キリンと「スリランカの紅茶葉農園」、長年の協奏 「午後の紅茶」ブランドのおいしさを守り続ける
「午後の紅茶」のおいしさはスリランカからきている
インド洋に浮かぶ島国、スリランカの中央高地には、見渡す限り茶畑が広がっている。連なる山々の緑に折り重なるように美しく整えられた紅茶農園と、その茶葉を摘む人々。わずか12年前に内戦が終わったばかりとは思えない、幻想的なその美しさから、近年は日本からも多くの観光客を集めてきた。
スリランカと日本の関係は深い。日本が海外から輸入する茶葉で最も多いのがスリランカ産茶葉。サンフランシスコ講和会議で対日賠償請求権の放棄を宣言し、敗戦国日本の国際社会復帰を大いに助けてくれたのもスリランカだった。
キリンの主力商品「キリン 午後の紅茶」に使われている茶葉は、スリランカに支えられている(※1)。同社は2013年、スリランカの農園が「レインフォレスト・アライアンス認証」(以下、認証)(※2)を取得するための支援に取り組み始めた。自然と作り手を守りながらより持続可能な農法に取り組んでいると認められた農園に対して与えられる国際的な認証制度だ。
すでに認証を取得している農園の茶葉を購入する方法もあったが、それでは資金がなくて取得できない農園を切り捨てることになる。そこで、認証取得支援から始めたのだ。
現地の人々の信頼を勝ち取った行動とは
支援プロジェクトは、キリンとレインフォレスト・アライアンス(以下、RA)の協働で進められた。活動の中心人物が、紅茶産業の経験豊富な担当者ギリ・カドゥルガムワ氏(※3)。ギリ氏は、当時をこう振り返る。
「当初、私も農園関係者の多くもキリンの名前を知りませんでした。知っていても『キリン=ビール会社』のイメージが強く、『なぜ日本のビール会社が紅茶葉農園に?』と不思議に思ったようです」
当初、農園マネージャーたちの意欲を引き出したのは、RA本部のシニア・トレーニング・マネージャーを務めていた榎本礼子氏だ。農園の状況を把握し、それに合ったトレーニングを組むなど奔走。どんな国や地域にもすぐ入り込める人柄で、現地とのスムーズなコミュニケーションに尽力したという。
認証の取得には、生態系や野生生物の保全、労働環境の整備や地域社会との関係など、多岐にわたる項目に取り組まなければならない。内戦の傷がまだ完全に癒えない中で多くの人々の協力を得るため、まずはプロジェクトを周知することが必要だった。
「認証取得のトレーニング用のポスターや冊子にキリンのロゴを入れて、プロジェクトに参加した農園に配布しました。各農園も、積極的にこのポスターを掲示してくれて、キリンの知名度が上がっていきました。
さらに大きな促進剤になったのが、キリンのCSVチームによる農園訪問です。毎年、農園を訪問して農園マネージャーたちと議論して課題の把握と対応を検討してくれたことで、彼らは『キリンが、本腰を入れてスリランカの紅茶農園の持続可能性向上に取り組んでいる』ことと、スリランカの紅茶葉へのこだわりを理解し、キリンの支援活動に敬意を抱くようになっていったんです」(ギリ氏)
認証取得のためには、農薬や化学肥料を適正量で使用することが求められる。それまでは業者の言い値で勧められるまま買っていた農薬も、業者の抵抗に苦しみながらもトレーニングを通じてより慎重に使用するようになることでコスト削減につながった。トレーニングの効果を知った周囲の農園が、プロジェクトへの参加を希望するようになったという。
こうしたキリンの支援活動によって、認証を取得した大農園は2020年末で93農園に上る(※4)。18年には小農園にも支援を拡大。20年末時点で2120農園が認証取得のトレーニングを開始しており、25年までに1万農園まで拡大予定だ。
持続可能性への理解は、新たな取り組みにつながっている。代表例が、キリンが支援する農園内の水源地保全活動だ。民主社会主義共和国のスリランカでは、土地を私有(※5)するという概念があまりなく、住民が水源地に生活排水を流したり畑にしたりしてしまうことがある。渇水や大雨などの問題も顕在化している。
「危機感を持った農園マネージャーたちの強い希望で2017年に開催したワークショップから始まった取り組みを、キリンが18年から支援してくれています。水源地を囲い保全するだけではなく、水源地が大切であり汚してはいけないことを農園周辺住民や地域の若者、子どもたちが知り意識することで、一人ひとりの行動も変わってきました」(ギリ氏)
キリンに根付く、CSVを基盤としたものづくり
そもそもキリンは、なぜスリランカ紅茶農園の支援を始めたのか。キリンホールディングスの藤原啓一郎氏は、その経緯についてこう説明する。
「キリングループでは、2010年に『生物多様性保全宣言』を策定・発表し、環境問題や人権問題に関する生物資源のリスク評価を行いました。当時は気候変動以上に森林破壊が問題となっていましたが、紅茶葉のリスクはそれほど高くありませんでした。しかし『午後の紅茶』シリーズは、当グループの主力ブランドです。おいしい『午後の紅茶』を作り続けていくために、スリランカの紅茶農園全体の持続可能性を高めていくことが必要だと考えました」
認証農園の農産物を使った製品を販売する例はあっても、日本企業が海外の農園に対して認証取得支援を行うケースは今でもまれだという。レインフォレスト・アライアンス日本市場担当の一倉千恵子氏はこう話す。
「私たちにとってもワクワクする、新しいチャレンジでしたが日本ではまったく初めての取り組みでした。連絡を受けてすぐに本部と連絡を取って、知見を共有してもらいながら進めていきました。ラッキーだったのは、農業関係の国家機関で勤務経験があり、知識も経験も豊富で農園関係者の信頼が厚いギリがRAに参画してくれたタイミングだったことです」
21年8月にはついに、認証を取得した農園の茶葉を使った「午後の紅茶 ストレートティー 250ml紙(LLスリム)」が発売された。一倉氏は「こうした商品を通じて、もっと多くの方に持続可能な農業認証とその重要性について知ってほしい」と、期待を寄せる。
認証農園の茶葉を使った商品の発売は、キリンにとっても新たなフェーズの始まりだ。同社は2013年から、社会的価値と経済的価値の創出によって共通価値を創造する「CSV」の概念を経営の中心に据えてきた。最近は、被災地の復興応援としてその地域の素材を使用する「午後の紅茶for HAPPINESS」シリーズ第1弾の「熊本県産いちごティー」のヒットをはじめ、CSVを基盤としたものづくりが形になってきている。これまではスリランカの紅茶農園の持続可能性を高めることを重視してきたが、今後は、現地農園の努力や思いを、日本の消費者にも広く知ってもらう活動にも力を注いでいく。
キリンとスリランカの絆は、生態系保全活動にも広がっている。絶滅したと考えられていたブラックパンサー(※6)が、2020年にスリランカの森の中で見つかったことに端を発する保護活動だ。
「キリンビバレッジの資金援助により、課題であったブラックパンサーの保護活動が具体化し、大農園の若者に生物多様性や野生動物保護などを教えるトレーニングを行っています。
キリンの認証取得支援は、スリランカではよく知られていたので、この保護活動もキリンの手厚い支援として現地の人々に歓迎され、200人以上の若者が活動に参加することになりました。コロナ禍の影響が甚大だった中、さまざまな活動をスムーズに進めてこられたのは、キリンのきめ細かい支援があってこそです」(ギリ氏)
1986年の登場以来、日本全国で愛され続ける「キリン 午後の紅茶」。このビッグブランドから始まったスリランカ支援プロジェクトは、国を超えて人と人、人と自然が共生する未来へと広がり続けている。
未来に向けた紅茶葉の生産のために。『午後の紅茶』