ビジネスに変革をもたらす、目指すべきCXとは 顧客起点DXとカスタマーデータ戦略を考察する
協力:東洋経済新報社
守りから攻めへ、機械工具専門商社 柏木工機の挑戦と顧客起点のDX
国内市場が縮小する中、問屋は厳しい立場に立たされている。機械工具問屋の老舗、柏木工機の柏木秀太氏は「値段やリードタイムで差別化するのも難しい。全国、海外への展開と同時に、少量多品種の商品を適切に届けるという問屋の仕事を超えて、顧客の販売店が抱える経営課題をサポートして関係を強化する」という生き残り戦略を描いた。
まずはDX(デジタルトランスフォーメーション)によるサービスレベルの向上に着手。「SAP Commerce Cloud」などを導入し、オンライン受注、在庫管理、電子納品書のダウンロードを24時間体制で受け付けて利便性の向上を目指した。それでも当初は、電話やファクスでの注文をオンラインに切り替えてもらうのは難しく、販売店に社員を駐在させて操作を代行するなど苦心を重ね、徐々にオンラインに移行する顧客も増え、社内の伝票発行業務などを削減できるようになってきた。今後は、販売店と協力し、工具ユーザーのデータも収集、販売店の利益に貢献できる取り組みを検討して「効率化にとどまらないDXを推進していきたい」と語った。
ASICS/デジタル及びITの取り組み
SAPのファッション・マネジメント・ソリューション導入でサプライチェーンを統合してきたアシックスの富永満之氏は、単なるプロダクト販売にとどまらず、ランナーのパフォーマンス向上を支援するサービスや、タイムリーなマーケティングにつなげるデジタル戦略を紹介した。
同社は、目標タイム設定、トレーニング、レース出場というランナーのカスタマージャーニーを想定。トレーニングを管理するフィットネスアプリ「Runkeeper(ランキーパー)」や、ランニングレース登録プラットフォームを買収した。これらと会員プログラム「OneASICS(ワンアシックス)」のデータを連携させて、顧客を可視化。顧客を中心に置いて、走行距離から予想されるシューズの劣化に合わせたデジタルマーケティング、リアルのジム事業とも連動したタイム向上のためのコーチングやトレーニングプログラム提供などのサービスを展開する。
今後は、スポンサーレースへの優先出走や、海外バーチャルレースへの参加など「ワンアシックス会員のサービス価値を高めたい」と語った。
スタートアップとの共創による新しい可能性を探る
スタートアップとSAPの製品を組み合わせて、新たなソリューションを創出するプログラム「SAP.iO」の事例が紹介された。
自動接客ツール構築基盤「anybot(エニーボット)」を運営するエボラニの太田智氏は、顧客体験を提供するエニーボットとSAP製品を連携させ、顧客データを蓄積。離脱防止や保証・修理の申し込みなどを、アプリ上で行う新たな仕組みを説明した。
企業の収益力に影響が大きいプライシングを戦略から支援するハルモニアの松村大貴氏は、「SAP Commerce Cloud」と連携して購買データを活用。日々の在庫状況などに応じて、自動的に価格を変動させるダイナミック・プライシング・システム「MagicPrice」を紹介した。
ビジョンに基づく改革と、この3年で見えてきたこと
江戸期の食酢製造に始まる調味料・加工食品メーカー、ミツカンの渡邉英右氏は、CX、DXにおける理念や長期ビジョンの重要性を訴えた。
ミツカンは「買う身になって まごころこめて よい品を」という顧客志向と、「脚下照顧に基づく現状否認の実行」という限りない革新を2つの原点としているが、生活者とは直接つながっていないメーカーは生活者視点が弱くなりがちだ。その中で、タレの小袋が開けにくいといった納豆の不満を解決するため、半固形タレ、タレを容器のふたに封入した商品など、CX視点の商品開発を推進。人と社会と地球の健康を実現していく、野菜の皮や芯も余さず使う未来につなげる新たな食のプロジェクトZENBをはじめ、継続的につながりを持てるように1回きりの応募ではなく1日1回のバーコード読み込みでスタンプを集めるキャンペーンなどを実施してきた。
DXは、手段であるデジタルが目的化しないように留意し、最初に目的を持つOGSM(目的・目標・戦略・測定)の順序が重要と強調。アジャイル手法の迅速なスモールスタートも重要だが、「全体最適や将来ビジョンに鑑みたThink Bigも大切」と語った。
コミュニケーションリテーラーに向けたDX戦略
~カスタマーセントリックプラットフォームの実現~
阪急阪神百貨店や食品スーパーのイズミヤなどを傘下に持つエイチ・ツー・オー リテイリングの小山徹氏は、コロナ禍で加速した顧客の変化に対応するためにデジタルで顧客との接点を深化させる取り組みについて語った。
同社は、関西圏で強力なブランドを持つ百貨店事業の伸び悩みを受け、食品スーパーや専門店事業も強化。顧客の購買履歴や興味軸などのデータを集約・分析する基盤として、カスタマー・セントリック・プラットフォームの実証を進めている。グループの顧客約1000万人を対象に、これらのデータを活用し、デジタルとリアルの接点を介して、顧客と持続的なコミュニケーションを深めることを構想。どこでも買える商品であっても「われわれの店で買いたくなるようなマインドシェア」を獲得し、さらにはデータ分析を外部のパートナー企業などとも共有・活用してもらう「新たなクライアントサービス事業」の開発も目指す。「百貨店事業を再定義し、従来の小売りとは異なる“コミュニケーションリテーラー”を目指す」と語った。
パネルディスカッション
最後にSAPジャパン富田裕史氏の司会で、講演者4人が、CX、CRM(顧客管理)を推進するうえでのリソースや組織の課題、対策について、それぞれの取り組みや考えを語った。
柏木工機の柏木氏は、異業種のEC経験者らを採用して人材確保。「関係の強い小売店と一緒に、ユーザーに期待以上のCX提供を目指し、成功した事例を展開したい」と語った。
アシックスの富永氏は、CX人材はニーズが高く、リテンションが課題と指摘。コロナ禍でECが伸びたが、今後は「CX向けのデータ分析などのスキルアップが必須」と語った。
ミツカンの渡邉氏は、個人情報保護の対応が難しさを増す中「顧客IDの数を求めるよりも、ロイヤルティーの高いファンの人と深い関係を築く方向を考えている」と述べた。
エイチ・ツー・オー リテイリングの小山氏は、縦割り組織間の利害を超えるには、顧客視点のマインドセットが重要と強調。社外も含めて提供者側が「顧客ニーズに応えるためにつながるべき」と訴えた。