専業で約100年、パナソニック「換気」今昔物語 90年代米国での大逆転劇と世界1位の矜持
北米で起こした大逆転劇
現在、パナソニック エコシステムズは国内事業と併せ、中国、北米、中東、アジアなどを中心に約40カ国・地域へ換気扇の販売を展開している。同社のグローバル展開で「伝説」になっているのが、北米換気扇事業の開拓だ。その立ち上げを担った1人に、小松青磁氏がいる。
「1993年当時、うちの換気扇は北米の現地のものより価格が3倍ほど高く、販売網も知名度もゼロだったため、初めの数年は相手にされませんでした。『ものはいいけど、高すぎる』というのがもっぱらの反応で、正直、何度も絶望的な気持ちになりましたよ(笑)」(小松氏)
それでも、試行錯誤を何度も繰り返す中、小松氏はある人物と出会い、大きな転換を迎える。
豊富なコネクションを持つ換気扇コンサルタントのドン・スティーブン氏だ。そして彼から、画期的な換気の方法について提案を受ける。
「24時間換気です。今でこそ日本や欧米で浸透していますが、ホームセンターなどで売られている安価で音の大きな換気扇が一般的であった当時のアメリカではその発想すらありませんでした。換気扇を24時間運転することで、室内に汚れた空気を滞留させないという換気の方法です。当時は、住宅建材から出る有害物質やカビ・ダニの問題などが顕在化もしていて、24時間換気に対する潜在的ニーズは感じていました。そこで、換気扇そのものというより、健康でかつ快適な暮らしをもたらすという『健康機器』として売り出したのです」(小松氏)
24時間常時運転するのであれば静音・省エネで、しかも長寿命でなければならない。
「現地メーカーよりも価格は3倍であったものの、圧倒的に優れた商品なので、特長を全面に打ち出し、販売活動を行いました」(小松氏)
一方で、大学や州政府などに、24時間換気の必要性を丁寧に説明していった。それにより、24時間換気が法令で義務づけられたり、住宅公団に商品を推薦してもらったり、国際的省エネルギー制度※の認定基準に静音性能が入ったりなど、換気扇市場も大きく変化し、追い風が吹いた。
パナソニックの換気扇は、ゼロだった北米市場において「静音・省エネ・長寿命」というコアコンピタンスを武器に、小松氏による市場の開拓、そして、後任者による市場密着商品開発に基づくマーケティング戦略の構築で、90年代末ごろから市場認知とシェアを拡大、右肩上がりに成長していった。現在では、24時間換気を行う高付加価値換気扇で高いシェアを誇り、年間170万台以上を販売するまでに至っている。まさに、「新しい市場」を創造したのだ。
※ENERGY STAR:1992年に開始した米連邦政府(環境保護庁/エネルギー省)が推進する機器や建物などの省エネルギー性能の認定制度
カタログの分厚さという価値
こうした海外での事業展開について、同社執行役員(取材当時)・池田博郎氏はこう話す。
「換気の重要性を、時間をかけて地道に広めていくこと。そして製品をただ輸出するのではなく、現地にきちんと根を下ろし、開発・製造・販売のすべてを地元で行い、地域で求められている換気扇を提供すること。国や地域により状況は変わるものの、弊社の海外事業にはそうした共通の哲学があります。北米や中国、ASEAN全域、インド、中東などの事業でも、それは変わりません」(池田氏)
パナソニック エコシステムズが換気扇の生産を開始したのは、1928年ごろのこと。もともと扇風機の生産を行っており、そのノウハウを構造の近い換気扇に生かした形だ。その後、高度成長期における換気扇需要の大幅な増加に合わせて事業を拡大し、換気の促進・進化を牽引し続けてきた。換気扇の累計生産台数は、グローバルで2億台超。グローバルシェアは、居住市場向け主体で世界1位の約10%となっている※。
そんな同社の本質的な価値は、どこにあるのか。同社の製品・サービスを通じ、ユーザーや施工会社などの顧客が得られるのは意外なものだ。
「手前ミソにはなりますが、仕様のレベルや性能の高さでは、断トツだと自負しています。そしてもう1つ、弊社が非常に重きを置くのが、品ぞろえの豊富さです。どんなに性能がよくても、お客さまが求めるものでなければ、お客さまを幸せにはできません。だからこそ、お客さまに求められる製品の大きさや形、設置される環境条件に合わせた仕様にきちんと応えられることが、とても重要になるんです。
そこで弊社は、効率化が叫ばれる現代にあって驚くほどの多品種・小ロット生産を採り入れることで、あらゆるラインナップを取りそろえています。そのために手間暇かけてのセル生産体制と徹底した自動化やAIの導入による効率化と両輪でものづくりをしています。なんてアナログなと思われるかもしれませんが、“カタログの分厚さ”こそが、弊社の本質的価値なんです。羽根とモーターで112年商売を続けてきた専業メーカーだからこその強みといえます」(池田氏)
コロナ禍が起こり、換気に対するニーズが大きく増している。同社は、換気の今と未来をどう捉えているのか。
「大変な時代になってしまったと思う反面、換気の真の大切さを広くお伝えする機会とも捉えています。その一環として、大人数に利用されることの多い非住宅分野での換気事業に、これまで以上に注力します。さらに先の目線でいえば、換気事業を通して皆さんの『健康長寿』を実現することをミッションとしています。人間は人生の約9割を室内で過ごしますからつねにしっかり換気をすること、今後さらに最適な空気質改善提案をさせていただくことで、それは実現できるはずです。健康寿命が延びれば、社会保障費や人口減少といった社会問題の改善にもつながります。そうした『換気を通じた社会貢献』を、世界レベルで行っていきたいです」(池田氏)
これまで関心が集まることの少なかった「換気」が、実は健康や快適性に大きく関わっている。それを世に広め、世界をよくしようと目論む日本企業がある。同社がもたらす換気の未来に注目したい。
※2020年6月現在。パナソニック エコシステムズ調べ