企業での活用も近い?「量子コンピューター」動向 NEC、ビジネス適用を支援するサービスが続々

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次世代の技術として注目されている量子コンピューター。グローバルの巨大IT企業も力を注ぐこの技術に、日本のメーカーとして長年にわたり積極的に取り組んできたのが日本電気(NEC)だ。同社は量子コンピューティングの1つの方式である「アニーリング」を主軸に、研究開発を推進している。2021年10月に開催されたRX Japan主催「量子コンピューティングEXPO【秋】」の特別講演では、NECの量子コンピューティングの実用化に向けた取り組みを余すところなく紹介。同社の関連企業や協業企業と行っている実証検証や、そこで培った知見を基に提供するサービスを通して見えてきたのは、ビジネス課題を解決するソリューションとして量子コンピューティングの実用化が近づいているという事実だ。

ビジネス課題の解決に期待される「量子アニーリング」

従来のコンピューターでは処理能力が不足して対応できなかった分野を中心に、量子コンピューティングの可能性に注目が集まっている。中でも取り組みを強化している日本のメーカーがNECだ。「当社は従来のコンピューターでは解くことができなかった社会課題の解決のために、量子コンピューティングが有効で必須の手段になると思い、研究開発に取り組んできました。とくに複雑で大量の計算が必要な分野において、量子コンピューティングの1つの技術である『量子アニーリング』が効果的であると考え、ビジネスへの実装を開始しています」と、同社執行役員常務システムプラットフォームビジネスユニット担当の須藤和則氏は語る。

NEC
執行役員常務
システムプラットフォームビジネスユニット担当
須藤和則

事実、量子アニーリングは、ビジネスの現場で課題解決に利用され始めている。NECでは、製造業における生産計画の立案や部品の発注計画、物流における配送計画など、さまざまな業種・業界で共創パートナーとともに、課題解決に取り組んでいる。

例えば、グループ企業のNECフィールディングでは、ICT製品をはじめ多様な機器に障害が発生した際にエンジニアが現場で部品を交換するサービスを提供しているが、より迅速なサポートを実現するため、量子アニーリングを活用し、エンジニアや部品の効率的な出動・配送計画の最適化を目指している。第一段階として、まずは部品配送の最適化に向けた取り組みを開始した。

「これは量子アニーリングの適用例としてよく取り上げられるテーマですが、この企業にとっては単なる実験ではなく、目の前のビジネスに直結する課題であり、『量子が少しでも役に立つのなら、すぐにでも使いたい』という切迫した思いがあります。NECでも、その思いに応えるべく実証検証を重ね、実用化に向けて取り組んでいます」(須藤氏)

このように、さまざまな社会課題の解決に、量子アニーリングが果たせる役割が鮮明に浮かび上がってきている。

AIと量子コンピューティングは適材適所で活用

社会課題の解決に期待される量子アニーリングだが、これ1つですべての課題を解決できるわけではない。「社会課題は複合的な問題です。量子アニーリングの技術は特定の問題解決に圧倒的な威力がありますが、万能ではありません。AIとうまく使い分け、連携する必要があります」と、NEC 技術価値創出本部量子コンピューティング推進室技術主幹の千嶋博氏は話す。

NEC
技術価値創出本部
量子コンピューティング推進室
技術主幹
千嶋 博

量子アニーリングとAI(機械学習)は、どちらも従来の計算方法では計算が難しかった領域をカバーする技術だが、AIは、要素となる事象の因果関係がわからない、説明できなくても、大量の過去のデータが手に入る問題に対して有効だ。対して量子アニーリングは、計算に当たり大量の過去データは必要なく、要素となる事象は説明できるが、その組合せ数が膨大で従来の手法では計算が困難だった問題の解決に威力を発揮する。このように、量子アニーリングとAIはそれぞれ得意領域が異なっている。

「そのため、まず社会問題全体を部分問題に切り分け、個々の部分問題に対して最適なソルバ(解法)を選択する必要があります。AI、従来の数理計画法、そして量子アニーリングなどを適材適所で使っていくことで、最適なソリューションができあがります」(千嶋氏)

そのようにして実際に量子アニーリングを活用した取り組みとして、千嶋氏は製造業における事例を紹介する。

「消費者のニーズが多様化した昨今は、多品種少量生産の時代になり、1つの工場の中でたくさんの製品を作らないといけません。そのため、生産現場では生産計画の立案が複雑化しているという悩みに直面しています」(千嶋氏)

それを解決するには、AIを用いて何をどれだけ作るべきかという需要予測を行い、その予測を基にどの順番で製品を加工するべきか、いつどのような手順で作るか、設備や人員をどう配備するかといったことを求める必要がある。これはすなわち組合せ最適化問題であり、活用できるのが量子アニーリングだ。

NECのグループ会社であるNECプラットフォームズの工場で行った検証では、締め切り日が異なる複数種類の製品を1つのラインで作る場合の、当日の生産計画の最適化を図った。まず問題全体を、需要予測の問題、当日何をつくるべきかという品種選択問題、どういう順番で作るべきかという生産順序の最適化問題という3つの部分問題に切り分けた。その上で、最適なソルバとして、需要予測問題はAI、品種選択問題と生産順序の最適化問題は量子アニーリングを選択した。

結果として、従来デジタル化が難しく熟練工でも毎日1時間かかっていた生産計画の立案を、量子アニーリングではたった数秒で、熟練工と遜色のないレベルで行うことができたという。

こうした製造業の事例のほかにも、NECではさまざまな応用研究を進めており、問題の性質によってAIや量子アニーリングの最適な組合せが可能なサービスプラットフォームの提供を目指している。

サービス提供でビジネスへの適用を加速させる

NECは、自社で量子コンピューティングの開発を進める傍ら、量子コンピューターの分野で世界屈指のメーカーであるカナダのD-Wave Systems(以下、D-Wave)と協業関係にある。この連携によって、NECはD-Waveの量子コンピューティングをクラウドサービスとして利用できる「Leap™ Quantum Cloud Service」を12月より開始した。「最先端の量子コンピューティングを利用したい企業に、当社が窓口となってサービスを提供します」と須藤氏。

その一方で、長年蓄積したハードとソフトの技術によって、超小型のベクトル型スーパーコンピューター「SX-Aurora TSUBASA」による「シミュレーテッドアニーリングマシン」を開発した。この製品をクラウドで利用できる「NEC Vector Annealing サービス」の提供も開始する。「当社のハードとソフトの強みが集結し、大規模で複雑な問題の解決にも利用できます」と千嶋氏は説明する。

NECではこうした技術・サービスの提供以外にも、量子コンピューティングの独特な概念、技術を広く理解してもらい、企業に根付かせるための取り組みも進めている。

「当社は数年にわたり、さまざまな企業と量子コンピューティング技術の適用について検討を重ねています。また、グループ内には生産工場や物流部門があり、各社との連携でノウハウを蓄積しながら開発を進められるのも強みです。具体的に動いている様子を見ていただくことで、検討に前向きになる企業が増えています」(千嶋氏)。これらのビジネス適用の知見から生まれたのが、「量子コンピューティング適用サービス」や「量子コンピューティング教育サービス」だ。

技術とビジネス実装の両面での支援によって、ゆくゆくは、ソリューションの中に量子が自然と溶け込み、意識せずに使える時代になることを目標としていると、須藤氏は語る。

「お客様が目指す姿や目標に対して、現実との間のギャップをどう解決するかが課題であり、それを明確にすることが第一歩となります。『量子コンピューティング』は、それらの課題を解くための1つの有効な手段であり、当社は、実社会で使えるように準備しています」

夢の技術から、ビジネスの課題を解決するソリューションに。量子アニーリングを中心としたNECの取り組みは、量子コンピューティングを活用できる未来がすぐそこにあることをうかがわせる。「量子コンピューターはまだ遠いものと思っている方も多いと思いますが、実際にはビジネスの課題を解決できるところまで近くに来ています」と須藤氏は力を込める。