機能性材料メーカーが、コロナ後も好調な理由 次々と世界シェアNo.1を生み出す底力とは?
材料メーカーだけに、「デクセリアルズ」の社名は一般的にあまり知られていないが、実はこの会社の製品は、至るところで私たちの暮らしを支えている。例えばスマートフォンのディスプレイとICチップの接着に使われる異方性導電膜は、世界のトップシェア48.6%を誇る。ほかにも、ディスプレイの最表面に貼る反射防止フィルムは93.8%、ディスプレイ内部を貼り合わせる液状接着剤である光学弾性樹脂は70.9%と世界シェアNo.1に輝いている。
ディスプレイだけではない。スマホ搭載のカメラモジュールはCMOSセンサーや複数枚のレンズなどで構成されているが、センサーが高精度になるほど光の軸がズレないように、各部品の位置に精密さが求められる。それらがズレないように狙った位置に瞬時に固定する接着材料もデクセリアルズの得意分野。高精度のセンサーは、スマホに限らず自動運転の自動車やさまざまなIoT機器で需要が高まることが予想され、同社の材料が活躍する場面はさらに広がっていくはずだ。
さらに、同社が現在力を入れている製品の1つが、リチウムイオンバッテリーを過充電や過電流から保護するための表面実装型ヒューズである。リチウムイオンバッテリーはもともとノートPCをはじめとする弱電の製品に多く使われていたが、近年はコードレスの掃除機、電動バイク、DIY用の電動工具、園芸工具といった大電流が必要な製品にも欠かせなくなった。そのため、同社の表面実装型ヒューズの需要も増えている。
付加価値の高い差異化技術製品が好業績を牽引
デクセリアルズの技術や製品は、デジタルから暮らしを支える家電まで、さまざまな最終製品に採用されている。その広がりを裏付けるように、業績は絶好調だ。2021年3月期決算は売上高658億3000万円(前期比14.1%増)、営業利益113億3900万円(前期比146.5%増)の増収増益。営業・経常利益で過去最高を更新した。
20年はリモートや巣ごもり需要を受けてスマホ、TV、自動車などの同社の主要最終製品市場は沸いたが、21年後半になると半導体不足の影響もあって、市場の減速感がある。にもかかわらず同社では、22年3月期上期は売上高445億6200万円(前年同期比44.9%増)を達成、営業利益122億9600万円(前年同期比164.3%増)と過去最高を更新している。新家由久代表取締役社長は、好調さを次のように分析する。
「確かに昨年度は、当社においてもコロナの追い風も一時的にありました。しかし、今年度については、ほとんどのアプリケーションが台数ベースだと対前年比で下がっています。その中でも好調を維持しているのは、われわれの技術で差異化が図れる製品が技術のトレンドに合致しているからです」
差異化技術製品の一例として挙げたのは、粒子を均一に分散させた異方性導電膜だ。
「ディスプレイが台数ベースで伸び悩む中でも、フレキシブルな有機ELディスプレイは伸びています。その基材であるプラスチックにICチップを接着するのは難しいのですが、われわれは導電粒子を数ミクロンの単位できれいに並べた粒子整列型異方性導電膜を開発しています。このような他社には真似できない付加価値の高い製品が大きな技術トレンドの中で伸びているので、コロナ後の短期的な減速にはほとんど影響を受けずに済んでいます」(新家社長)
最終顧客との対話を生かした技術開発で未来をつくる
デクセリアルズの強みは、まさに技術トレンドに合致した製品を先回りして開発する研究開発力にある。いったいなぜ先手を打った開発が可能なのか。同社では「Value Matters 今までなかったものを。世界の価値になるものを。」を企業ビジョンに掲げ、つねに未来を見据え世界がもとめる製品を生み出そうとしている。
「今までに存在せず、そしてお客様やその先にいるエンドユーザーにも価値を見い出していただけるものは何かという視点で、開発テーマを選定しています。選定のやり方はさまざまですが、ターゲットとするアプリケーションを決めて技術ロードマップを描いたり、自分たちのコア技術を棚卸ししてシーズから発想するインサイドアウト的なアプローチをしたりすることもあります」
実は異方性導電膜も、当初は小さな技術にすぎなかった。デクセリアルズの前身であるソニーケミカルが異方性導電膜を開発したのは1977年。当時はこの製品、技術が求められる最終製品はカード電卓くらいしか存在していなかった。開発を続けるかどうかの議論が何度もなされる中で、粘り強く開発を続けたことで、今や同社の主力製品に育ったわけだ。
もちろんインサイドアウトで優れた技術を開発したところで、望む未来がやって来るとは限らない。また方向性は正しくても、世に出すのが早すぎて撤退を余儀なくされることもある。リスクを最小限に抑えるため、デクセリアルズはアウトサイドイン、つまり市場のニーズから技術を考えるアプローチも併用している。
「デクセリアルズでは、自分たちの直接のお客様だけでなく最終製品を作るメーカーである最終顧客ともコミュニケーションを取っています。最終顧客、直接顧客、デクセリアルズとトライアングルで話しながら、この先どんな技術が必要となるかという視点からバックキャスティングで技術や製品の開発を進めています」と新家社長は同社の強みに触れる。
しかも、同社ではメーカーとの打ち合わせにエンジニアが積極的に参加する。エンジニアは社内で研究に集中し、外部とのコミュニケーションは営業が担う企業も多いが、デクセリアルズはエンジニアも中心になって動くカルチャーがある。
「実は私もエンジニア出身です。そもそも液状接着剤である光学弾性樹脂の事業は、はじめは社内ベンチャー的に私がほとんど一人で開発し、営業にも行って顧客と直接話をしていました。それほどにエンジニアが“動く”文化があるのです」(新家社長)
長期の技術トレンドを見据える同社の研究開発アプローチは、現在注目されている自動車のディスプレイやセンサーにも貫かれている。同社が自動車分野への参入を決めたのは5~6年前。今でこそ車がネットワークにつながることが明確になってきたが、当初は本当に同社の製品が必要とされるのか疑問の声も上がっていたそうだ。
「ですが、交通事故や過疎地などの移動弱者、気候変動といった社会課題から考えると、自動車がIoTデバイスとなっていく、そのトレンドには確信がありました。そこで先手を打って世界中の自動車メーカーを回って当社の製品をアピールしたのです。最初は社名を言っても首を傾げられましたが、トレンドを先読みしたアプローチにより当社製品の採用も広がり、今では自動車メーカーと直接コミュニケーションすることが可能になりました。そして現在、デクセリアルズでは自動車事業を新規領域の最注力事業としています」と新家社長は語る。
10年後の社会課題を解決するために
2021年5月、デクセリアルズは24年3月期を最終年とする中期経営計画のアップデートを行っている。営業利益については、すでに昨年度で中期経営計画の業績目標を前倒しで達成したからだ。新家社長は、「今の中期経営計画は、次の中計並びに10年後を見据えた準備期間」としているが、直近では車載ディスプレイ向けに需要が伸びている反射防止フィルム、そしてリチウムイオンバッテリーの広がりに対応するための表面実装型ヒューズの生産体制増強を決定している。
もちろん、先を読む同社では10年後に向けても動き出している。21年10月には、社会課題から自社が注力すべきインダストリーを絞り込み、技術ロードマップを描く「デクセリアルズイノベーショングループ」を設置。アウトサイドインの思考を加えて次の研究開発テーマの選定を行っている。新家社長は「テーマはまだ明かせない」と言うが、最後に熱くこう語ってくれた。
「今、顕在化している社会課題は、社会全体が効率的に動いたら解決するのではないでしょうか。例えば脱炭素は交通渋滞がゼロになれば資源をもっと大胆かつ有効に活用できるはずです。フードロス問題については、社会でジャスト・イン・タイムの仕組みをつくれば大きく改善できる。社会全体を効率的に動かすデジタル技術のいっそうの進化をわれわれがどう支えるのか。つねに“今までなかったものを”発想しながら社会課題解決に貢献することが、デクセリアルズという会社が存続しうる価値だと考えています」