ダイキンが「EUの環境規制」に見る大チャンス 空調専業メーカーが果たすべき役割は絶大だ

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「サーキュラーエコノミー」が世界のトレンドとなりつつある。従来廃棄物とされていたものを資源と捉え直し、経済活動の中で循環させる仕組みのことだ。ヨーロッパでは、2015年に欧州委員会(EUの政策執行機関)が「循環型経済パッケージ(サーキュラーエコノミー・パッケージ)」を採択。多くの企業がそれに沿ってビジネスモデルの見直しを進める中、生活インフラとなりつつある「エアコン」業界も変革を迫られている。エアコンは、地球環境と切っても切り離せないビジネス。グローバル企業・ダイキンは、この壁をどう乗り越えようとしているのか。同社の挑戦を追った。

環境問題は、エアコンの安定供給にも影響を与えている

人口減少社会に突入している日本と違って、世界の人口は増加傾向にある。そうなると、必然的に増えるのが資源利用量だ。OECDは、2060年までに世界の人口が100億人に達し、資源の利用量は2018年比で約1.8倍の167ギガトンに増えると推計。これまでのような「大量生産・大量廃棄」の経済サイクルを続ければ、資源の供給が追いつかなくなるだけでなく、二酸化炭素やプラスチックの排出量が増えて気候変動や生物多様性の破壊にもつながる。

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そこで求められているのが、廃棄物の発生も新たな資源の供給も最小化しながら経済効果を生み出す「サーキュラーエコノミー」への移行だ。SDGs達成の切り札になるともいわれているビジネスモデルで、欧州ではすでに多くの事例がある。例えば大手自動車メーカーは、製品部材の9割超に生物由来の再生可能素材を使用し、資源の循環を可能にした。オランダのアムステルダム市は、遅くとも2050年までに完全サーキュラーエコノミーへシフトすると宣言している。

ダイキンヨーロッパ 環境リサーチセンター 担当部長
山口 貴弘

先進的な環境政策を推進し、サーキュラーエコノミーの機運が高まっている欧州だが、エアコンメーカーは環境規制によって新たな課題に直面している。今や生活インフラとされるエアコンやヒートポンプの普及に、影が差してきているのだ。ダイキンヨーロッパ 環境リサーチセンターの山口貴弘氏は、その理由をこう説明する。

「空気を冷やしたり暖めたりするエアコンの機能は、室内機と室外機を結ぶ配管の中を循環している『冷媒』というガスによって担われています。従来エアコンに使われていたHCFC冷媒は、オゾン層を破壊する性質があることから、欧州では世界の先進国に先駆けて2010年に新規の供給が中止され、オゾン層を破壊しないHFC冷媒に代替されました。しかし、HFC冷媒にも温室効果があるため、欧州では地球温暖化防止の観点から、いわゆる『Fガス規制』によって管理されてきました。この規制はとくに2015年から強化され、HFC冷媒の製造も輸入による調達も強く制限されることになり、HFC冷媒の総量がCO2換算量で段階的に削減されています」

エアコンの安定生産のためには、環境負荷の少ない冷媒への転換に加え、既存の冷媒を循環・再利用することも重要だ。出典:(一社)日本冷凍空調工業会の市場需要データよりダイキン作成

冷媒の製造や輸入による調達ができなければ、エアコンの安定供給は難しい。一方で、世界全体のエアコン需要は急増中。近年はヨーロッパやアジア諸国でも酷暑が問題となっており、人々の健康と快適な生活を守るためにエアコンは不可欠。2050年には現在の3倍以上の生産台数に達するともいわれている。ダイキンは大きなジレンマを抱えたのだ。

新製品投入で、新規冷媒充填量の4割減に成功

このジレンマを解決するため、ダイキンが取り組んだのが冷媒の再生利用だ。冷媒の寿命が半永久的であることに着目したのである。

「冷媒は、不純物を取り除けば再生でき、繰り返し使うことも可能です。エアコン廃棄時に不要となった冷媒を回収・再生し、新たに販売する空調機にその再生冷媒を充填すれば、冷媒の新規調達を最小限に抑えられると考えました」(山口氏)

環境負荷を減らすのはもちろん、循環型ビジネスモデルとして経済効率もいい「冷媒のサーキュラーエコノミー」。これを実現するため、ダイキンはドイツに冷媒再生プラントを新設し、2020年8月に再生冷媒の供給をスタートした。エアコンと冷媒の双方を手がける希有な企業だからこそ可能なアプローチだといえよう。

さらに、冷媒再生のノウハウを生かして新製品も開発した。2019年6月にリリースしたのが、再生冷媒を用いた業務用マルチエアコン「VRV L∞P by Daikin」だ。発売後、1年半で約2万4000台を販売。ダイキンヨーロッパで営業を担当する増田貴俊氏は、その手応えを次のように語る。

ダイキンヨーロッパ 担当課長
増田 貴俊

「とりわけ環境にやさしいブランドイメージを求める多店舗展開の企業などから好評を得ています。『VRV L∞P by Daikin』を納入いただいた会社様がそのことをCSRレポートに掲載されるなど、環境意識の高いエンドユーザーに訴求する会社様も増えてきました。再生冷媒でも新品の冷媒と同じ品質に精製されているため、使用に問題はありません」

再生冷媒を用いたことで、「2020年12月現在で、40万CO2トン相当の冷媒を新規調達せずに済んだ」(増田氏)という事実にも注目したい。これによって、欧州でダイキンが販売する業務用マルチエアコンでの新規冷媒使用量を、従来に比べて約4割削減できたという。

「今後、さらにサーキュラーエコノミーの取り組みを進めるため、エアコン更新の際に冷媒の回収と『VRV L∞P by Daikin』の導入提案をセットにして展開する予定です。回収した冷媒を再生して、メンテナンス時に供給する仕組みを整備することで、Fガス規制による冷媒不足を懸念される工事代理店にも安心してダイキン製品を取り扱っていただけるでしょう」(増田氏)

オンライン取引サービスで、冷媒の回収事業を促進

前述のFガス規制により冷媒の回収は義務化されているものの、回収率は依然として低い。国ごとに細かなレギュレーションが異なること、多くの地域で再生インフラが整備されていないことがその理由だ。

「最近はだんだん回収・再生率が高まってきた実感があります。プロジェクトを開始した当時の調査では、2013年における欧州の再生率は1%以下でした」(山口氏)

だからこそ、空調業界の雄としてエアコンと冷媒の双方を手がけるダイキンの責任は重いのだと、山口氏は力を込める。「世界150カ国で展開する空調専業メーカーとして、ダイキンには大きな使命がある。冷媒の回収・再生は、ダイキンが掲げる『環境ビジョン2050』にも盛り込まれている重要施策です。先行事例としてほかの地域にも適用できるように、ヨーロッパで成功させることが第一歩だと思っています」。

ダイキンはすでに、そのための次の一手も打っている。回収冷媒の市場循環をサポートするオンライン取引サービス「Retradeables(仮称)」がそれだ。エアコンの設置事業者がエアコンを取り外すときに冷媒を回収しやすいよう、冷媒に価値をつけて流通させる取引仲介プラットフォームだ。ダイキン発のこの冷媒の売買システムは、EUの助成プログラムに採択され、チェコ、スロバキア、ハンガリーの東欧3国で実証実験を行うことが決定している。

冷媒の回収・再生の仕組みを構築することで、サーキュラーエコノミーを推進する

「冷媒をスムーズに回収できる仕組みを整えることで、『冷媒のサーキュラーエコノミー』が広がっていくはず。まずは国レベルでの法規制の確認や市場関係者との協働、協創などを進めて、ノウハウを積み上げていきたいと思っています。デジタル活用とも絡めれば、幅広いエリアでそれぞれのビジネス環境に合わせた施策が展開できます」(増田氏)

環境負荷を減らしながら経済効率も上げ、エアコンの持続的利用を促す「冷媒のサーキュラーエコノミー」。増田氏が指摘するように、このエコサイクルをグローバルレベルで確立していくには、各国政府やさまざまな業界と連携していくことが求められる。「快適な空気」という、人間に欠かせない要素を守るため、ダイキンの飽くなき挑戦は続く。

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