「DX投資に失敗しても会社は潰れない」の真意とは 投資前の実証実験“ケチが高くつく”納得理由

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Musashi AIが開発を手がける自律走行搬送ロボット(AMR)
愛知県豊橋市に本社を置く武蔵精密工業は、自動車業界でティア1に位置する大手部品メーカー。典型的なものづくり企業だが、近年は自社で展開したDXを発展させて、AI領域の新規事業にも乗り出している。ものづくりに特化していた企業が、DXに向けて「組織」「人材」「投資」という3つの壁をどう乗り越えたのか。同社の大塚浩史代表取締役社長に、日本ディープラーニング協会理事も務めるエヌビディアの井﨑武士氏が迫った。
エヌビディア合同会社
エンタープライズ事業本部
事業本部長
井﨑 武士氏

井﨑 武蔵精密工業(以下、ムサシ)は、自動車部品産業の中で確固たるポジションを築いています。一方、創業100周年となる2038年に向けた新たな旗印として、今年4月にムサシ100年ビジョン「Go Far Beyond!枠を壊し冒険へ出かけよう!」を策定されました。どのような思いでビジョンを打ち出したんですか。

大塚 ムサシは83年間続いているものづくりの会社で、過去60年はオートバイや自動車のメカ部分で事業を大きくしてきました。ただ、自動車産業は100年に一度の大変革期。

武蔵精密工業
代表取締役社長
大塚 浩史氏

既存の自動車から電気自動車に代わることで、1台当たりに必要な部品点数は、これまでの約3万点から1万~1万5000点に減ります。このまま何の手も打たないでいると、業界ごと縮小してしまうリスクがあるんです。成長を続けるには、これまでの自動車部品メーカーとしての枠を壊して、テクノロジーで社会を支えるエッセンシャルカンパニーを目指さなければいけません。 

現在、従来の枠を超えたさまざまな新規事業に取り組んでいます。例えば再生エネルギー活用のための蓄電デバイス開発や、植物バイオ事業にも挑戦しています。

井﨑 枠を超える新規事業の1つが、AI領域ですね。19年にはイスラエルのAIベンチャーと組んで、Musashi AIを設立。開発したAI外観検査機はトヨタ自動車本社工場に導入され、20年12月より量産稼働しています。また、Musashi AIは同じグループ子会社の634AIと提携して、鈴与でAMR(自律走行搬送ロボット)の実証実験を行いました。これらの事業はどのような経緯でスタートしたんでしょうか。

目視検査をAI化するAI外観検査装置

大塚 私たちはかねて工場の自動化に取り組んできました。自動化の目的は、人手をかけずにものづくりの競争力を高めること、社員を高負荷作業から解放することの2つです。

 例えば検査は、高負荷作業の1つです。ムサシは本社工場だけで1日5~10万点の部品を出荷しています。最終的な検査では、傷や打痕がついていないか人の目視で確認するんです。

AIを活用した外観自動検査

私も若いときに経験しましたが、こういう作業の繰り返しは単調で、やっているうちに「今日の夜ご飯は何にしようか」などと集中力が切れてくるんですね。不良品を見逃してそれが自動車に組み込まれたら、人の命が危険にさらされかねません。リコールが発生すれば経済的にダメージが大きく、社会的制裁も受ける。目視検査は一見簡単なように見えますが、実はわずかなミスも許されない非常に重要な作業なのです。

搬送作業も同じです。自動車部品の材料である鉄はとても重く、こうしたものを人の力で運ぶのはとても大変なことだと前々から思っていました。

 これまでは、検査や搬送を自動化するテクノロジーがありませんでした。しかしAIが発達して、社内で実現できるようになった。そこで、事業化して社外にも提供を始めたという経緯です。AIありきで考えていたのではなく、あくまでも現場の困り事を解決するために使ったテクノロジーがAIだったわけです。

縦割り組織でAIプロジェクトを成功させる方法

井﨑 AI領域の事業化以前に、そもそも社内におけるAI活用でつまずく企業も少なくありません。成功のポイントは何ですか。

大塚 目指すアウトプットを明確にすることです。DXの本質は「データをつなぐこと」ですが、アウトプットにつながらないものをデータ化しても意味がありません。私たちのアウトプットは「仕事を半分に減らす」と、「スピードを倍にする」です。この2つを掛け合わせ、生産性が4倍になるようにDXを進めました。

 次のステップは、たまったデータを活用して新しい価値を生み出すことです。AIを活用した検査では、まず現場の作業を楽にして、その次に、品質データを活用することで、そもそも不良品を出さない生産ラインを整えていく。

AIやIoTは、あくまでも道具にすぎません。DXという言葉に踊らされて、最初から大きなことをやろうとすると間違ってしまう。まずアウトプットを決めて、それを実現させる道具として使い始めるのがポイントだと思います。

井﨑 実際にDXを進める中で障害になりうるのが、組織体制の問題です。例えば、DX推進部をつくっても、事業部の協力が得られないケースはよくあります。DXを行えば少なからず既存の枠組みが壊れるので、現状でひとまず業務を回せている事業部からすれば、日々のフローを邪魔される感覚になるようです。御社は組織の壁をどうやって解決したんですか。

大塚 私たちのようなものづくり企業には、本来、ピラミッド型の縦割り組織が適しています。ただ、DXの性質は、情報をオープンかつフラットに扱うもので、ものづくりとは根本が違います。そこでAIの導入に関してはプロジェクト型の組織体制にしました。メンバー同士の関係性はフラットにして格差をつけず、情報も全体で共有します。半年から1年のショートサイクルでプロジェクトを回して、スモールサクセスを積み上げながら大きな流れをつくっていきました。

実は当初、担当社員は専任にするつもりだったんです。しかし、各部門から「彼は手放せない」と苦情がきた。そこで、リーダー以外は兼任にし、業務時間の2~3割をプロジェクトに割いてもらうようにしました。結果、うまく回り始めましたね。

若手が自由にできる環境を与えればAI人材が育つ

井﨑 DX推進では、人材の確保も課題です。残念ながら日本にはAI人材が少ない。日本ディープラーニング協会も、日本にAI人材を増やしたいという問題意識から設立されました。

大塚 確かにAI人材の不足は困った問題で、社内にはいないことが多いし、採用も簡単ではありません。ただ、当社は本社だけでも1000人を超える社員がいます。ひょっとしたら、近しい趣味を持つ社員が1人はいるかも、と思って社内公募をしたところ、毎年AIに主眼を置いたカンファレンス『NVIDIA GTC』を見るという若手が2人いました。

この2人をメンバーにし、ゴール設定だけしてあとは自由にやってもらいました。もちろん、健康管理や残業代の支払いは行いますが、勤務時間の自由度はスタートアップと似ているかもしれません。しばらくすると成果が出始めて、社内外から「自分もやりたい」という人が集まり始めた。今は10人を超える規模の組織になっています。

井﨑 必ずしも、高度な知識を持つ専門家を社内に持たなくてもいいんですよね。すでにさまざまなアルゴリズムが出回っているので、自社のデータや機器と融合させてモデル化できるエンジニアがいればいい。大企業ならなおさら、そうした能力を持った人材が隠れていてもおかしくありません。社内公募で人材を引き上げるのは、とてもいいやり方だと思います。

DXはインフラ。投資しないほうがリスクが大きい

井﨑 DXをスムーズに進めるための投資について、何か意識されていることはありますか。

大塚 DXはインフラ投資だと思って、けちらずにやることが重要です。部分最適を重ねても、後で全体をつなげようとしたときに、とんでもなくコストがかかります。DXの構想には、全体俯瞰とふさわしい投資が必要で、これは経営者の役割です。

井﨑 日本企業は、投資判断のために小規模な「実証実験」で成果を検証しがちですが、そもそもスモールすぎては成功しないことが多々あります。成果を出せるだけのスケールは必要で、それだけの投資をするにはトップの強い意志が欠かせない。その点、大塚さんの意志は明確ですね。

武蔵精密工業では、製造現場の自動化が進んでいる

大塚 私は、最新の道具を使って戦いに勝ちたいんです。勝つためには、変化に翻弄されるのではなく、自らが変化を起こす側にならなければいけません。そして変化を起こすには、先端のテクノロジーを使いこなすことが必要です。新しいものに積極的に投資をしていくことは、経営者なら持つべきマインドでしょう。

DX投資といっても、ものづくりの設備投資に比べればずっと小さい額です。仮に失敗しても会社が潰れることはありません。むしろ、変化の時代に何もしないことがリスク。いちばん怖いのは、失敗を恐れて躊躇しているうちに、自社の競争力が落ちてしまうことです。

井﨑 DXの本質は、デジタルをベースにビジネス変革を起こし続けること、そしてそれができるカルチャーをつくることにあります。新しいものを導入するだけでは、こうしたカルチャーは醸成されません。経営者の方には、組織、人材、投資という環境を整えてこそDXが継続的なものになる点を意識していただきたい。そして、私たちもぜひそのお手伝いがしたいですね。

【11月8日(月)~11日(木)開催】
〈新しい世界へ飛び出そう!!NVIDIA主催オンラインイベント〉


 2021年春、世界中から20万人以上の参加者を集めたテクノロジーカンファレンスの雄、『GTC (GPU Technology Conference) 』。さらにエキサイティングなコンテンツが加わり、11月に再開催が決まりました。

 11月8日(月)〜11日(木)の4日間、AIやディープラーニングに関する最新情報や、各国での成功事例など、数々のセッションや技術トレーニングが繰り広げられます。

 NVIDIA のエキスパートたちをはじめ、世界で活躍する研究者や、DX(デジタルトランスフォーメーション)を牽引する日本のビジネスリーダーらによる 500 以上のセッション、トレーニングワークショップなど、インスピレーションと魅力にあふれるコンテンツに加えて、交流の場も用意しています。ぜひご参加ください。

参加費無料|事前登録制
URL: https://nvda.ws/3AclkaP

11 月 9 日 (火) 17:00 (日本時間) は、 NVIDIA 創業者/CEO 、Jensen Huang の基調講演です。世界が直面する難題をテクノロジーの発展により解決していく、驚きの新提案が盛りだくさんです。

11 月 10 日 (水) 11:00 (日本時間) には、本対談にご登場いただいた武蔵精密工業の大塚社長と、NVIDIAの井﨑による、日本語での注目セッションもございます。(セッション ID: A31613)
DXに成功する企業とそうでない企業との違いを探るべく、大塚社長へのインタビューを通じて、DX 成功企業の「組織像」「経営者像」に迫ります。