「航路変更ができない」旧式・日本型経営の破り方

頑張れば必ずゴールにたどり着く時代ではない

グローバル経済の複雑さは年を追うごとに増し、変化のスピードも速まっている昨今。そこへコロナ禍が追い打ちをかけ、ビジネスの不確実性が高まっている。目まぐるしい潮流変化に適応するためには、変革を日常化させることが必要だ。一橋大学CFO教育研究センター長で、コーポレートガバナンスの権威である伊藤邦雄教授と、マネジメントソリューションズのエグゼクティブディレクターで、『シン・トップダウン経営のすすめ』を著した和田智之氏に、経営トップに求められる決断と手腕について聞いた。

日本企業のプロジェクトは「スタートまで」が長すぎる

――まずは今、日本企業が直面している課題について教えていただけますか。

和田 喫緊の課題は、DXとカーボンニュートラルの実現です。とくにカーボンニュートラルは2030年までの削減目標が明確に出されており、短期間で結果を出さなければなりません。こうした課題にスピーディーに取り組んでいかなければ、世界の競合と渡り合っていけない時代に突入しています。

伊藤 まったく同感です。企業価値を持続的に高めるためには、ビジネスそのものだけでなく「パーパス」「ガバナンス」「DX」「ESG・SDGs」「カーボンニュートラル」「人材戦略」といった要素を関連づけ、統合的にプロジェクトを進めていく必要があります。いわば総合格闘技のようなもので、部分最適ではなく「全社最適」させなくてはいけません。そうした総合格闘技的経営を最近、拙著『企業価値経営』(日本経済新聞出版)にして著しました。

伊藤 邦雄氏 一橋大学CFO教育研究センター長。一橋大学大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任。経済産業省プロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」では座長を務め、最終報告書(伊藤レポート)は海外でも大きな反響を呼び、日本のコーポレートガバナンス改革を牽引した。2020年9月に「人材版伊藤レポート」をまとめ、経営者や人事担当者に衝撃を与えた

和田 複数のプロジェクトを同時に推進するときにまず注意すべき点は、ほとんどのプロジェクトは基本的に予定どおりにいかないことです。まして変動性・不確実性・複雑性・あいまい性の高い「VUCA時代」には、環境や状況の変化に合わせて柔軟にリソースを変更できる意思決定プロセスに変わるべきです。

プロジェクトマネジメントの極意をまとめた『シン・トップダウン経営のすすめ』。敏腕コンサルタントの和田氏が経験を基に導き出した「統合EPMO」のエッセンスが、余すところなく記されている。ビジネスリーダー必読の一冊だ

伊藤 日本企業によくあるのが、社内調整や稟議に時間がかかり、プロジェクトの初動が遅くなるケース。スタートまでが長すぎるので、走り出したときには環境も変わってしまって、戦略や戦術を変更する必要が生まれます。一方で多くの日本企業では依然としてDXが進んでいないため、データドリブンで俊敏な判断ができず、航路の変更もしにくいという、厄介な現実に直面するわけです。

和田 そもそも、意思決定に必要な情報を100%集めるのは不可能に近い。「最低90%の情報がないと決定できない」というような旧態依然とした意思決定プロセスでは、せっかくのプロジェクトも、実現性の乏しい“絵に描いた餅”になってしまいます。

経営者はまず「人材=コスト」の発想を捨てよ

――プロジェクトを成功させるために、経営者はどのように関与すればいいのでしょうか。

和田 現場主義を脱却し、経営者がプロジェクトの優先順位や変更、リソース配分をコントロールしつつ、チャレンジ精神やクリエイティビティの醸成などをサポートすることが重要です。私はこれを「シン・トップダウン経営」と呼んでいます。具体策としてはまず、メンバーが十分にクリエイティビティを発揮できるような環境をつくること。クリエイティビティはイノベーションの源泉ですから、変革成功の大きなポイントになります。もちろん、その前提条件として、モチベーションの維持や状況に合った人事評価制度、職場環境の改善などさまざまな施策が必要です。

和田 智之氏 マネジメントソリューションズ マネジメントコンサルティング事業部 エグゼクティブディレクター。アクセンチュア、IBMビジネスコンサルティングサービス、ガートナー ジャパンで22年間コンサルティングに携わり、各種戦略をはじめ、新規事業立ち上げ、チェンジマネジメントや人事評価制度、MOTやサービス/製品マネジメント、ITマネジメントなど広範囲に経験

伊藤 日本企業には、一定のアウトカム(分子)を上げるための人的資源(分母)を最小限にするという「efficient思想」が根付いています。これは「人材=コスト」という発想ですから、クリエイティビティの阻害要因になります。メンバーのクリエイティビティを育て、発揮させるためには、逆の「effective思想」に転換することが必要。人材の潜在力(分母)を最大に引き出して、アウトカム(分子)を最大化するという発想です。日本企業の多くが苦手とする部分ですが、経営者は人材を「資本」と捉え、潜在能力を見いだし、それを価値に結びつける企業文化と人的資本経営に注力するべきです。

――組織文化の変革を目指すうえで、経営者にはどのような役割が望まれますか。

伊藤 経営トップが旗振り役となって、行動で示していくべきです。日本企業はトップがきれいごとを並べるだけで(あるいは社員からそう思われてしまう)、現場に伝わっていないケースも多い。それを避けるためには、トップが経営幹部や現場に近い従業員やマネジメント層としっかり対話し、メンバーの声をじかに聞くことが大切です。

和田 優秀なトップは、社員の心を1つにすることが、自社の利益にもつながることをよくわかっていますよね。とにかくメンバーと対話し、自分の思いを伝えていれば、細かい指示を出さなくてもメンバーが自律的に動くようになります。IRや広報と同じ位置づけで、インターナルコミュニケーション部門を設置している企業もありますね。

伊藤 社員のクリエイティビティを伸ばすには、まずトップの対話能力と言語化能力が重要だと思います。

「頑張れば必ずゴールにたどり着く」時代ではない

――プロジェクトの組織運営において、経営者はどんなシステムを目指すべきでしょうか。

伊藤 ピラミッド型ではなく、部門横断的にプロジェクトを組成する仕組みをつくることです。プロデューサー型の能力を持つプロジェクトリーダーを抜擢し、経営トップと足並みをそろえて、プロジェクトをコントロールする。もちろんリーダーだけでなく、全体をファシリテートする後方支援型のEPMO(Enterprise Project Management Office)も必要になるでしょう。

和田 これからは、価値を生み出すプロジェクトチームを多く組成し、有効に活動させることが経営者の使命です。そもそもプロジェクトのあり方そのものが、20年前までとは異なっていることを理解していただきたい。

かつて多くのプロジェクトは「ハードだが、全力を出せば確実にゴールに到達できるもの」でした。しかし、現代のプロジェクトはゴールが極めてあいまいで、ゴールが途中で消えてしまうことすらあります。トップはそれを前提にリソースを柔軟に変えたり、専門家をアサインしたりと、司令部として後方支援することが重要。私はこれを「統合EPMO」と呼んでいます。

さらにもう1点、経営者がプロジェクトに対する期待値を明確に出すことも大切だと思います。「ここまでは絶対に成し遂げる」というゴールの共有がないと、目に見える成果がないまま、何年間も漫然と同じプロジェクトを続けてしまうことになりかねません。

伊藤 それは本当に多いケースですね。3年前にスタートしたプロジェクトがまだ続いているなんていうこともざらです。期限や水準を示さなければ、成果にはつながりません。和田さんが冒頭で挙げた、DXとカーボンニュートラルの実現以外にも、現代の企業に求められている変革テーマは山ほどあります。まずは「何のためにこのプロジェクトを実施するのか」を明確にし、メンバーに共有する。そしてプロジェクトの成功モデルを蓄積させていくことが重要だと思います。

>新時代のプロジェクトマネジメントの極意をまとめた書籍『シン・トップダウン経営のすすめ』(和田智之著)

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