パナソニックが描く人事施策の未来像 人事データの活用で進化する“個に向き合う”人事施策
個に向き合う、社会とつながるキャリア支援の取り組み
「パナソニック株式会社 リクルート&キャリアクリエイトセンターは、新たな人材の採用と社員のセカンドキャリア支援を主に担当する部門です」と、まず自身が所属する部門の役割を話してくれたのは、同センター企画部 戦略企画課課長の坂本崇氏だ。
パナソニックの人事が大切にしている考え方の1つに、「個に向き合う」があり、その取り組みは採用やセカンドキャリア支援だけに限った話ではない。創業者の松下幸之助が「ものをつくる前に、人をつくる」と言ったように、パナソニックは「人づくり」に力を注いできた企業だ。だからこそ、なのかもしれない。坂本氏は、どうすれば、より効果的に社員のキャリアを支援し続けることができるのかを考え、行動している。
「新入社員が配属されてから3年間はわれわれが責任を持って立ち上がりを見届けていきたいと考えています。そのためには、一人ひとりの新入社員が描く、組織や業務に対してのイメージやキャリアに対する想いに寄り添うだけでなく、抱えている悩みや不安にもしっかりと寄り添う必要があります。一方で、組織が目指している方向性や達成すべき目標も無視することはできません。つまり、個人の可能性やスキルと組織の戦略との適切なマッチングによって、個人と組織がともに成長できる環境につながるのです。とくに、若手の社員は『自己成長』への関心が高いことから、人事の感覚だけではなくデータを活用しながら、説明可能で納得性の高い施策を実行することで、若手の成長に寄与していきたいと考えています」。効果的なキャリア支援を実現していくためには、定性・定量両面のアプローチで社員一人ひとりの姿を精緻に捉えていく必要がある。
人事データ活用の取り組みは目的意識がカギ
具体策としてリクルート&キャリアクリエイトセンターが取り組んでいるのが、各種人事データを分析・可視化して人事施策や経営の意思決定に活用する「ピープルアナリティクス」だ。まさに人事施策におけるデータ活用の象徴的な取り組みだが、必要な人事データは多岐にわたる。坂本氏はどのように進めたのだろうか。
「2つの点に留意しました。1つは“データありき”の取り組みにしないこと。そして、人事担当者だけでなく対象となる社員に対する丁寧な事前説明を重ねていくことです」
前者はDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れでもよく指摘されるが、人事が目的と手段を履き違えないということだ。データの収集・分析が目的化してしまうと、何のために活用するのか見失う。解決したい課題を先に設定すれば、ピンポイントで必要なデータにアプローチできる。
昨年より試験運用を開始した、1~2カ月に1回の短いスパンで実施するアンケート(パルスサーベイ)にも工夫を凝らしている。
「ポイントは、上司から見た期待到達度合いもデータとして取得する点です。それにより、本人はやりがいを感じているのに上司から見た期待到達度は低かったり、反対に本人があまりやりがいを感じていないのに上司からは期待を超えていると見られていたりといった状況が可視化されました。業務や上司とのマッチングを推察できるデータが得られたことでさまざまな仮説を立てられるようになりました。さらに、たった1カ月の間でモチベーションが大きく変化する事実が見えたのは大きな発見でした。これは、従来実施している年1回の社員満足度調査では見えていなかったことです。こうしたデータを上司と共有することで1on1ミーティングがより有益な時間になるなど、コミュニケーション活性化の効果が出ています。コロナ禍で雑談も減っていますので、マネジメント層の支援にも役立ちました」
モチベーションの低下を捉えることで、メンタル不調や離職の予兆把握につながる可能性がある。いわば人事版の「予知保全」としても活用でき、社員体験(Employee Experience)の向上にもつながるのは間違いない。また、坂本氏が留意点の2つ目に挙げた「丁寧な事前説明を重ねる」という段取りをきっちり踏んだことも見逃せない。
「サーベイに回答することが不利益にならないこと、上司に結果を共有することの意味をとにかく丁寧に説明して回りました。自身の『成長』のため、一人ひとりのキャリア支援を加速させ、働きやすい環境を整える目的で必要なことだという承諾を得るための草の根運動を展開したことが、パルスサーベイが受け入れられた理由の1つだと考えています」
データの取得や活用への理解を求める真摯な活動は、人事部門に対する共感を醸成していったはずだ。目的をしっかり設定したうえで、社内の認知と共感を促したプロセスが、データを活用した人事施策の推進の好スタートに寄与したといえるだろう。
“候補者体験と向き合うため”の採用業務の効率化
パナソニックは、こうした社員の体験(EX)だけでなく、近年重視される候補者体験(Candidate Experience)の向上にも積極的に取り組んでいる。候補者体験とは、求職者が企業を認知し、応募・面接を経て採用されるまでの一連の体験を指す。
「入社してくれる人もそうですが、残念ながら入社に至らない場合も、『パナソニックに応募してよかった』と思っていただくことが非常に重要だと思っています」
候補者体験に寄り添った採用活動の効果は広告宣伝費に匹敵すると話すのは、同センター採用部 キャリア採用課課長の安達暁氏。だからこそ、CX向上のためにエントリーから採用決定までのリードタイム短縮が重要だと認識しているものの、システムがそれを妨げていたと明かす。
「ATS(採用管理システム)が老朽化し、ユーザビリティーが低かったため、応募以降の採用管理業務はシステム外で実施していました。キャリア採用の選考は数百名の各拠点人事や職場責任者で行っており、われわれ採用部門では合否の状況や対応について見えにくい状況でした」
採用業務全体を俯瞰しながら、戦略的な施策を打つための環境を整えていく必要がある。これらの課題を解決するため導入したのが、求人票の作成から選考管理、候補者への合否連絡まで採用管理業務を一括管理できるクラウドサービス「HRMOS(ハーモス)採用」だ。安達氏は導入の決め手について、次のように話す。
「選考管理や合否連絡はある程度標準化・定型化できる業務です。システムでそれが実現できるかどうか、加えて特段マニュアルを必要とせずキャリア採用の経験の浅い社員でも扱えるUI(ユーザーインターフェース)を備えているかを見極めました。その点、『HRMOS採用』は画面を見ていればスムーズにシステム側がガイドしてくれます。採用業務に深い知見を持つビズリーチが開発しているため、適切かつ迅速なアップデートがなされているのも決め手となりました」
実は、システム検討時にネックに感じていた部分があったというが、本格導入前にはアップデートによりクリアされていて驚いたと安達氏。キャリア採用業務の効率化という点では「単純な人的工数削減に限らず、つねにアップデートされることから継続的に業務を効率化し続けられ、それによりわれわれは候補者と向き合うことに時間を創出できるようになっている」とも言及する。
データ活用がもたらす採用活動の新しい可能性
「今までシステム外で管理していたプロセスが、『HRMOS採用』で一元管理できることで、各種データも蓄積してきました。すでに、各拠点から従来の表計算ソフトなど手元に蓄積していたデータを『HRMOS採用』に移管したいという要望も届いているほどで、全社横断的にデータ連携・活用できる手応えを感じています」
安達氏は今後の採用活動について「長年培ってきた『KKD(勘・経験・度胸)』の知見も大切にしつつ、科学的なエビデンスを基にした本質的な人事アセスメントを実現したい」と意気込みを語る。不確実性の高い時代を迎えて人材の流動化がますます進む中、同社の改革は次世代人事のモデルケースとなる可能性が高そうだ。