DXの本質は知の「深化」と「探索」の新結合にある デジタル版「両利きの経営」どう実現するか
デジタル化は目的ではなくカルチャーを変える手段
山中 2020年以降、コロナ禍で移動の制限や非接触・リモートの新たな日常に対応するためにDXが加速しました。ただ、必ずしもうまくいっている企業ばかりではない。日本企業のDXの課題はどこにあるとお考えですか。
入山 コロナ禍で、DXをテーマにした講演の依頼が増えて、さまざまな情報をいただく機会に恵まれました。経営学の専門家としての視点では、それらから類推すると、うまくいっていない企業にはいくつかの共通点があるように思います。
その1つはデジタル化が目的になっていることです。デジタルはあくまでも手段で、大事なのは各社のパーパスであるはず。ところが、「他社もやっているから」「DXがバズっているから」と、会社としてどのような未来をつくっていくか、事業を通して何を提供したいかを考えることなくデジタル化を進めてしまうんです。
山中 ただ単にデジタルというテクノロジーを使うだけでは本末転倒ということですね。
入山 例えば、いまダイバーシティの重要性が叫ばれていますが、多様な人材を採用しても、新卒一括採用終身雇用時代の仕組みにのっとった人事制度や評価制度のままということはよくあります。でも多くの場合、結局は多様な人材が活躍できずに辞めていくのです。さまざまな要素がかみ合って構成される組織の中で、何か1つだけを変えても、それ以外の部分で相互に連動したままなので、全体は変わらない。経済学や経営学の「経路依存性」という理論に当てはまります。デジタルも同じで、導入しても組織や人材が以前の仕組み同士で適合していると、変革は起きません。
山中 ヴイエムウェアでは変革の柱として「People(人)」「Process(業務プロセス)」「Technology(技術)」の3つを掲げてきました。ヴイエムウェアは、テクノロジーを提供する会社です。しかし、それを戦略的、効果的に活用いただくためには、まさに「人」や「業務プロセス」、さらには、組織や文化の変革を促すことが最も重要だと感じています。
日本にはCIO人材が圧倒的に足りない!
入山 人の部分でいえば、感度の高い事業会社は、トップかその次の候補者がデジタル分野のリーダーになってきました。ただ、デジタル分野の経験者で、かつ事業のこともよく理解しているCIO人材は圧倒的に足りなくて、取り合いになっています。そもそも事業会社にはデジタル人材が少ないという問題があるんじゃないでしょうか。
山中 日本の場合、ITのプロフェッショナルの7割は事業会社の組織内ではなく、外部委託先であるパートナー企業にいます。そのため、自社の人材だけで内製化を進めるのは簡単ではないんです。
現在、デジタル変革を担当される方には、重要な役割が求められるとともに大きなチャンスが訪れています。そこでわれわれは、テクノロジーを戦略的に活用し、企業のビジネス変革を支える人材を育成するお手伝いをするため、デジタル人材開発プログラム「VMware Tanzu Labs」を提供しています。
お客様とお客様の戦略的パートナー企業から、ビジネスとしての価値を考えるプロダクトマネジャー、ユーザーにもたらす価値を考えるプロダクトデザイナー、そしてアプリケーションを開発するエンジニアのチームに参加いただきます。新規サービスの立ち上げや顧客起点のサービス開発を熟知したわが社のメンバーが、お客様と伴走しながら、3カ月ほどかけてMVP(Minimum Viable Product:実用最小限のプロダクト)となる新しいサービスを作るんです。開発プロセスを体得するだけではなく、DXを実現するために必要なチームづくりやカルチャーも身に付けることができます。日本の組織は、「早く失敗して早く改善する」という発想が得意ではない。
そうした特徴から、新規サービスをリリース後も柔軟に機能を追加、変更することを前提としたアジャイルな開発とカルチャーを学ぶことで、人や組織の変革が起きればいいなと。
入山 失敗を許容する発想は重要です。両利きの経営では、既存のビジネスを深掘りする「知の深化」と、新しくイノベーションを起こす「知の探索」を同時に進めます。日本企業が苦手としているのは探索の側。著名な起業家はみんな一見、天才のようですが、実際は失敗王で、探索して失敗を繰り返すうちにイノベーションにたどり着いています。ところが日本企業は完璧主義で、失敗を前提として考えることに慣れていない。そのマインドを変えていくという意味で、ヴイエムウェアの人材開発プログラムは興味深いですね。
人の変革に加えて、事業会社が評価制度も変えてくれるといいですね。日本のレガシーな組織は成功か失敗かという紋切り型で評価をするので、社員は失敗をおそれて挑戦しなくなってしまいます。例えば、定性的評価を取り入れた「ノーレーティング※1」や、アクションをしたら成功失敗を問わず評価する「OKR※2」などを取り入れると、より探索しやすくなるはずです。
山中 日本は変われるだけの素地があると思います。多くの人が当たり前にスマホのアプリを使いこなすように、実は暮らしの中でデジタル化は進んでいます。それをエンタープライズでもやればいい。ぜひ勇気を出して変革に踏み出してほしいですね。
※2 OKR:Objectives and Key Resultsの略。定性的かつ組織的な高い目標を設定し、それにひも付く定量的な目標を達成するために起こしたアクションを定性的に評価するフレームワーク
自らの意思でデジタル版両利きの経営を
山中 DXには、レガシーなものを壊して根底から新しいものをつくっていくアプローチと、既存のシステムを活用しつつ別のところで出島的に始めるアプローチがあります。入山先生は、どちらが効果的だとお考えですか。
入山 前者は現実的に難しいでしょうね。両利きの経営でも、トップが「明日からみんなで『知の探索』をやるぞ」といきなり変革を迫ると失敗します。人体になぞらえれば、これまで「深化」しかしてこなかった企業は、体が冷えている状態です。そこに西洋医学的な大手術をすると、体への負担が大きすぎて耐えきれないんです。探索する組織になるには、まず東洋医学的に体を温めていくプロセスが必要です。
山中 実は企業が「これまで」投資してきたIT資産(システムやアプリケーション)はけっこう優れています。ですから必要なものは捨てずに使い続ければいい。ただし、そのままでは「これから」の投資との両立において非効率なところがあるので、「これまで」と「これから」をつなぐテクノロジーを活用して投資を最適化していかないといけない。
入山 まさにそこにDXの意味があるのではないでしょうか。AIの進化で人の仕事が奪われるという話がありますが、AIに知の探索はできません。イノベーションを生み出せるのは人だけです。一方、知の深化はデジタルで自動化が可能ですから、どんどん効率化を進めて、人のリソースを探索、イノベーションにシフトさせていくべきです。もちろん探索するにも新たなシステム投資は必要です。ただ、いまはSaaS型のサービスもたくさんありますから、とりあえず始めて、使わなかったらやめればいい。アジャイル的な発想でいいと思います。
山中 ヴイエムウェアが得意としているのは「Power of AND」です。これまでのシステムかこれからの新しいテクノロジーかという「OR」に陥ることなく、両方とも、つまり「AND」の考え方で、DXの実現をサポートする1つのプラットフォームを提供します。私たちのテクノロジーはSaaSを含むさまざまなクラウド同士を接続するだけでなく、それらと自社で保有するシステムをつなぐ「懸け橋」になり、大きな基盤として業務プロセス全体を支えます。これによって事業の深化を効率的にするだけでなく、探索と新結合させて新しい価値を生み出せる「二刀流」のIT投資が可能になると考えています。
入山 すばらしい世界観ですね。両利きの経営では、深化と探索の両方をバランスよく進めることが大切です。DXをベンダー任せにしていると、そのバランスが極端になったり、特定のクラウドに偏って身動きが取れなくなったりするおそれがあります。ヴイエムウェアの仕組みは、「デジタル版両利きの経営」を支えるインフラ。事業会社はこの仕組みを活用して、自分の意思を持って能動的に選択していってほしいですね。