人生をシンプルかつ軽やかに生きる方法とは 文筆家・松浦弥太郎氏が語る

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文筆家 松浦弥太郎氏
1965年、東京生まれ。文筆家。2005年から雑誌『暮しの手帖』の編集長を9年間務め、15年春よりITベンチャーに入社。同年、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。現在は、さまざまな企業のアドバイザーや、ヘルスケアITの「おいしい健康」他、老舗出版社の取締役も務める。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、楽しさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。『今日もていねいに。』(PHP新書)『100の基本』(マガジンハウス)など、著書多数。セレクトブックストア「COW BOOKS」主宰。ドキュメンタリー映画『場所はいつも旅先だった』にて初監督を務める
将来が見通しづらい、不確実な時代。日々の問題に追われているうちに、気づけば何か「やりたいことができていない」と不自由さを感じている人も多いのではないだろうか。『暮しの手帖』の元編集長であり、現在はIT業界と出版業界の両方で働く松浦弥太郎氏に、自由・シンプル・軽やかに生きるための指針を聞いた。

本当の自由の意味を知ったアメリカ

――松浦さんは10代でアメリカに飛び出されています。何かきっかけがあったのでしょうか?

今思えば若気の至りですが、雑誌や本で海外のカルチャーやライフスタイルを見て純粋に憧れたのと、今いる場所と違う場所に行けば自分の夢なりビジョンなりが見つかるかもしれないと思ったんです。現地で何をするかはまったく計画せずに、身一つでアメリカに行きました。

現地では時間は無限にあるし誰にも拘束されませんから、毎日街を歩き回って、人々の生活を観察していました。子どもが知らない場所を探検しているような、そんな日々でしたね。

子どもの頃から、「自分の力で自由に空を飛びたい」と思っていた

――とても自由ですね。

本当の意味での自由ではなかったと思います。海外に出て、見るものすべてが初めてで。英語が話せずコミュニケーションも取れなかったので、とてつもない孤独感を感じました。水と油のように、街やコミュニティーから自分が分離している感覚で、苦しかったです。自分が何者であるかをきちんと自分から発信しないと、誰も自分を認めてくれないことを痛感しました。

アメリカで気づいたのは「自分で決定すること」の重要性です。与えられた選択肢に依存して決定を委ねているのは、自由な気がするだけで、自由ではない。選択肢から選ぶのでなく、選択肢をも疑い、自分で道を切り開いていくことが大切であると実感しました。

楽しいよりも、ひたすらに苦しかったアメリカ時代

自分の弱さや至らなさに気づく中で、英語や現地の文化を必死で学びながら、少しずつ現地の人とコミュニケーションを取っていったのが、社会人人生のファーストステップだったと思います。

――松浦さんの核となる本や音楽、映画などとの出合いは、この頃だったのでしょうか?

英語が話せないからといって毎日部屋にこもっているわけにもいかないので、街を歩き回る中で興味を持ったのが本屋さんです。アメリカの本屋さんは個人商店が多く、どこも本のセレクトに個性があって。街の中で1つの場所として機能しているようなところもすてきでした。いろんなお店に通い詰めて本そのものや、本屋さんのあり方について学んでいきました。

帰国後は本屋も立ち上げていますが、もともと、本屋をやるつもりというよりも、出会いや縁が重なってそうなったという感じです。自分がアメリカで見て感動したあらゆるものを自分の個性としてコミュニケーションしていく中で、本屋のカルチャーや本そのもののことが、少し人に喜ばれた。喜ばれることが自分自身の喜びにもつながったので、わらをもつかむ思いでそれを続けていきました。

求められたことを淡々とやるだけ。基本的には起こる物事すべてに対して、全肯定

当時は本屋だけでは自立できず、海外で買い付けの仕事をしたり、建設現場での肉体労働もしたりといろんな仕事を経験しましたね。

50代で、20代の若者から学ぶ

――その後、雑誌編集長を経て50代でITベンチャーに転職され、現在は経営者としてIT企業を経営したり、さまざまな企業のコミュニケーションデザインを手がけられています。

 「くらしのきほん」は、自分で一からデジタルメディアを学んで、コンテンツからデザインまでを設計しました。まったくわからない世界でしたので、ベンチャーの優秀なエンジニアの人たちにサポートしてもらって、猛勉強しました。50代になって、20代の人に教えてもらいました。

――50代はこれまで築き上げてきたことを守っていく、集大成のようなイメージがありますが、なぜそんなに好奇心旺盛でいられるのでしょうか?

もっと学べるだろう、もっと役に立てることがあるだろう、楽しいことがあるだろうと、自分を信じているところはあります。まだまだ成長しきっていないというか。まだやりたいことは見つかってないんですけどね(笑)。

自分なりにできることで、大きなプロジェクトの一端、社会の歯車になれればうれしい

――年齢に関係なく、自然体で軽やかに生きる秘訣は何であるとお考えですか?

これは僕の考えですが、求められたところで全力を尽くし、自分が生かされる道を選ぶほうが、軽やかに生きていけると思っています。自分の考えに固くとらわれたり、築き上げてきたものを手放さずに守っているだけでは、なかなか軽くはなれません。

自由とかシンプル、軽やかということを突き詰めていくと、自分の欲望やわがままとの戦いです。人間は誰しも不便なことから逃げようとしてしまいがちですが、これから先の時代は、不便を自分のよき学びや体験として向き合ったほうがいいと思います。

自分という実験台を通じて感じたことやわかったことしか、本当の意味での価値にならない。日々いろんなことに困ったり悩んだりできることが本当の豊かさであり、不便なところにもっとよい答え、自由、自分自身のコンテンツがあると思います。自分自身で身をもって体験したことや工夫したことを携えて生きていけば、人生はシンプルで軽やかになっていくのではないでしょうか。


自然体で、軽やかに日々を過ごしてほしい。
そんな思いで作られたのが、JINSの最軽量メガネ「Ultra Light Airframe」だ。年代を問わない全4色のプレーンなカラーリングで、メガネの存在を忘れてしまうほどの軽さと快適性が追求されている。
「僕、もともとはすごく目がよかったんですけど、40歳を過ぎた頃から視力が落ちてメガネをかけるようになって。でも若いときからメガネは好きで、伊達をよくかけていました。この色はいいですね。きれいな色味です」と松浦さんが手に取ったのは、優しいベージュ色(MUF-21A-075-281)のフレーム。
フロント部分には軽量樹脂の素材、テンプル部分にはチタン素材と、質感豊かな異素材が組み合わされて作られており、軽いながらもホールド感のあるかけ心地が実現されている。
普段は車の運転時や読書の際に眼鏡をかけるという松浦さん
日常使いに適したストレスフリーかつエイジレスなデザインで、大人の男性にかけてほしい一本だ。
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