ダイキンが欧州で「脱炭素」の旗を振る理由 暖房市場でも「化石燃料→電気」の大波が発生中

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今、世界中で「脱炭素」の動きが加速している。欧州や日本は「2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出ゼロ)」を宣言し、米国は21年2月に地球温暖化対策の世界的な枠組みである「パリ協定」へ正式復帰を果たした。こうした中、各国の政府と一緒になり環境規制や基準づくりにも参画しているのが、空調専業メーカーのダイキンだ。世界170カ国で事業を展開する同社の中で、とりわけ大きな存在感を発揮しているのが、環境先進地域の欧州なのだという。その理由を追った。

欧州でじわり広がる「ヒートポンプ式暖房」

欧州は、世界で最も先進的な環境政策を展開している地域の1つだ。EUは2019年、脱炭素と経済成長の両立を図る「欧州グリーンディール」を最優先政策に掲げた。コロナ禍でもその姿勢は変わらず、20年にEUで設けられた「コロナ復興基金」でも、環境分野への重点的な配分が決まった。さらに21年4月には、温室効果ガス排出量の削減目標に法的拘束力を持たせた「欧州気候法」の暫定合意に達している。ここには、従来30年までに温室効果ガス排出量を40%削減するという目標を、55%まで引き上げることが盛り込まれている。

このような「攻めの脱炭素政策」を展開している欧州で、現在注目を集めているのが暖房・給湯機器の見直しだ。南欧と北海道がほぼ同緯度に位置しており、欧州の気候は比較的寒冷だ。そのため、家庭のエネルギー消費の80%以上は暖房・給湯が占めているとされる。そのエネルギー消費量を抑えるために、暖房・給湯機器を見直そうというわけだ。

暖房方式には、化石燃料が持つエネルギーを熱に変える「燃焼式」と、空気中の熱をポンプのようにくみ上げ、必要な場所に移動させる「ヒートポンプ式」が存在する。燃焼式は安価なうえ、気温が低くても安定して運転できるが、CO2排出量が多い。

そこで解決策として期待されているのが、ヒートポンプ式暖房への転換だ。多くのCO2を排出する燃焼式と比べて、ヒートポンプ式はもともと空気中にある太陽の熱を「集めて運ぶ」ため、効率的に暖房効果を得ることが可能である。自動車市場でEVがブームになり、ガソリン車からのシフトが生まれているように、暖房市場でも化石燃料を使用する燃焼式暖房から空気中の熱を使用するヒートポンプ式暖房へと、大きな変化が起きつつあるのだ。

ヒートポンプ式暖房では、空気中から集めた「熱」で水を温め、お湯をつくる

ヒートポンプによる熱エネルギーは、EUでは再生可能エネルギーと認定されている。EUの加盟各国はこれに合わせ、関連規制や導入に対するインセンティブを打ち出している。

ダイキン工業 CSR・地球環境センター室長の藤本悟氏は、ヒートポンプ式暖房が世界にもたらす影響を次のように説明する。

「国際エネルギー機関(IEA)のレポートを基にした当社の予測では、世界の暖房市場の3割をヒートポンプ式暖房に転換し、その電力をすべて再生可能エネルギー由来にすれば、世界のCO2を13億t、割合にして約4%近く削減できます」

同氏は、ヒートポンプ式暖房への転換は欧州のトレンドになっていると指摘する。背景にあるのは、設備更新ニーズの高まりだ。これまでは、主に新築住宅を対象にした規制によってヒートポンプ式暖房への切り替えが進められてきた。グリーンディールやコロナ復興基金などの環境政策により、今後は、既存住宅で暖房・給湯設備を更新する場合でも需要が拡大していくだろう。

「同じくIEAのレポートによれば、2020年時点で暖房市場の5%にも達していないヒートポンプ式暖房は、30年に2割強まで拡大するとしています。とりわけ欧州の伸びは顕著で、20年度に販売された暖房機器のうち、ヒートポンプ式暖房は約9%ですが、30年には6倍となり、暖房市場の44%を占めると予測されています」(藤本氏)

新たな暖房市場を切り開いたイノベーション

気になるのは、欧州でヒートポンプによる熱暖房が再生可能エネルギーと認定されてから10年以上経過しているにもかかわらず、ヒートポンプ式暖房の普及があまり進んでいないことだ。ダイキンヨーロッパ 暖房事業本部の青木優馬氏は「ヒートポンプ式暖房の課題は、ドイツなどの寒冷地域で外気温が低いときに性能が低下してしまうことでした」と語る。

「欧州では従来、燃焼式ボイラーでつくったお湯を各部屋のラジエーター(放熱器)に流して暖房する方式が一般的。燃焼式ボイラーからヒートポンプ式暖房に替え、各部屋にあるラジエーターをそのまま使う場合には65度以上のお湯を出さなければなりませんが、外気温が低い場合は水温が安定しない製品が一般的でした。65度のお湯を出せない場合は、大がかりな改装を伴うラジエーターの交換も必要となり、ハードルが高くなります」(青木氏)

いくらヒートポンプが優れた技術でも、製品の設置に手間やコストがかかるのでは普及が進まない。そこでダイキンは、こうした課題を解決できる製品の開発に取り組んだ。すでに06年からヒートポンプ式暖房・給湯機「ダイキンアルテルマ」を欧州市場に展開していたが、改良を積み重ねた結果、極寒冷地域でも対応できる製品を生み出すことに成功した。それが「ダイキンアルテルマ 3 H HT」だ。

「業界唯一(※)、外気温が-15度でも、電気ヒーターなし、ヒートポンプのみで70度のお湯を出すことが可能で、ラジエーターを交換せずに燃焼ボイラーとの置き換えができる製品です。デザイン性や静音性にもこだわり、2つのデザイン賞を受賞しています」(青木氏)
※ダイキン調べ

市場開拓だけでなく「ルールづくり」にも力を注ぐワケ

ダイキンの取り組みで見逃せないのは、市場開拓だけでなく環境技術に関する「ルール形成」にも力を注いできたことだ。環境課題を解決するには、社会全体で取り組んでいくことが重要となる。その道筋を示すため同社は、EUや各加盟国政府へ積極的な情報提供と政策提言を実施してきた。ダイキンヨーロッパ副社長でベルギーに在勤する坪内俊貴氏は、こう語る。

「ダイキンヨーロッパ社の暖房事業責任者が欧州暖房協会の役員を務めるなど、われわれは市場のリーダーとして、地道にヒートポンプ式暖房の重要性を伝え続けてきました。08年にEUの再生可能エネルギー指令で、ヒートポンプによる熱エネルギーが再生可能エネルギーと認定されたのは、その成果だと考えています。EU27カ国の大半が化石燃料燃焼式の暖房を使っている現状では、脱炭素化はおぼつかないでしょう。だからこそ、『環境技術としてのヒートポンプ暖房』がより広く認知されるよう、当社の欧州各国での体制を生かして各加盟国の政府や関連団体へも積極的に協力を行っています」

ダイキンは、これまでも省エネ製品の開発や地球温暖化に影響を与えにくいエアコン冷媒「R32」の特許無償開放など、環境に貢献する取り組みを積極的に実施してきた。2018年には、「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」を掲げる「環境ビジョン2050」を策定している。

ダイキンヨーロッパの環境リサーチセンターをはじめ、ダイキングループで環境問題に専門で取り組むメンバーは世界で数十名にも上り、環境に対する「本気度」がうかがい知れる。先進技術を搭載した製品の提供にとどまらず、政策提言を含めた「持続可能な社会構築のルールづくり」にも汗を流すダイキンの挑戦はこれからも続く。

>ダイキンが考える「気候変動への対応」

※2021/06/01 公開、2023/11/24 本文中の数値「150カ国」を「170カ国」に修正

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