ダイキン、空気清浄機「日本で生産開始」の狙い 世界規模の需要急増に応える、独自戦略の全貌
正式決定〜生産開始までの猶予は3カ月
「空気清浄機が品切れしている」――。ダイキンの滋賀製作所 空調生産本部 滋賀製造部長の小倉博敏氏が、例年とはまるで異なる事態を確信したのは、プロジェクト発足の2020年10月より少し前のこと。
一般的に家庭用の空気清浄機は、花粉が飛散する1〜3月ごろに大きく売り上げを伸ばすことから、季節家電に位置づけられる。しかし20年4月の最初の緊急事態宣言発出以降、量販店では空気清浄機コーナーに軒並み「欠品・入荷待ち」の札が並んでいた。ダイキンにも連日、消費者から生産状況の問い合わせが届く中、それは夏を越え、秋になっても変わることはなかった。
世界的なニーズ増大に際し、ダイキンは急きょ、空気清浄機の生産体制の見直しを決定。それまでグローバルで販売する空気清浄機のほぼ全量を中国一極で生産していたが、リスク回避や需要拡大への対応、さらなる安定供給を実現するため、日本で新たに生産ラインを整備することとした。ダイキンの空調グローバル展開を支えてきた「市場最寄化」戦略とも一致する判断だ。
しかし、国内のどこでどの商品を生産するのか。20年10月ごろから水面下で検討が進められたが、正式決定したのは21年に入ってからだった。生産拠点として選ばれたのは滋賀製作所。主にルームエアコンを製造している工場だが、家庭用の空気清浄機は生産していない。経験やノウハウがないまま、最上位機種の「うるるとさらら空気清浄機」と、新たに開発したクリニックなどの小空間向け「UVストリーマ空気清浄機」を手がけることが決まった。
しかしこれまでにないほど急な生産開始要請、しかも2機種同時の立ち上げ。当然、現場には戸惑いが広がったと小倉氏は振り返る。
「2020年10月の段階では、半年ほどかけて進めていこうというスケジュール感でした。ところが旺盛な需要を受け、日を追うごとに『21年3月には生産開始』の流れにシフト。通常、ライン整備には1年かかるところ、3カ月ほどで完遂しなければなりませんでした。スタッフをどう確保するか、ラインを工場内のどこに敷設するのかなど課題は山積している状況。現場からは不安の声が上がる中、取る物もとりあえずプロジェクトをスタートさせました」
「工場も市場と同様に、スピード感をもって変わるべき」
プロジェクトのコアメンバーは、ルームエアコン製造との兼務が必須。しかし、コロナ禍で在宅時間が伸びたことからルームエアコンの需要も急増中で、滋賀製作所全体が例年以上に慌ただしい状況だった。
だが小倉氏は、滋賀製作所の特長であるスピード感と柔軟な対応力、そして部門の枠を超えたチーム力をもってすれば、決して不可能ではないと考えた。できない理由ではなく、実現するための方法を考え、前向きに取り組んでいこうとプロジェクトメンバーを鼓舞したという。
「プロジェクトのキックオフでは、『単に空気清浄機の生産拠点を中国から日本に移すという発想ではなく、他社に一歩も二歩も勝る製品を作ろう』と伝えました。そもそもこれだけ変化の激しい時代、同じ商品のモデル違いだけをずっと生産し続けていては、工場は成長しません。刻々と変わっていく市場に合わせて工場も、そこで働く人も変わっていかないといけない。変わるということはつまり、新しい価値が生まれるということです。今こそ、滋賀製作所が大きく変われるチャンスだと考えました」
成功のカギは、新たな組織運営とモジュールライン
生産ラインを短期で立ち上げるカギになったのは、大きく5つ。「検討と実行の同時進行で生産準備期間を短縮」「製品開発と製造、生産技術、品質管理、調達の同時進行」「部門を超えたフラットな組織運営」「即断即決でスピードアップ」、そして「何としても日本で生産するんだというメンバーの思い」であった。
「生産準備期間の短縮」をかなえたのが、「モジュールライン」と呼ばれる仕組みの活用だ。
「生産ラインの各工程を、おもちゃのブロックのように自在に交換し、必要なラインの形に組み立てられるシステムです。どんなラインでも、すでに用意されている統一規格のモジュールをベースに設計できるので、ライン立ち上げにかかる時間が大幅に削減できました」と、小倉氏は胸を張る。
また「フラットな組織運営」を目指したことで、従来のような縦割りの分業ではなく、各部署が一体となったチームプレーで進められた。プロジェクトに属していないメンバーも自主的に協力。以前中国で空気清浄機の生産ライン立ち上げに携わったベテラン社員が、若手社員にノウハウを伝授する光景も見られたという。
机上の空論は不要、事実だけを見て行動を変えていく
「絶対に、必要としている人たちに空気清浄機を届けるんだ」という一人ひとりの強い思いが原動力となり、プロジェクトは大成功。2021年3月20日、最上位機種「うるるとさらら空気清浄機」のラインが、同29日には「UVストリーマ空気清浄機」のラインがついに動き出した。
「スタート当初は“ない物尽くし”だった今回のプロジェクトですが、入社数年の若手メンバーにも中心的な役割を担ってもらったことで、彼ら彼女ら自身が驚くほどの成長を遂げました。自分たちが現場を引っ張っていくんだという自覚が身に付いたんだと思います。現場にある『事実』を見ること、それによって一人ひとりの行動を変えていくことが大事だとつくづく思いました」
21年秋からは新商品の製造も予定しており、現在はIoTやロボット技術を活用した新たなコンセプトのモジュールライン作りを構想しているという。小倉氏は未来をこう展望する。
「ロボットを最大限活用できる構造設計を目指す中、人間の技能が必要なところはしっかりと伝承していく。これからはそうした区分けも大事になるでしょう。当社は『空気で答えを出す会社』として、業界を牽引すべく技術開発に取り組んできました。誰もが安心して過ごせる空気はもちろん、心地よさや幸せを感じるような空気を、日本から世界に届けていきたいと思っています」
今急激に高まる「空気」への関心。そのニーズを満たすダイキンの空気清浄機は、今日も、ここ滋賀製作所から生まれ続けている。