ダイキン「技術者が電話対応」常識破りで得たもの 問い合わせは半年で5000件…不安と疑問の嵐
空気への「漠然とした疑問・不安」が急増
2020年以降、世間の「換気」意識は着実に高まり、店舗や小規模クリニックの多くが急な対策に追われた。ダイキンの萩原良彦氏はこう振り返る。
「当社に寄せられる問い合わせのうち、『換気の具体的な方法』に関するものが急増しました。窓開け・ドア開け換気はもちろん有効ですが、本当にそれだけでいいのかという切実な、しかし漠然とした不安が高まっていることを感じました。とくに外気が40度近い夏場には、『窓を開けっぱなしで換気をしていると、電気代がかさむのではないか?』『エアコンの負荷を抑えながら換気するには、どうしたらいいのか?』と考えるのもごもっとも。これまでにないほど換気が注目されているのに、具体的な解決策がわからないという困りごとが浮き彫りになりました」
そこでダイキンは店舗やクリニックなどの中小事業者向けに、換気について相談できる場をつくろうと考えた。緊急を要すると判断した同社はすぐに検討を開始、そして2020年6月に急きょ開設したのが「空気の相談窓口」だった。
ここで重要なのが、「現場に足を運ぶ」ということ。気流の状態や換気量は、空調設備の状態はもちろん、フロアの間取りや内部のレイアウトなどによっても大きく変わる。ユーザーそれぞれの状況に応じて柔軟に考えることが必要で、一概に対応することはできない。その都度現場に行き状況を見て判断するしかなく、マニュアル的対応ができないぶん、難易度が高い。
技術者が直接応対、現場にまで足を運ぶという新しさ
その点をカバーしようとダイキンは、「空気の相談窓口」に技術系・開発系のスタッフを配置した。同社で長年技術畑を歩んできた小妻英寛氏は、こう語る。
「まずお問い合わせの電話を受けるところから、技術者が担当しています。場合によっては1件の電話対応に数時間を割くケースも。お客様には、『まさか、ダイキンの技術者が直接対応してくれるとは』と驚きをもって迎えていただくことが多いです」
「空気の相談窓口」に寄せられた問い合わせの件数は、わずか半年で5000件を突破。直近では月間900件を数える。現場に足を運んだ技術者たちは、具体的にどんな“換気の実態”を目の当たりにしたのか。
「実態は、驚くべきものでした。例えば換気扇の防虫網に虫がへばりつき、換気性能が著しく低下しているケースがありました。また換気の省エネ装置『全熱交換器』にはフィルターが付いていますが、これもメンテナンス不足で目詰まりを起こし、空気が流れにくくなっていることがあります。とくに飲食店の場合は、厨房の排気フードが空気を勢いよく吸い込むため、換気量は十分でも空気の流れが偏っているケースがあり、換気経路の再検討が必要です」と、小妻氏は警鐘を鳴らす。
日本の建築物は、建築基準法によって24時間換気可能な設備の設置が義務づけられている。近年は設備の性能も向上し、エアコンの負荷軽減や省エネ効果が期待できるが、メンテナンスを怠っていては意味がない。また、大型施設はビル管理法(※1)によって定期的に換気することが義務づけられている。しかし中小規模のビルや施設はその対象外となるため、見落とされがちだ。
※1 建築物における衛生的環境の確保に関する法律
「当初は手探りでコロナ対応をしているユーザーも多く、正しい換気の方法や工事の要否といった初歩段階のお問い合わせが大半でした。しかし徐々に、より高度かつ綿密な対策が求められてきています」(小妻氏)
簡易の空気診断から、高度なコンサルティングまで対応
ダイキンと一体になって「空気の相談窓口」に携わっているのが、オフィスビルや商業施設、病院、学校といった大型物件の設計や施工、メンテナンスを手がけるダイキンエアテクノだ。窓口となるHP上でもダイキンと連携し、受けた問い合わせのうち大型施設のものを一手に引き受けている。同社の村上敏幸氏はこう語る。
「よりよい空気環境をつくるための一手法が『空気の可視化』です。温度や湿度はもちろん、気流や空気の清浄度、さらには臭いやカビなどの生活課題といった要素も含めて空気の状態を数値化するという考え方です。これに基づき当社では、2017年10月より『空気環境診断』を実施し、空気環境の良しあしを診断、解決策をご提案しています」(村上氏)
「空気環境診断」の対応実績は、19年度の60件から20年度には157件に増加。ダイキンエアテクノの大野真和氏はこう明かす。
「そもそも以前は、空気というものへの興味自体ほとんど持ってもらえていなかった。換気への注目の高まりを感じます。あるクリニックからは、患者のために診察室の換気の状況を把握したいとの要望がありました。いざ診断してみると、室内の気流が乱れ、適正に換気できていないことが判明。シミュレーションしたところ、空気の出口である排気口と、入り口である吸気口を逆にすればよりよく空気をコントロールできるとわかり、修正して換気の状態を改善しました」(大野氏)
ヒット商品「ベンティエール」開発のきっかけにも
こうした取り組みから、ダイキンはビジネスの面でも大きな気づきを得ている。
「当社は2020年9月に、業務用の後付け換気装置『露出形ベンティエール』(※2)を発売しています。これは『天井裏に換気装置を設置するスペースがない』『後付けできる商品が欲しい』という声を基に、わずか3カ月で企画開発したものです。ユーザーのニーズを吸い上げるのはもちろん、商品の特徴や狙いをしっかり伝えたうえで使ってもらうということにも、大きな意義があります」(小妻氏)
※2 「全熱交換器ユニット 露出設置形 ベンティエール」
萩原氏は、今後は事業戦略や商品開発にも「空気の相談窓口」の成果を生かしていきたいと語る。
「以前は、ダイキンと店舗やクリニックなどのエンドユーザーには、一定の距離がありました。いわば“遠い存在”だったんです。その距離感が、この取り組みによって縮まり、ユーザーの生の声が聞こえるようになってきた。これは大きな収穫です。21年4月には、日本各地の気候をよく知る技術スタッフが対応できるよう、全国に専任者を配置しました。今後もタイミングや地域に応じたニーズに即応した企画開発を後押しできるよう、全国にある販売網を生かして、連携を強化していきます」
コロナ禍によって、突如クローズアップされた「換気」問題。今後も、空気にまつわる新たな課題が出てくる可能性は十分にある。「空気の相談窓口」は、そうした予測不能な事態に対応できる前衛基地として機能していくのかもしれない。