資本市場と株式ファイナンス TOKYO金融カンファレンス2020

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
金融主導の複雑なシステムの短期的利益追求によって、実体経済から乖離しかねない状況にある資本市場に警鐘が鳴らされている。本来、資本市場は将来価値の高い事業を発掘し、育て、投資家と企業が新たな富を築く場所のはずだ。2020年12月にオンライン開催された「TOKYO金融カンファレンス2020」は、この投資家と発行体企業の分断リスク克服に向けて、企業のコーポレートガバナンス、投資家のスチュワードシップ、ESG(環境・社会・企業統治)を含めた長期的視点に立って投資家と企業が対話を重ねながら成長を促す協創的対話の促進、企業の持続的成長や新産業育成を支える長期リスクマネーの供給などについて議論された。

主催:東洋経済新報社
協賛:ティー・ロウ・プライス・ジャパン
後援:経済産業省、金融庁、公益社団法人日本証券アナリスト協会、一般社団法人日本投資顧問業協会
協力:一般社団法人日本CFO協会

オープニング・基調講演
日本企業の持続的な成長に向けて
~企業価値を創造するガバナンスの深化と広がり

一橋大学大学院
CFO教育研究センター長
伊藤 邦雄

日本企業のコーポレートガバナンス改革の契機となった「伊藤レポート」(2014年)を座長として取りまとめた一橋大学の伊藤邦雄氏は「ROE(自己資本利益率)重視の財務は今後も深化する」としたうえで、「サステイナビリティに関する説明責任を果たす経営・情報開示も求められていく」と指摘した。企業価値における無形資産の比重が高まったことで、ガバナンスのテーマは資本生産性だけでなく、地球環境や人材などに拡大。とくに金融安定理事会の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のフレームワークに基づく情報開示が重要として、TCFDコンソーシアム設立や、TCFDサミットなどの国内の動きを紹介。20年9月に経済産業省の研究会が発表した「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」への注目を促した。今後は、資本生産性重視かESGかの、二項対立を超えて両者を統合した「ROESG経営」が必要だと強調。取締役会メンバーに対しては、多様化するガバナンステーマへの理解を深め、株主を含む広範なステークホルダーへの説明責任を高めることなどを求めた。

第一部・講演
建設的な対話を通じたコーポレートガバナンス改革の更なる推進

金融庁
企画市場局 参事官
井上 俊剛

金融庁の井上俊剛氏は、これまでのコーポレートガバナンス改革の取り組みと、今後の課題を説明した。改革は、機関投資家の行動原則スチュワードシップ・コード(14年策定)と、企業の行動原則コーポレートガバナンス・コード(15年適用開始)の両輪で中長期的視点に立った企業と投資家の建設的な対話を推進。20年3月のスチュワードシップ・コード再改訂では、サステイナビリティ(ESG要素を含む中長期的持続可能性)の考慮や、一定の場合における議決権行使結果の理由開示が盛り込まれた。コーポレートガバナンス・コードについても21年の改訂に向けてフォローアップ会議が20年10月から再開。コロナ禍により、需要や消費行動、働き方などライフスタイルに変化がもたらされ、企業も対応が迫られていると認識。菅義偉首相が所信表明演説で日本企業の価値向上のカギとした「女性・外国人・中途採用者の登用促進による多様性のある職場、しがらみにとらわれない経営の実現」についても、フォローアップ会議で「コロナ後の経済社会構造変化を見据え、よりスピード感のある対応が求められる、との認識で議論が進んでいる」と語った。

第一部・パネルディスカッション
対話による企業価値の協創

りそなアセットマネジメント
執行役員責任投資部長
松原 稔

モデレーターのりそなアセットマネジメント、松原稔氏が、企業と投資家の対話に期待すること、今後の資本市場のあり方などを聞いた。


PwCあらた有限責任監査法人
リスク・デジタル・アシュアランス部門 兼
ステークホルダーエンゲージメントオフィスパートナー
久禮 由敬

PwCあらた有限責任監査法人の久禮由敬氏はデジタルトランスフォーメーションや統合報告の専門家の立場から、投資家が企業の行動に対するさまざまな疑問を経営者と対話し、イノベーションを協創することが持続的な価値創造につながると指摘。デジタル技術の進化により、企業がステークホルダーから得たフィードバックをリスク管理や事業機会の発掘に活用できる時代になったことを踏まえ、金融が、外部不経済の最小化を促進する資金配分を担い、社会的価値向上の視点から企業活動を後押しすることの意義を強調した。


一般社団法人
機関投資家協働対話フォーラム
理事
濵口 大輔

企業年金連合会でアセットオーナーを経験した機関投資家協働対話フォーラムの濵口大輔氏は、コロナ禍は企業にとって変革のチャンスで、投資家は議決権行使という市場の変革推進機能を発揮すべきだが、持ち合い・政策保有株式を中心とする安定株主の存在が、議決権という投資家の基本的権利を侵害しているので、企業の変革が過去いつも不十分に終わってきたのが日本の最大の問題と強調。この問題の解決に、投資家・企業・政府は今回こそ真剣に取り組むべきと訴えた。


アセットマネジメントOne
運用本部
責任投資グループ長
寺沢 徹

アセットマネジメントOneの寺沢徹氏は、激変する環境の中でデジタル活用を根幹に据えたイノベーションの取り組みを企業に期待。長期保有のパッシブ運用を行う機関投資家としてESGの視点から企業と対話し、市場の底上げに貢献したいとした。市場での健全な取引には企業の情報開示が重要と強調。非財務も含めて開示される情報量が増えたことで、トップとの対話やメッセージに注目していると語った。


三井住友DSアセットマネジメント
責任投資推進室
上席推進役
齊藤 太

三井住友DSアセットマネジメントの齊藤太氏は、イノベーションが生み出すリターンを顧客に届ける責務を負う投資家は、既存システムを効率化するわかりやすいイノベーション以外に、創造的破壊を伴って最初は判断が難しい大きなイノベーションを目利きする力が問われると指摘。企業価値の向上には、投資家と企業が共有する課題に協働するための信頼関係構築と、価値を顕在化させる情報開示が必要で、これらは対話の重要なテーマになると述べた。

第二部・特別講演
新しい資本主義に向けた価値協創と日本企業・産業の未来

一橋大学大学院
国際企業戦略研究科
客員教授
名和 高司

一橋大学の名和高司氏は、資本主義に代わり、志(Purpose)に基づく「志本経営」を提唱。要素の1つとして、30年を目標年とする現行のSDGsの先にある30年後の50年を見据えた「新SDGs」の考えを掲げた。新SDGsは、SDGsのサステイナブルな世界に向けた17の目標に「自社が提唱したい新しい価値観」を加えた18の目標を設定。デベロップメントのDをデジタル化、ゴールのGを分断された世界のつなぎ直しの意味を込めたグローバルズに読み換えたもの。サステイナビリティ推進はコストがかかり会計上の利益を損なうため、デジタル化によるコスト抑制と、CSV(Creating Shared Value、共創価値)経営導入による社会的価値と経済的利益の両立を求める。CSVは、企業が社会的価値の創造を目指すことで、好感度がアップし売り上げ増につながるほか、社員の当事者意識・士気が高まって生産性が1.4~2.2倍に向上。ブランド、知識、ネットワーク、人材など無形資産の価値も高まる。CSV経営の事例に言及し「日本企業では共感を生むストーリーを発信しないとCSVへの理解は得られにくい」と語った。

第二部・パネルディスカッション
企業は人の手によってつくられる結晶である
~起業経営者と未来を語る

エム・シー・ジー
代表取締役
エグゼクティブコーチ
久野 正人

コーチングを提供するMCGの久野正人氏をモデレーターに、若いスタートアップ経営者が資本調達、価値創造、持続可能性について語った。


ヘイ
代表取締役社長
佐藤 裕介

個人中小企業向けEC、決済プラットフォームを提供するヘイの佐藤裕介氏は、資本調達には、世の中にあるべき事業と投資家に思われることが重要と強調。安価で使いやすいテクノロジーを普及させ、商圏拡大、コスト削減の課題を解決するとした。同社の課金は、顧客の成長に同期する売り上げ定率部分があるが、収益追求に走って、売り上げの少ない中小支援事業というミッションから乖離しないように文化の醸成を図るとした。


ブレイゾン・セラピューティクス
代表取締役社長
戸須 眞理子

ブレイゾン・セラピューティクスの戸須眞理子氏は、生体バリアに守られた脳に、多様なタイプの薬を届けるという技術は、脳の病気の治療薬が少ないという課題を解決すると強調。最初の資金調達時は、技術の社会実装への楽観が成功のカギだったと分析。ただ、当時は戸須社長一人の会社だったため、早い時期に社内に人材を巻き込み、チームとして投資家の信頼を得られたら、よりよかったと、振り返った。


ビースポーク
代表取締役
綱川 明美

ビースポークの綱川明美氏は、外国人向け観光案内サービス用に開発した多言語対応AIチャットボットを、災害時などの情報伝達プラットフォームとして、世界の公的機関などに活用してもらい、自身も体験がある、言葉の壁による緊急時の情報格差を解決すると述べた。資金調達は、訪日外国人観光客へのインタビュー調査の取り組みで、投資家に「なかなかそこまでできない」と言わせた「本気度」が大事だったと語った。


TBM
代表取締役
CEO(最高経営責任者)
山﨑 敦義

世界各地に豊富にある石灰石を主原料に、プラスチックや紙の代替素材と再生材料素材を開発製造するTBMの山﨑敦義氏は、出資者や、よりよい未来のための事業に参画してくれた優秀な若者の期待に応える責任をますます感じるとした。民間主導の循環型経済の仕組みや価値観を創出し、途上国を含む世界に広げるには、新素材に対する消費者の理解・応援も必要で、自身が社会に向けて伝える力を強化したいと語った。

第三部・講演
Post‐IPOスタートアップ企業の成長を通じた産業創出に向けて

シニフィアン
共同代表
朝倉 祐介

スタートアップ支援を手がけるシニフィアンの朝倉祐介氏は、スタートアップを「未来の富を生み出す原動力。大企業と違って『持たざる』がゆえにフットワーク軽く、新たな社会課題のソリューションを提供し、大きな産業をつくれる」と定義。「起業意欲が世界最低レベルの日本は、入り口の起業家数と出口の成功事例を増やす必要がある」とした。日本では「上場したスタートアップが、世の中に影響を及ぼす規模に成長するのは難しい」実情を指摘。十分な規模に成長する前にIPO(新規株式公開)するケースが多いことや、未公開企業を支援するベンチャーキャピタル(VC)は性質上、上場後の継続支援ができないため、IPO後のスタートアップを支えるプレーヤーがいない点を課題に挙げた。シニフィアンは、元ミクシィCEOの朝倉氏や投資銀行出身者らが、上場前後の時期の企業の経営相談に応じ、レイターステージの未上場企業向けファンドからも投資して支援する。同様のファンド、ポストIPO期のPO(公募・売り出し)による資金調達も増えてきた。未来世代に引き継ぐ産業創出のためには「経営者と投資家が長期時間軸で同じ視点を共有することが大切」と語った。

第三部・パネルディスカッション
企業・産業への積極的な成長資金供給を多様化する

青山学院大学大学院
国際マネジメント研究科
教授
高橋 文郎

青山学院大学の高橋文郎氏をモデレーターに、未上場・上場の枠を超えた企業と投資家の関係構築、成長支援について検討した。


SMBC日興証券
専務執行役員 エクイティ本部長
調査共同本部長(株式調査部担当)
トレボー・ヒル

SMBC日興証券のトレボー・ヒル氏は、コロナショックからK字回復した市場の今後はコンセンサスの形成が難しく、変動が激しくなると予測。アベノミクスで一時増えた海外からの投資は、20年2月に先物・現物のネットでゼロになっている。海外マネーを呼び込むカギは新政権の構造改革とガバナンス改革だと指摘し、経営陣との対話を通じて変革を促す投資家の動きは、今後も加速するだろうと述べた。


企業年金連合会
年金運用部
プライベートエクイティ担当部長
高橋 修三

企業年金連合会の高橋修三氏は、低金利下の収益源泉多様化のため、VC出資を含むPE(プライベートエクイティ、未公開株)投資に取り組んでいる。日本では機関投資家のスタートアップ投資は少なかったが、近年、優れた起業家とベンチャーキャピタリストが増え、エコシステムが回り始めていると説明。PE投資は経営参画型で支援し、時間をかけて企業価値向上を図るため、長期投資の年金基金とも親和性が高いと語った。


産業革新投資機構
取締役CSO
福本 拓也

官民ファンド、産業革新投資機構(JIC)の福本拓也氏は、企業、投資家、運用機関は企業の成長からリターンを得る究極的目的を共有できると指摘。JICは、まずは民間投資が少ないレイター・グロース期スタートアップを中心としたファンドと、民間資金だけでは困難な事業再編、企業買収を促すバイアウト・ラージグロースファンドをそれぞれ設立して資金を供給。それを呼び水に民間投資を促進、次世代産業へのリスクマネー供給の循環創出を目指すとした。


ティー・ロウ・プライス・ジャパン
取締役
アーシバルド・シガネール

米国系の資産運用会社、ティー・ロウ・プライス・ジャパンのアーシバルド・シガネール氏は、企業の長期パートナーを目指した資本供給として、日本で未上場期に投資して上場後も株式保有を増やすクロスオーバー投資の取り組みを始め「ポテンシャルは高い」と述べた。投資家はスチュワードシップ責任を果たし、伸び悩む上場企業とは事業ポートフォリオ調整について議論し、長期支援にコミットすることが好循環につながるとした。