「ICT×アート」の無限の可能性 オンラインデジタル絵画で魅力ある施設運営

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外出しなくても絵画を楽しめる、老人ホームのデジタル絵画
文化・芸術は豊かな社会に欠かせないもの。しかし今、少子高齢化に伴う地域文化や伝統工芸・伝統芸能の後継者不足、自然災害や火災による文化財の消失危機に加え、コロナ禍で鑑賞スタイルの変容も迫られている。そうした中で、文化・芸術を守るだけでなく広く活用すべくICTの取り組みを推進してきたのがNTT東日本だ。2020年12月には「NTT ArtTechnology」を設立し、有形無形の文化財のデジタル化による保護と、ICTを活用した新たな文化・芸術の鑑賞方法の提案に取り組んでいる。その興味深い事例とは――。

北斎、廣重、歌麿が秋葉原UDXに!

東京・秋葉原のシンボル的存在となっている秋葉原UDX。駅から延びる歩行者デッキを渡ると、正面に540インチの高画質屋外大型ビジョンに迎えられる。レストランやショップのほかカンファレンスやイベントスペース、シアターなどあらゆる機能を有しており、多くの人が行き交う場だ。

同施設ではこれまでもアート作品を展示してきたが、その作品は頻繁に変えられるものではなかった。しかし、通勤で日々利用する人にも展示を楽しんでほしいという願いがあった。また、最先端の文化・情報を発信している街として、先進性の高い取り組みをしたいというニーズも寄せられていた。

秋葉原UDX5階エントランスに、2台のオンラインデジタル絵画を設置

そこでNTT東日本とNTT ArtTechnologyが提案したのが、「オンラインデジタル絵画」の設置だ。5階エントランスに額装した86インチの巨大4Kモニターを2台設置し、高精細にデジタル化した絵画を展示。表示させる絵画を随時変えることで、毎日通勤するオフィスワーカーや秋葉原UDX来訪者の目を楽しませることができる。

ここでは、葛飾北斎『冨嶽三十六景』47作品(山梨県立博物館所蔵)や歌川廣重『東海道五拾三次』55作品(大阪浮世絵美術館所蔵)、喜多川歌麿『納涼美人図』など5作品(千葉市美術館所蔵)の計107作品を配信。後述するように高精細なデジタルデータによって、浮世絵の持つ色彩豊かな魅力と質感の繊細さを伝えられるだけでなく、「本物をリアルに見たい」というニーズを掘り起こす効果も期待できる。

秋葉原UDXのオフィスワーカーや来館者に、芸術作品を身近に体感してもらうことができる

これは、決して希望的観測ではない。

実際、NTT東日本が2019年に実施した体験型美術展「Digital×北斎【序章】」で『冨嶽三十六景』のデジタル作品を観覧した来訪者が、所蔵元の山梨県立博物館に足を運んだ事例があるのだ。この出来事に突き動かされる形で、同博物館が急きょ実物の展示をしたという実例もあり、デジタルアートを起点に地域活性化の循環が生まれる効果は実証済みだといえる。

これほどまでにリアルなデジタル作品の秘密はそのデータにある。作品のデジタル化を行ったアルステクネは、原画の質感・色合い・筆さばきから和紙の繊維の質感まで限りなく忠実に再現できる独自技術で特許を取得するなど、優れたデジタル化技術を持っており、デジタル化された作品は所蔵元から公式認定を受けている。 そしてその貴重なデータはNTT東日本の通信ビルでセキュアに蓄積され、利用者が限定された閉域網(クローズドネットワーク)で配信されるという仕組みが整えられている。

秋葉原UDXは、今後さらに、NTT東日本とNTT ArtTechnologyが連携する自治体やミュージアムの作品配信を予定しており、地方創生の新たな拠点となる可能性は十分にあろう。

介護施設にアートを配信し、入居者のQOL向上に貢献

もう1つの事例は、介護施設だ。入居者が遠い場所や混雑した場所に出かけるには制約が多く、とくにコロナ禍では、面会が制限されたり、外部講師を招くようなアクティビティーが中止になるなど、新たな刺激や感動を提供する方法が限られてしまう。

介護付き有料老人ホーム「ヒルデモアたまプラーザ」の別棟・ホビーハウス「ヒュッゲ」外観

東急田園都市線のたまプラーザ駅近くにある介護付き有料老人ホーム「ヒルデモアたまプラーザ」も例外ではなかった。そこで同ホームは、心の癒やしを提供するアート・音楽スペース「ヒュッゲ」を新設し、目玉としてNTT東日本とNTT ArtTechnologyの「オンラインデジタル絵画」を設置した。

運営元である東京海上日動ベターライフサービスの役員が、たまたま「Digital ×北斎【序章】」を見学して感銘を受け、すぐに導入を決めたという。 同代表取締役社長の中村一彦氏は次のように語る。

「その美しさと間近で見られる感動は、事前の予想をはるかに上回るものでした。ヒルデモアの入居者は、社会の第一線を退き年齢を積み重ねた今も、新たな体験と感動をつねに求めていますが、身体的には不自由な面が出てきたり、コロナ禍で気軽に出歩いたりできないのが現状です。だからこそ、限りなく原画に近いと収蔵博物館が認定した北斎の浮世絵や、オルセー美術館が公式に認定している名画の数々を見ていただき、生きる喜びや豊かな生活を改めて感じていただきたいと考えました」

コロナ禍の状況では当然だが、そうでなくても介護施設の入居者が外出するのは簡単ではない。それに、不特定多数の人がいる美術館では、ゆったりと間近で鑑賞するのは現実的ではないだろう。その点「ヒュッゲ」ならば、気心の知れた人たちと、くつろげる空間で心ゆくまで鑑賞できる。入居者の反応も上々で、「映像とは気づかなかった。タッチが三次元にしか見えず、信じられないほど高品質」「美術館では遠くからしか見られないが、ここでは近くで見られて贅沢(ぜいたく)の極み」「昔、行ったことのあるオルセー美術館の作品がここで見られるなんて!」といった感想が寄せられている。

コロナ禍で旅行や外出に加え外部講師のアクティビティーを自粛する中、新たな価値を創出できた

「今回のオンラインデジタル絵画のようにICTを活用することで、実際に美術館に行ったのと同じ感動を体験していただき、世界の名画の繊細なタッチを間近で見ていただける。そんな機会をより多く提供することで、ご入居者の心豊かで笑顔で暮らせる毎日の実現に寄与できるのではないかとの思いを強くしています」(中村氏)

「新たな生活様式」を豊かにするカギは?

ここまで紹介した2つの事例以外にも、オンラインデジタル絵画を導入する施設は急増中だ。NTT ArtTechnology 代表取締役社長の国枝学氏は、次のように話す。

メインの展覧会は、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)にて開催中

「新型コロナウイルスの影響で、生活様式が大きく変化しています。それに伴って、文化・芸術を発信する施設へ『来てもらう』だけでなく、『来られない』方々にもデジタルデータを活用した新たな楽しみ方を提供することが求められるようになってきています」

実際、病院や空港、地方自治体の庁舎での活用も進行中だという。コロナ禍の収束が見通せない中で、「3密」を避けて人との接触をできるだけ減らす「新しい生活様式」をより豊かなものにするには、日々の生活に新しいスタイルで文化・芸術鑑賞を取り入れることが重要だといえそうだ。

裏を返せば、秋葉原UDXやヒルデモアたまプラーザの「ヒュッゲ」のように、そこにいち早く着目した施設が他よりも豊かで魅力的な空間を提供できるようになるということでもある。感染防止対策に続いて、施設運営の持続可能性を高める“次の一手”のキーワードは「文化・芸術」かもしれない。

北斎展HPはこちら