されますが、わが社が日本でやってきたことを海外に提供することで、世界にも貢献できる」

では、世界をどのように支えていくのか。同社は、2020年に長期ビジョン「E-Vision2030」を発表し、「持続可能な社会づくりへの貢献」をはじめとする5つのマテリアリティを設定した。

「この5つは、まさしくESGそのもの。『E-Vision2030』は、未来に向けてESG経営をさらに進化させていく決意表明と考えてもらっていい」

「水素の力でロケットを飛ばす」新規プロジェクト発足、未来の主要事業へ

それぞれの領域で具体的な取り組みを見ていこう。まずはE、環境だ。

環境領域で避けて通れないのがカーボンニュートラル。同社は2019年にTCFD※1に賛同した。現在、TCFD提言に沿った情報開示をするため、シナリオ分析を進めている。

「わが社は長期ビジョンで30年までに二酸化炭素を1億トン減らす目標を立てています※2。どのようなアクションで目標を達成していくのか、将来を見据えたシナリオ分析の検討を深めつつ、TCFDのルールにのっとった情報開示を進めます。現在、このカーボンニュートラルに向けた取り組みに携わりたいという社員を公募しており、間もなく全社プロジェクトとして発足させます」

同社が力を入れるもう1つの全社プロジェクトが「水素関連事業プロジェクト」だ。水素はカーボンニュートラルの切り札と目される燃料だが、「つくる」「運ぶ」「使う」、それぞれのプロセスでまだ課題が多く、研究開発と実用化を進めている。

中でも夢があるのは、「使う」プロセスで取り組んでいるロケット用ターボポンプの開発だろう。

「わが社にはロケットマニアが何人かいて、新規事業提案社内コンペで『ロケットを水素で飛ばしたい』と提案してきました。それが今回の室蘭工業大学と、ロケット開発ベンチャーのインターステラテクノロジズとの共同開発につながりました」

ターボポンプを共同開発中の小型ロケット「ZERO」
写真提供 インターステラテクノロジズ株式会社

社内には水素関連のプロジェクトが複数走っていたが、20年8月にひとまとめにして全社プロジェクト化した。その狙いを浅見社長はこう語る。

「水素に力を入れるという方向性を示したかった。実は37年前の1985年に半導体プロジェクトとして立ち上げられた全社プロジェクトが、今や会社を支える大きな柱である精密・電子事業です。当然、水素でもそうしたいと思っています」 

※1 TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォース。金融安定理事会(FSB)により2015年12月に設置された
※2 日本の年間総電力使用量(2018年実績)の発電時に生じるCO2は当社試算により5億トン(PFCsガスが排出するCO2は含まず)

グローバルで従業員エンゲージメントが向上

Sのソーシャル領域で注目したいのは人材戦略だ。

「創業の精神は、『熱と誠』。もともと熱意をもって、自分で創意工夫をしながら社会の役に立ちたいという人材であふれていました。しかし100年続くうちに、決められたことをやれば大丈夫だという風潮になってきていた。私たちは長期ビジョンで、2030年までに『国籍・性別を問わず、自ら考え、スピード感をもって、積極的に新たな挑戦をし、目に見える成果を出す』企業になることを掲げました。あるべき姿に近づくための改革を現在進めています」

例えばリーダー候補の人材プールをつくり育成を行う「サクセッションマネジメント」、既存業務と別のテーマに所定時間の5%を充てられる「Ebara Innovation5」などの施策を展開している。さらに、グローバルの人材マネジメントを強化。30年までにグローバルキーポジションにおける海外社員比率を50%にする予定だ。

一連の改革は、従業員エンゲージメントの向上という形で早くも成果が表れている。2019年から国内外の全従業員を対象に始めた調査では、「持続可能なエンゲージメント」「グローバルマネジメント」などの項目で、2年連続でスコアが改善されている。

取締役が出世のゴールである時代は終わった

Gのガバナンス領域の取り組みも精力的だ。同社がガバナンス改革に乗り出したのは、2002年。執行役員制を導入し、当時30人だった取締役員数を段階的に12人に減らした(現在は10人)。独立社外取締役を招聘し、任意の指名・報酬委員会を設置したのは08年。独立社外取締役を4人に増員したとき社外取締役になったのが、現在、取締役会議長を務める宇田左近氏だ。

ガバナンス改革にゴールはなく、
今後も強化を続けていきます

取締役
取締役会議長

宇田 左近

「15年には、さらに指名委員会等設置会社へと移行しました。指名委員会の最大の責務は社長の承継計画です。当時、私が委員長を務めた指名委員会は、荏原を率いるのにふさわしいリーダーかどうか、2年半かけて、現在の浅見社長をじっくり選びました」(宇田氏)

上場企業で指名委員会等設置会社は計82社しかない(21年8月時点)。これ自体大きな前進だが、荏原製作所はそこで歩みを止めることなく、さらにガバナンスを強化していった。

「どんな組織もPDCAでチェックを受けるのに、取締役会にそれがないのはフェアじゃない。そこで年に1回、取締役全員にアンケートやインタビューを実施して自分たちの実効性を評価しています。さらに海外のガバナンス基準との比較、荏原が抱える課題について参考になりそうな海外企業をベンチマーキングして、ガバナンスを継続的に改善しています」

改善した点は多数あるが、とくに目を引くのは取締役会の構成だろう。度重なる改善の結果、いまでは10人の取締役のうち社外が7人になり、社内の3人も非執行取締役が2人で、執行役は代表執行役社長1人のみとなった。

「取締役は、執行の"上がりポジション"ではありません。取締役会の役目は執行をモニタリングすると同時に、執行役が執行に集中できる環境を整え、会社の成長を中長期的視点で後押しすること。現在は、取締役会のパフォーマンス向上と企業風土改革の後押しに取り組むフェーズです。ガバナンス改革にゴールはなく、今後も強化を続けていきます」(宇田氏)

ESGそれぞれの領域で進化と挑戦を続ける同社。最後に浅見社長は次のように決意を語ってくれた。

「今や単に儲かればいい時代ではありません。売り上げや利益に結び付けるのは当然として、そこに至るまでの中身が問われます。環境に配慮しない企業は存続を許されないし、グローバルで従業員のエンゲージメントを高め、進む方向を示してグループ全体にガバナンスを効かせながらリードしていかないと、結果も出ないでしょう。これからもESG経営を推進して企業価値を高めていきたいですね」

つねに時代に即したインフラ整備で人々の生活を支えてきた荏原製作所。今後も持続可能な社会の実現に向けて、社会インフラの強靭化に貢献し続けるだろう。

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