都市OSに「リアルタイム人流データ」が必要な訳 スマートシティは市民が参加して実現できる
有事と平時で異なるデータ活用への抵抗感
内山 unerryでは、GPSやビーコンなどを組み合わせた人流を中心とした、人々のリアル行動ビッグデータをリアルタイムに蓄積・解析しています。目指しているのは、実社会をデータ化し、新たな社会の「うねり」を創出すること。
行動をデータ化することで混雑回避や、スマートシティの実現を推進したい。その中で大事にしているのは、生活者が「周りの環境が自分をすごく理解してくれている」と感じられること。オプトインによる自身が提供したデータの活用により自分が心地よい行動を選択できる社会をつくりたいと考えています。
中村 われわれもオプトインに重点を置いています。データは市民にひも付くわけですから、本人が自分のデータが活用されていることを自覚している状態が前提。それに“気持ち悪さ”を感じるのではなく、自分や地域、次世代にとって有益であると腹に落ちた状態になれば、日本社会のDXは成功します。
内山 日本の今の法律では、位置情報単体では個人情報に当たりませんが、海外では国によって個人情報として扱われることもある非常にプライバシー性の高いデータです。だからこそ、データ提供のメリットをエンドユーザーに、どう返すかという体験の実装が非常に重要です。
中村 電気通信事業者は、緊急通報を扱う際には発信者の位置情報を通知する機能を義務付けられていますよね。これは事件や事故に迅速に対応するためで、そのメリットは言わずもがな、多くの人が理解するところだと思います。
そして、平時にもデータ活用できないと有事だけ機能するのは難しい。ただ、データを活用するという状況は同じでも、有事と平時では市民の持つ印象は変わるわけです。平時における活用拡大に関しては、行政や事業者も個人データの扱い方に哲学を持つ必要があると思います。
内山 同感です。われわれは、19年から位置情報を軸にしたマーケティングやサービス施策を促進する事業者団体(LBMA Japan)を設立し、ガイドラインを作成するなど業界の健全な発展に寄与するため動いてきました。オプトインのデータ活用には、こうした取り組みが不可欠だと考えています。また、ガイドラインに基づいたデータの取り扱いに加え、いかに良い消費者体験を作るかということも重要です。例えば、リアル行動データ解析による「個人の嗜好に合った情報や店舗のレコメンド」という消費者体験は歓迎されるという結果も出ています。こういった体験をしてはじめて「平時にも、もっと活用しよう」という気持ちになるんだと思います。
「データは市民のもの」との価値観に根ざした都市OS
中村 アクセンチュア・イノベーションセンター福島は、市民中心の次世代社会創造を目指し、市、大学、地元企業などと共に10年にわたり先端デジタル技術を駆使した都市づくりを推進してきました。その中で、とりわけ大切にしてきたのは「データは市民のもの」という考え方。市民への還元を約束し、明確なオプトインをいただいた上でデータを活用しています。このように、DXを前提としたスマートシティでは、自治体からの強制ではなく、市民の能動性をベースにしたインタラクティブな関係の構築が望ましいです。
内山 市民に能動的になってもらうには、さまざまな事例を示して、自分のデータが社会にどう役立つかを知っていただく必要がありますよね。例えば、unerryの「お買物混雑マップ」は、店舗の混雑度を可視化する無料サイトで、とくにコロナ禍で三密を避けるため、多くのユーザーに有効活用いただいています。自分が提供したデータは巡り巡って自分に返ってくるという体験が重要ではないでしょうか。
中村 おっしゃる通りだと思います。いくらデータを可視化したところで、自分の行動変容と無縁であれば、オプトインに前のめりになれません。集団のベネフィットを生み出すには、まずは個の成功体験に基づく行動変容がなくては難しい。会津では10年前にエネルギーの見える化の一環として、スマートメーターを用いた消費電力のエネルギーマネジメントをはじめました。住民はスマートフォン上でメーターを確認でき、掃除機をかけるとメーターが跳ね上がる様子をリアルタイムで把握できます。そうすると掃除機の使用時間を減らそうという行動に変わる。これはカーボンニュートラルにも通じることで、データのオプトインを追求していくと必然的にSDGsやWell-beingにつながるはずです。
内山 会津若松市のスマートシティ実現のカギは、地域データを蓄積する、IoTプラットフォーム「都市OS」だと伺っています。中村さんの見据える「都市OS」の全国展開が実現したら行政のデジタルシフトは、一気に加速するのではないでしょうか。
中村 都市OSの特徴はスマートシティの構築に欠かせない、市民とのインタラクティブポータルにあると考えています。市民目線で考え、行政と市民とのタッチポイントをインタラクティブポータルにまとめ、地域情報を網羅した状態に向けて開発を進めてきました。
都市OSは医療や金融、通信、教育などの膨大なデータを蓄積する基盤ですから、データを集めるところも重要。例えば、生活者の購買行動を知るには、デジタル通貨が有効です。会津若松市は現金利用率のほうが高いので、じゃあどうするかということで、決済手数料ゼロのシステム導入を検討し全店舗での決済デジタル化を目指した取り組みを始めています。
データの利活用は「将来の社会に参画する」手段へ
内山 unerryでは、人流データの網羅率がここ1年で大きく伸びました。網羅的な人流データと網羅的な購買データがそろえば、因果関係を見出せます。そこにユースケースを掛け合わせることができれば、ヘルスケアの充実やフードロスの削減など社会課題解決の一手を導き出すこともできるはずです。生活圏の生産力や購買力もデータを活用することで大きく変わる部分だと思います。
中村 私も同意見です。データが取れるようになれば、医療や食の需給をマッチングできます。それができないうちは、フードロスのような問題を根本から解決することは難しいでしょう。生産データだけではなく、購買のデータやそのほかのデータを含めて、領域横断で俯瞰して戦略を練ることができるのが、スマートシティですよね。
内山 中村さんは都市OSの先に、どのような未来を見据えていらっしゃるのでしょうか。
中村 自律分散型社会の実現です。現在、日本の国土計画は地域の「コンパクト+ネットワーク」(※2)を推進しています。都市同士が連携し、地域と地域の交通網を再編することで実現できます。具体的には、空港や新幹線などの恩恵を受けることのできない地方中小都市でも、飛行艇を使って湖同士をつなげないだろうか、ということです。
例えば、私のいる会津の猪苗代湖と京都の琵琶湖を結ぶと1時間半。飛行艇を活用した高速移動ができれば、働き方の多様化への対応、新たな観光ルートの開発、地方の被災地復興活動にも貢献できるでしょう。第二居住エリアとして発展する都市も出てくるかもしれない。このあたりにもリアルタイム人流データは生かせそうですよね。
ただまずは、オプトインに対する理解が深まり、自分自身が将来の社会へ参画するために心からそれを受け入れる流れができていってほしいと思います。
内山 心地よい生活につながると信じられる、良質なデータ活用を実現することはわれわれにとっても大事にしていきたい価値観です。
(※2) 「コンパクト+ネットワーク」:国土計画において中心的課題とされる東京一極集中の是正を目的とする、地域拠点を形成してネットワークでつなぐ構想(国土交通省 「国土計画や都市圏構想の変遷」参照)