「食」と「農」の未来 日本の食産業が世界で戦うための提言

拡大
縮小
日本の農業、食品産業の成長に向けて、DX(デジタルトランスフォーメーション)によって新たなビジネスモデルを構築し、人口減に伴って縮小する国内市場中心から拡大が続く海外市場に目を向けていこうという動きが始まっている。2021年8月にオンラインで開催された「『食』と『農』の未来 日本の食産業が世界で戦うための提言」は、日本の食産業をグローバルで戦えるようにするための戦略を検討。政治、産業、消費者の視点から、取り組みが提言された。
主催:東洋経済新報社
協賛:アクセンチュア

特別講演
農業政策から食料政策へ

衆議院議員
自由民主党
農林・食料戦略調査会
農産物輸出促進対策委員長
福田 達夫 氏

自民党で農政改革に取り組んできた衆議院議員の福田達夫氏は、将来、海外からの食料調達や、国内農業の労働力不足を補う外国人の呼び込みが難しくなる可能性を指摘。「国民に食料を安定的に供給することが政治の責任」として、生産に偏重した「農政」を見直し、高度化に向けた投資資金調達など幅広い視野から「食料政策へ再構成する」必要性を訴えた。

福田氏は、縮小する国内市場から、アジアをはじめとした世界市場に目を向け、儲かる産業にすることを主張。そのために、地域の小規模事業者主体の食品産業を強化して海外商流を構築できるようにする。海外での日本ブランド確立に向け、日本食の価値を見える化する。日本農業の強みである優良な新品種の流出を防止し、知財の保護に留意しながら、輸出のみならず海外生産も行う。これらによる利益をしっかりと日本の農業や関連産業の稼ぎに結び付ける。ロボットやAI(人工知能)を使い、労働集約型から資本集約型農業へと転換する。中期でも3~5年でリターンを求める資本家と、10年後の未来を考える農家との「時間感覚のズレ」を整合させるため、「長期投資適格を示すような物差し」をつくる――ことを提案。「日本の農と食が新しいステージに進むための後押しをしたい」と語った。

講演1
食・農業の未来と日本の針路

アクセンチュア
ビジネス コンサルティング本部
ストラテジーグループ
マネジング・ディレクター
藤井 篤之 氏

日本の農業が世界で戦うためには、ビジネスとしての変革が必要だ。アクセンチュアの藤井篤之氏は、国内市場縮小、エシカル(倫理的)や持続可能性を志向する消費が台頭する中で、日本のアグリビジネス成長につながる9つの指針を提言した。

第1は、高値になる出荷時期を市況データで分析するなど収益拡大も狙った農業DX。第2は、農薬などの流通にデジタルを活用し資材コストを低減。第3は、多様な志向を持つ消費者に個別対応できる流通の構築。第4は、農村の魅力を観光向けにプロデュース。第5が、現地企業と連携した海外プロモーション。第6が、現地に合わせたビジネスを設計して海外生産を促進。第7は、日本の優良な種苗技術をゲノム解析技術も活用して産業化しグローバルへと拡大。第8は生産者目線での生産者支援プラットフォームを日本発で提供。最後に、持続可能性に課題のある畜産業に代わるバイオ肉など細胞農業の推進、を挙げて「日本の食と農が世界で活躍する時代を到来させたい」と語った。

講演2
新たな食の価値観とこれから求められるビジネスモデル 

アクセンチュア
製造・流通本部
消費財・サービスグループ日本統括 兼
ビジネス コンサルティング本部
消費財・サービスグループ日本統括
宮尾 大志 氏

アクセンチュアの宮尾大志氏は、社会課題に対するレスポンシブル(責任ある)消費、消費者のこだわり・価値観に直結した食スタイル、食のデータへの関心、という食を取り巻く3つの消費トレンドを踏まえたビジネスモデルを提案した。

企業側は、エシカルな調達、物流トレーサビリティーなどの責任・透明性を担保し、川上から川下まで一貫した「レスポンシブル(責任ある)サプライチェーン」を構築することが、消費者に訴求できるブランド価値になる。消費者の多様なこだわり・価値観を実現するコミュニティーを形成する。とくに生産者と消費者が直接つながるコミュニティー型生産・消費は今後、拡大すると予想した。食のデータについては、食品成分や、個々人の体質を数値化したデータベースを構築し、健康のために最適化された食などを提案するアルゴリズムを創出すれば、新しい顧客体験が生まれると指摘。これら新たなビジネスモデルが、消費価値の創出、付加価値の向上につながり「日本の食と農の価値をグローバルに再認識させることにつながる」と語った。

ゲスト講演
日本ハムVISION2030 

日本ハム
取締役 常務執行役員
経営企画本部長 中央研究所担当
北海道プロジェクト推進担当
前田 文男 氏

ハム・ソーセージや食肉事業を通して、たんぱく質を提供してきた日本ハムの前田文男氏は、グループビジョン2030「たんぱく質を、もっと自由に。」で掲げた、たんぱく質の可能性の拡大、環境・社会に配慮した安定供給、自由に楽しめる食生活の実現に向けた取り組みを説明した。

環境面では、事業で大量に使う水の再生・使用削減を進め、国内CO2排出量も30年までに46%以上の削減目標を定めた。安定供給については、原料調達先の健全性をSAQ(自己評価調査)で確認。植物肉やバイオ肉の研究開発を推進し、食の選択肢を増やす。また、たんぱく質摂取が制限される食物アレルギーに対応した製品も提供。特許取得した脳機能低下を遅らせる効果のある新たな素材を使い、おいしく食べて健康寿命を延ばす取り組みを打ち出す。農林水産省が推進する「みどりの食料システム戦略」にも「賛同し、実現に向けて取り組む」と表明。「食糧不足、気候変動など、食を取り巻く課題への取り組みを通じて顧客に新たな価値を提供したい」と語った。

パネルディスカッション
「食」と「農」の未来のために今できること 

最後に講演者が、日本の「食」と「農」は世界にどう挑むべきかを議論した。前田氏は、欧米の畜産品離れや大豆フリー志向の広がりを指摘。企業の立場から、日本の技術で開発した代替たんぱく質の加工食品提供などに海外での成功チャンスがあるとした。また「個人的には社会課題の重要性は消費者に浸透しており、まず大手が目標を掲げ、取り組みを広げたい」と語った。福田氏は、政治の側から「世界の潮流を大企業が捉え、国内に定着してもらえれば、ありがたい」と応じた。みどりの食料システム戦略については「自然と共生してきたアジアモンスーン地域の価値観を軸に、国際ルールづくりを目指す試み」だと意義を強調して参加を呼びかけた。

宮尾氏は、消費者の多様な価値観をテクノロジーを使って把握することが重要と強調。「企業の個別の取り組みだけでなく、データプラットフォームづくりなどでは、日本の関係者が協働すべき」と述べ、司会進行の藤井氏が「国、企業、消費者がそろって、新しい潮流を起こしていくことを期待したい」と締めくくった。

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