企業の競争力を高める「正しいアジャイル」とは

『AX戦略』出版記念セミナーで何が語られたか

コロナ禍で事業環境の変化がますます加速する中、企業変革が進みにくいといわれる日本企業も、スピードを上げて変革に取り組むことが求められている。では、どうすれば、変革の速度を上げられるのか――。その答えの1つはアジャイル企業になることにある。2021年8月に『AX(アジャイル・トランスフォーメーション)戦略 次世代型現場力の創造』を出版したベイン・アンド・カンパニーに所属する組織変革、アジャイルのエキスパートが、経営理論の学識者と共に、日本企業の現状やAXの意義、進め方や陥りやすい課題などについて語り合った。
共催:東洋経済新報社 ベイン・アンド・カンパニー

単独講演
世界の経営学からみるAXの必要性

早稲田大学大学院
早稲田ビジネススクール 教授
入山 章栄氏

早稲田ビジネススクールの入山章栄氏は「アジャイルはイノベーションを起こす有効な手段だ」と語った。

イノベーションは、遠くにある知を持ち帰って、既存の知と組み合わせる「知の探索」と、儲かりそうな知の組み合わせを深掘りする「知の深化」をバランスよく行う「両利きの経営」が必要となる。ところが、多くの企業は効率を求めるため、無駄が多い「知の探索」がおろそかになっていると、日本でイノベーションが起きにくい理由を分析する。

アジャイルチームは、現場に近い複数部署のメンバーで構成される。そのため、社内の知見を集めやすく、顧客の声も聞けるので、イノベーションの急所の「知の探索」を加速できる。また、さまざまな要素が複雑に絡み合う組織では、一部分の変革でも組織全体の見直しが必要になる「経路依存性」の問題があるが、多様な部署にまたがるメンバーで構成されるアジャイルチームは、変革を妨げる経路依存性も打破しやすいと指摘した。

挑戦し、失敗しても、その失敗を受け止めて軌道修正しながらプロジェクトを進めるアジャイル方式は、失敗が生じることが前提になる。そこでは、「失敗を恐れさせない評価制度」、全員がリーダーとして互いに影響を与え合う「シェアードリーダーシップ」、会社やプロジェクトのパーパス(目的)をメンバーに腹落ち、納得させる「センスメイキング」の3点が重要と強調。「いくつものアジャイルチームを会社全体に広げて主役にすることがアジャイル・トランスフォーメーション(AX)の理想」だと語った。

リレーセッション
AXの実践による真の顧客価値追求と組織競争力の強化

ベイン・アンド・カンパニー
パートナー
石川 順也氏

8月出版の『AX(アジャイル・トランスフォーメーション)戦略』の監訳・日本向け解説章の執筆を共に務めたベイン・アンド・カンパニーの石川順也氏と市川雅稔氏が、AXによる真の顧客価値追求、AXを成功に導く正しい実践、AXで目指す企業組織のあり方について解説した。

価値観の多様化などによる顧客の行動変化はコロナ禍で加速している。企業は、それにどう対応すべきか。その答えの1つがAXだ。現場に近いアジャイルチームが、顧客の反応を確認しながら、商品、売り方などをテストし、失敗に学びながら高速で進化させることで、顧客との乖離を解消する。石川氏は「真の顧客価値追求のため、企業は過去の常識と決別し、顧客に、革新的で、とがった価値を提供するため、未知の領域へのイノベーション、変革を推進する必要がある」と述べた。

ベイン・アンド・カンパニー
アソシエイト パートナー
市川 雅稔氏

AXによる企業変革の実践は、人工衛星の打ち上げに例えると、①ロケットの離陸、②大気圏からの離脱、③周回軌道到達、という3つのステージがある。アジャイルチームを立ち上げ、機能させるステージ1の離陸を成功させるためには、専任チームをつくり、失敗を恐れずにチャレンジできる評価方式を整備し、チームを信任して権限委譲することで、変革の推進力を与える必要がある。離陸後のステージ2の大気圏離脱段階では、親会社らステークホルダーが難色を示したり、過去の成功体験への執着など、現状維持勢力の抵抗が重力のように作用して、プロジェクト拡大の障害になることが多々ある。市川氏は「日本企業は、ステージ1から2で、プロジェクトが墜落、迷走することが多い。重力を乗り越えるためには、経営陣が覚悟を持ってチームを守る必要がある」と強調する。ステージ3の軌道到達段階では、アジャイルのプロセスによって起きた変革により、通常業務の官僚的なプロセスを進化させるという循環を根付かせ、アジャイル企業に進化していく。しかし、拙速な変革は企業価値を毀損させることにもなりうる。市川氏は「何でもアジャイルにしたり、顧客志向を追求すべきAXでコストを削減したりすると、組織の活力・体力がそがれることがある。変革と通常業務の両立がカギだ」と語った。

最後に、石川氏がAXステージ3で目指す企業像として「とがりのある大企業」を提起。企業規模拡大に伴い、イノベーションや変革への重力が増し、革新性を失ってしまった「退屈で動きが遅い大企業」にとって、AXは「組織を重力から解放し、とがりを取り戻すきっかけになる」と意義を示した。さらに、AXで現場への権限委譲を進め、顧客価値を追求することは、従業員のエンゲージメントや生産性を高めることにつながる。「顧客に向き合い、現場の創造力を解放し、組織競争力を強化できるのがAXのメリットだ」と訴えた。

トークセッション

トークセッションでは、市川氏が司会を務め、入山氏と石川氏が、日本企業がアジャイル企業になるためのポイントについて話し合った。

AXが浸透している海外グローバル企業について入山氏は、経営のリーダーシップが強く、ジョブ型雇用で専門性が明確であり、タレントマネジメントもしっかり行われているので、アジャイルチームのメンバーを抜擢しやすい。チャレンジを促す評価制度も整っていて「組織がアジャイルになじみやすい」と指摘。経路依存性が根深い日本企業では、AXへの取り組みが、会社組織全体の変革のきっかけになると期待を示した。

アジャイル導入が容易ではない日本企業の現実を踏まえて石川氏は、アジャイルチームを社内の重力から解放するために、アジャイルを担当するチームを切り出して組織を別にすることを検討する方法もあると提案。また、ロケット離陸段階のステージ1から、アジャイルチームの取り組みを拡大するステージ2に移行する局面で、士気の高いアジャイルチームのメンバーを集めるために社内公募を実施した事例に触れた。それは、社内のアジャイルの取り組みに対する関心を喚起する副次的な効果もあったと紹介した。

AX推進に向けて入山氏は、経験を積ませて意思決定力のある人材を育成することや、トップが失敗談を発信するなど、失敗の可能性を伴うチャレンジへの「心理的安全性」を担保する重要性に言及。市川氏は、アジャイルチーム立ち上げのステージ1の段階から、アジャイル企業に進化するステージ3に到達するために必要なことを「逆算して考える」ことで、日本企業組織の強みを引き出せるのではないかと訴えた。

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