トヨタMIRAIと元Jリーガー社長の共通点 「地球に優しいから」だけでは人は動かない
Jリーグからの撤退とマザーズ上場と
「走れば走るほど地球がキレイになる、ですか。それってめちゃくちゃキャッチーですね」
トヨタMIRAIのステアリングを握りながらそう語るのは、バリュエンスグループCEOの嵜本晋輔氏。元Jリーガーという異色の経歴を持つ経営者だ。ガンバ大阪を3年で戦力外となり、サッカーからは「前向きな撤退」。父親の営むリサイクルショップで事業のノウハウと経営を学び、ブランド品の買取専門店をオープンさせた。その後、独立して事業を拡大させ、2018年にはマザーズ上場も果たしている。
MIRAIは、水素と酸素でつくった電気で走るFCV(Fuel Cell Vehicle=燃料電池自動車)。充填した水素と、空気中の酸素を反応させて発電するのだが、発電のために吸入した空気は汚染物質を取り除かれ、キレイになって車外へ放出される。つまりMIRAIは化石燃料を使わないというゼロエミッションなだけでなく、走れば走るほど地球をキレイにするのだ。それを示すように、車内モニターにはMIRAIのすぐ後ろを何人ものランナーが走るアニメーションが映し出されている。走ることでキレイにした空気の量をランナーの数で表現している。
嵜本氏は、経営者としてつねに時代の風を感じ取ろうとしている。だからこそ「走れば走るほど――」というフレーズに反応したのだが、世の中の最先端を意識していれば次世代自動車に興味が向くのは当然のこと。数年前までは電気自動車を所有していたほどだ。
MIRAIを運転する際も、かつての愛車を思い出すように、その感覚を確かめていた。
アクセルを踏むと、大排気量ガソリンエンジン車並みの強烈な加速が始まるのに、車内は静か。それでも速度計の数字は瞬く間に上昇し、自然とシートに体が押し付けられる。それだけでなく、MIRAIはステアリングにとても素直で、コーナリングも楽しい。「前の電気自動車もよかったですが、MIRAIはさらにスムーズに感じます」というのが嵜本氏の率直な感想だ。しかもMIRAIは1回水素を充填すれば約750km※(WLTCモード、試乗車はZ"Executive Package")も走ることができる。「一般的な電気自動車は、事前に充電できる場所を調べておかないと長距離ドライブは難しく、それがストレスになります。このクルマなら東京から実家の大阪までノンストレスで走ることができますね」。
さらに乗り心地が上質だと指摘する嵜本氏。レクサスLSとプラットフォームが共通であることを聞いて合点がいった様子だ。「しかも単純に、見た目がスポーツカーみたいでカッコいいですよね。これみよがしな未来感もない」。
地球の環境が大事です、だけじゃ、進まない
次世代自動車の普及のためには見た目はとても大切だと語る。
「いくら環境に優しいからと言っても、人は動きませんよね。まずはクルマとしてカッコいいこと、そのうえで最先端の乗り物で、環境にも優しいこと。それらすべてを実現して初めて、そんなクルマに乗っている人は何だかカッコいい、というイメージをユーザーに抱いてもらえるのだと思います。今でこそクルマに対する感覚は少し変化していますが、クルマは乗る人の哲学を映し出すところがありますからね」
ユーザーの心理をそう捉える嵜本氏は、自ら動くことで社会のサステイナビリティを一歩先へ進めようとしている。「さっきの話と同じで、地球の環境が大事です、だからみんなで解決しよう、と声をかけるだけでは何も進まないじゃないですか。ですから、まずはわれわれのお客様に環境問題に対して興味を持ってもらおうと、バリュエンスグループの『環境フットプリント』を公開しました」。
これはブランド品をリユースすることで削減できるCO2の量を「見える化」したもの。昨年におけるバリュエンスグループの事業活動から算出したところ347万トンという数字になった。これは、アイスランドが年間に排出する量と同じだけのCO2を削減したことになり、CO2吸収量でいえば、杉の木2億4800万本に匹敵する。
「今後は、お客様一人ひとりの場合ならどうなるかを示したいと考えています。例えば来店したお客様の革製のバッグ1点と、時計1点をリユースすることが、どれだけCO2削減につながるのか。買取金額と同時に表示できるよう、現在アプリを開発しています」
この見える化は、ブランド品の買取を依頼しに来たユーザーにCO2削減という思わぬ体験をもたらす。中には、地球にいいことをするのはカッコいいことだと触発されるユーザーもいるかもしれない。そしてそんなふうに思った人は、環境問題に対してどんどんプラスのイメージを抱き、さらに好循環が生まれるのではないか――。それが嵜本氏の見立てだ。
冒頭で触れた、MIRAIのモニターに映し出されるアニメーションも同じことがいえるだろう。クルマをいくら走らせても化石燃料を消費しないばかりか、空気がキレイになっていく。その効能をビジュアルで見える化することによって、これまでとは別軸の体験をドライバーに与えるだろう。Fun To Driveを保ちつつも、地球環境の維持に寄与しているというやさしい気持ち、とでも言おうか。それが、嵜本氏が表現する「カッコいい」クルマということなのかもしれない。
※JEVS Z 902-2018に基づいた燃料電池自動車の水素有効搭載量[kg] と、WLTCモード走行パターンによる燃料消費率[km/kg] とを乗算した距離であり、水素ステーションの充填能力によっては、高圧水素タンク内に充填される水素搭載量が異なり、お客様の使用環境(気象、渋滞等)や運転方法(急発進、エアコン使用等)に応じて燃料消費率は異なるため、実際の距離も異なります。