動画より「音だけ」のほうが伝わる、意外な事実 脳波測定が実証した、音声の「伝える力」の凄さ

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音には、不思議な力がある。身近な一例が、お店のBGMだ。飲食店やアパレルショップ、スーパーなどではたいてい、何らかの音楽が流れている。もちろん個人差はあるが、その曲調によって私たちは知らず知らずのうちに、感情面や行動面で影響を受けている場合が多い。例えば、テンポの遅い音楽が流れている店内で、滞在時間や食事時間が長くなってしまったといった経験はないだろうか。

情報を絞ったほうが、伝えたいことは伝わる

一方、10〜20代を中心に話題を呼び、今や1つのジャンルとして確立されつつある「ASMR」というものもある。これは耳元でささやく声や、炭酸水のシュワシュワ音、キーボードのタイプ音など、日常のちょっとした音を聞いて心地よさや癒しを得ることができると言われており、「脳がゾワゾワする」などとも表現される。音の意外な効果にスポットを当てた例だ。

近年、そうした音の効果を科学的に実証し、マーケティングに活用しようという研究が進みつつある。その1つが、2020年6月に行われた「ニールセンニューロ調査レポート」だ。

これは音楽ストリーミングサービス・Spotifyが、世界最大級のリサーチ会社・ニールセンに依頼したもので、ニューロ(神経の)という通り、脳波を計測して音声効果を実証している点が最大の特徴である。

この調査では多くの人が意外に思うであろう結果が出ている。それは「ブランド伝達調査」で出た「ブランド名の認知には、動画より音声で伝えたほうが効果的」という結果だ。こちらは、以下3つのステップで行われた。

第1ステップでは、Spotify上で広告の出稿元である動画配信サービスであるA社のブランド名を提示し、脳波がどれくらい変化するかを計測。そして第2ステップでは、A社のブランド広告を「音声広告」「動画広告」「音声広告+動画広告」の3パターンで提示する。さらに第3ステップでは再びA社のブランド名を見せて脳波を計測し、第1ステップで得られた脳波と比較した。

その結果、3手法すべてでA社のブランド伝達強度(広告とブランドの結びつきの強さ)は高まったが、意外にも「音声広告のみ」の広告効果が、3パターンの中で有意に高かった。普通に考えれば音声広告のみより、情報量の多い動画広告が、さらにはよりトータルの情報量が多くなる音声広告+動画広告の効果が高そうなものだが、なぜ「音声広告のみ」がベストだったのか? 

「音声広告は要素がシンプルなために、動画よりもかえってブランド名が伝わりやすかったのではないでしょうか」と話すのが、Spotify ビジネスマーケティングマネージャー・石井恵子氏だ。

「音声広告はまさに音声だけなので、読み上げられたブランド名がそのまま頭に残りやすい。一方で動画広告は、ブランドに関する情報以外にもさまざまな要素で構成され、それらがブランド名の伝達を拒む要因にもなり得ると考えられます。もちろん個人差はありますが、その背景には、人の脳が一度に複数のことを処理するのが得意でないことがあるではないでしょうか」(石井氏)

ブランドを認知させ、思い入れを強める

一方、脳波の主要3指標を調べたもう1つの調査手法でも、興味深い知見が得られた。それは「音声広告を動画広告と併用することでシナジー効果が確認され、とくに音声広告は感情に大きく関与する」というものだ。

脳波の主要3指標とは、意思決定に重要な「注目」「感情関与」「記憶」のことで、これらの指標が総合的に高い広告ほど、購買につながりやすいと考えられる。複数パターンのテレビCMを流して最も効果の高いものを選ぶ際などにも、この3指標による総合効果が基準とされる。

こちらの調査では、「動画広告のみ」、「音声広告の後に動画広告」という2つの広告提示パターンを比較。それぞれ動画広告を視聴している時の脳波を計測した。

その結果、「動画広告のみ」より「音声広告の後に動画広告」のほうが総合効果が0.7ポイント高くなり、音声と動画のシナジー効果が実証された。ちなみに0.7ポイントというと微差にも感じるが、ニールセンニューロ調査では0.4ポイント以上の差で統計的に95%の確率で有意な差があると考えられるため、0.7ポイントというのは非常に大きな違いとなる。

「動画だけの場合より、音声+動画のほうが広告効果が高くなるのはあたりまえに思いますが、特に興味深いのは音声を経たパターンが、感情的に惹かれる度合いである『感情関与』の数値が目立って高かったことです。まずは音声を聞いて『こんな感じかな?』とイメージし、その後に動画で視覚情報を得るというプロセスにより、グッと感情移入しやすくなる。そのように分析しています」(石井氏)

以上の調査をふまえ、石井氏はこう総括する。

「まず音声広告は、ブランドを認知してもらいやすいこと。そのうえで、ブランドに対するエンゲージメント(思い入れ・愛着心)も高めてもらいやすい。今回の調査を通じて、それを脳波という数値で見ることができました」(石井氏)

声優起用で「購入したい」が76ポイントも上昇

昨今は動画広告を利用する企業が多いが、動画がスキップされやすいなどの理由で、期待する効果がいまいち得られないケースも少なくないという。そんな場合はまさに音声広告のみを新たに制作し、シナジー効果を見越して音声+動画を試してみるのもいいだろう。音声は動画より制作費がかなり安くすむので、テストマーケティングもしやすい。

実際にSpotifyに音声広告を出し、大きなブランディング効果を得た例もすでに多くある。音響機器メーカー・オーディオテクニカは2020年6月に、新製品であるワイヤレスノイズキャンセリングヘッドフォン「ATH-ANC300TW」の音声広告に、人気声優の内田真礼さん・内田雄馬さん姉弟を起用。

それがSNSで大きな話題になったこともあり、出稿後の調査では広告接触者が広告非接触者を製品認知度で65ポイント、好意度で55ポイント、購入意向で58ポイントも上回った。とりわけアニメファンに関しては、広告非接触者を製品認知度で85ポイント、好意度で71ポイント、購入意向で76ポイントも上回るなど、驚異的な広告効果が見られた。

Spotifyのユーザー層の特徴も、注目に値する。ビデオリサーチ社による「Spotifyユーザープロフィール調査」によると、Spotifyユーザーはノンユーザーに比べスマートフォンに多く接し、InstagramやTwitter、TikTokなどSNSの利用率が高い。またユーザーの63.5%を30代以下が占め、若者の利用者が多い。このように、テレビでリーチしづらい層に広告が届く点も、Spotifyの大きな強みだ。

視覚優位の時代を経て、近年は音声の力に注目が集まり出し、それが科学的に実証され始めてもいる。音声が“不思議な力”でなくなりつつある今、それをビジネスの成果を高めるのに活用する価値はあるのではないか。