大阪大学×パーソル「バイオDX人材」育成への本気

急成長のバイオ医薬品市場を襲う深刻な人不足

大阪大学大学院工学研究科は2021年9月、パーソルテンプスタッフと協働で「パーソル高度バイオDX産業人材育成協働研究所」(以下、研究所)を開設した。急伸しているバイオ医薬品市場を支える高度人材の育成を目標としているが、特徴的なのは「文理融合型」であること、そして新しい人材評価法を構築しているところだ。研究所開設にはどんな狙いがあるのか、所長を務める大阪大学大学院工学研究科・大政健史教授と、パーソルテンプスタッフの吉田智寿氏に話を聞いた。

「年9.6%」成長しているバイオ医薬品市場

バイオ産業が世界の成長エンジンとなって久しい。経済産業省によれば、市場規模は2030年に約200兆円にまで達するとされる※1

とりわけ著しいのが、バイオ医薬品の伸びだ。19年時点の市場規模はすでに5000億円超。19年から26年の年平均成長率は9.6%となっている※2

なぜここまで伸びているのか。大政健史氏は、こう説明する。

大阪大学 大学院工学研究科 教授
大政 健史氏
大阪大学工学部醗酵工学科(現:生物工学専攻)卒、同大学院博士課程修了。2015年から大阪大学教授。日本動物細胞工学会会長、日本生物工学会理事

「やはり『よく効く』ことに尽きます。バイオ医薬品は、抗体やホルモンなどの生体分子を応用して設計されますが、テクノロジーの発展によって複雑な設計にも対応できるようになりました。さらに医学の進歩によりさまざまな病気のメカニズムが解明されたことも相まって、特定の病原菌、病気の因子に狙いを定めて攻撃できるようにアップデートされてきました」

数々のイノベーションを起こし、急成長中のバイオ医薬品業界。しかし裏では、急激なニーズ拡大に製造現場の人的リソースが追いつかないという問題が生じ、現場を悩ませているという。

「あまり知られていませんが、バイオ医薬品の製造現場で人材が不足しているのは事実です。とりわけ、高い技術力や開発能力を持つ人材、品質評価や品質保証を担える人材が不足していることが、今大きな課題となっています」(大政氏)

実際、大政氏が委員長を務める経済産業省の小委員会の報告書※3にも、こう記されている。「バイオ製造に係る人材の不足は、新たな技術シーズの社会実装を進める上でのボトルネックになるほか、海外の製造受託企業への依存にもつながることから、製造を担う人材の育成も必要である」。

何をもって「優秀な人材」とするかその基準が不明瞭な現状

「バイオ医薬品市場の伸びを支えるため、私たち工学研究科が果たすべき役割は大きい」と語る大政氏。その思いに呼応する形で研究所の設立を呼びかけたのが、パーソルテンプスタッフの吉田智寿氏だ。

同社はここ約20年で臨床開発・研究開発を担う3000社に、延べ4万5000人を派遣してきた実力派。派遣サービスでは業界トップクラスのポジションにあるが、吉田氏は長らく「ある懸念」を抱えていたと明かす。

パーソルテンプスタッフ
研究開発事業本部R&D企画部 部長
吉田 智寿 氏

「バイオ医薬品の製造は、すべての工程でミスが許されません。しかし研究開発に携わる人材の能力を測る、明確な指標がないんです。何をもって『優秀な人材』とするか、その定義がありません。海外では『知識』『スキル』『職能』の3指標に沿って評価されるケースが多い。一方日本では『学歴』『査読付き論文数』が技術者の主な評価材料とされていて、客観性に欠けるんです。日本にも新しい評価基準を導入するべきだと、日々考えていました」

吉田氏がこうした思いを強く持つようになった背景には、ここ数年でバイオ専門職の派遣実績が急増していることがある。2015年度は、研究開発部門の派遣実績のうちバイオ専門職は12.5%だったのが、20年度には29.9%と倍以上になった※4。これは、大政氏の指摘する人材不足と無関係ではないだろう。

「本来、しっかりと育成カリキュラムを組み、一定の職能に達するまでサポートしてから送り出すべきですが、明確な評価基準がないため、できるのは基礎知識の研修程度。結局は派遣先のOJTに委ねざるをえないのが現状です」

OJTで得られるスキルはその派遣先に特化したものが中心となり、次のキャリアステップで生かせないことも多い。派遣先が変われば一からOJTを受けることとなる。本人がスキルアップを目指そうとしても、自らの能力がどの程度なのかわからないため身動きも取れない。

「ならば、職能を指標化してキャリアパスとひも付ける仕組みを作れば、一人ひとりが自律的にキャリアを積んでいけると考えました。当社もサポートしやすくなりますし、派遣先企業も、自社が希望するスキルを持つ人材を的確に活用することができます」

吉田氏の強い意気込みを前にした当時のことを、大政氏はこう振り返る。

「学内でも外部の方とも、バイオ人材育成の問題点について話す機会は多くあります。ところがほとんどの場合、話すだけで終わってしまう。課題があるのはわかっていても、誰も動き出さないんです。しかし吉田さんは真摯に、具体的なアクションへと一歩踏み出している。このことにとても感動しました。『日本のものづくり産業界全体の発展につなげたい』という熱意にも共感し、共に研究所設立に向けて取り組むことを決意しました」

日本の研究開発に漂う「閉塞感」を打破したい

こうして2020年9月から、議論がスタート。約1年間の準備期間を経て開設に至ったのが、前述の研究所だ。国際規格に準拠した職能基準を導入し、高効率な高度人材育成システムを確立して、研究開発人材のキャリア創造とイノベーションの推進を目指す。

大阪大学はもともと民間企業との共同研究に積極的な姿勢で知られ、これまで100社以上と共同研究講座や研究所を設置してきた。しかし今回の研究所は、とくに高い独自性を放っていると大政氏は明かす。

「人材開発を主眼に置いた、しかも文理融合型の協働研究所の設置は、大阪大学でも初めてのこと。また、新しい人材評価の確立を狙いの1つに据えている点でも新しい取り組みです」

大阪大学で人材評価やキャリア・デザインの研究に取り組んでいる、大学院国際公共政策研究科・松繁寿和教授が文系の研究科に所属しているため、文理融合を実現しやすかったという背景もある。総合大学である大阪大学の強みが、組織体制に存分に生かされた格好だ。

「今、技術トレンドが変化するスピードは確実に早まっています。学生時代に専攻したテーマで生涯研究し続けることはもはや考えにくく、一人ひとりが自ら職能を獲得して、キャリアを積み上げることが重要になってきています。日本でもこうした流れに沿った人材評価、育成の仕組みを完成させたい。そうすればアカデミアの研究成果が、ビジネスにももっと生かされやすくなるはず。ビジネスの現場で学位取得者が敬遠されるような風潮は、一刻も早くなくしたいですね」(吉田氏)

閉塞感漂う日本の研究開発。そのあり方を根本から変え、研究者の自由な意欲と潜在能力、行動力を引き出したい――。「高度バイオDX産業人材」という言葉には、そんな大政氏と吉田氏の思いが込められているようだ。

「そもそも今の時代、文理融合でビジネスをしている企業が多数。産業界の人材評価・育成への貢献を目指す大学だって、当然そうあるべきです。DXの潮流の中で、研究者の能力や知識を多彩な領域で生かせる時代がやってきました。その社会的背景を味方につけて、自在にリカレントしてリキャリアできる仕組みを作っていきたいと思います」と、大政氏は力強く宣言する。

大政氏が所属する工学研究科生物工学専攻は、今年で125年目。前身となる大阪高等工業学校醸造科では、日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝も学んだ。まさに、日本のバイオ産業の"源流"の1つだ。バイオエコノミー社会の実現を前に、再びこの大阪の地から、新たな時代の胎動が聞こえてくるかもしれない。

>理系人材が「ものづくり日本」を支えていく

※1 出典  経済産業省 商務・サービスグループ ⽣物化学産業課「スマートセルインダストリーの実現に向けた取組」平成29年12⽉19⽇
※2、※3 出典  経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会バイオ小委員会(委員長 大政健史)資料「バイオテクノロジーが拓く『第五次産業革命』」2021年2月発表
※4 パーソルテンプスタッフ調べ
※この対談は、十分なソーシャルディスタンスを確保したうえで行いました
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