コロナ禍を乗り越えるためのITとは 「全文公開」老舗商社が挑む業務改革

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文系の30代社長が自らIT管理者を兼任

代表取締役社長の淵本友隆さんは、2009年の社長就任以来、危機感を感じていた。リーマンショックの影響で売り上げが落ちただけでなく、ネットビジネスの台頭などにより、価格競争が激化。将来も生き残る企業になるためには、限られた人員と時間の中で業務を効率化し、収益力を高めるしかなかった。

「取引の途絶えているお客さまが全体の3分の1と、非常に多かったのです。顧客情報は基本的に担当の頭の中にあり、表計算ソフトですら共有していない状態。引き継ぎがうまくいかないこともありました。創立70周年という節目を迎え、顧客情報をしっかり共有していこうと、Salesforce(セールスフォース)の導入を決断しました」

Salesforceはクラウドを介して、ビジネスを支援する多様なサービスを提供している。世界で15万社以上が導入しており、ユーザーには誰でも知っているグローバル企業が名を連ねるが、中小企業の利用も多い。淵本さんは、何よりもまず喫緊の課題を解決するため、CRM(顧客関係管理)の情報などを一元管理する営業支援ツール「Sales Cloud」の利用を始めた。

2017年6月の導入当時、淵本鋼機にIT担当者はおらず、社長本人が管理者を兼任した。「むしろ私もITは苦手だったんですけど、少し勉強すればスムーズに使えるようになりました。わからないことがあったら、Salesforceのカスタマーサービスにも頻繁にメールしましたね」と振り返る。

ベテラン社員も効率化のメリットを体感

最初のステップは、顧客・商談に関する情報の「Sales Cloud」への入力。データを共有したことによって、営業スタッフの働き方は大きく変化した。これまでは事務所に戻って日報を打ち込まなければならなかったが、社から配布されたタブレットを使い、いつでもどこからでもアクセスして日報を書くことが可能に。無駄な業務時間は明らかに減っていった。

社内の報告などの業務は、社内SNSの「Chatter」に切り替えた。稟議を承認するまで数日かかっていたのが、10分程度で可能となった。外出中の営業スタッフも、情報や指示をモバイルで受けることができ、アクションを起こすまでのリードタイムが大幅に短縮された。

同社の社員の年代構成は、20代から60代まで幅広い。それでも、新しいシステムの導入は比較的スムーズに進んだという。各拠点でITに詳しいスタッフをサポート担当に任命したほか、社員一人ひとりが業務効率化のメリットを体感できたのも大きいと淵本さんは推測する。

本社に集まって月1回開いていた営業会議も廃止した。資料作成や移動で丸2日ほど費やしていたが、「Sales Cloud」では営業に関する数値やグラフなどを共有できるほか、各拠点でのミーティング内容も可視化された。現在はコロナの状況下で、全拠点をつないだウェブミーティングを週1回とこまめに開催している。

2018年からは、顧客分析や顧客の特徴に合わせたメルマガ配信を自動化できるマーケティングオートメーションツールの「Pardot」を導入。毎年4月に開催している自社主催の展示会「プロダクティブフェア」の集客と見込み客フォローに活用した。顧客の動向分析に基づいて最適なコンテンツのメールを配信して集客につなげるとともに、来場した見込み客に適切なタイミングでの営業活動を展開。顧客情報管理という“守り”と、展示会を通じた“攻め”の営業を両立させた。

売上高が過去最高を更新

淵本鋼機では、『「情報」「目的」「意志」「業務」「成果」の共有化』を、事業モットーにしている。Salesforceの導入によって「実務レベルで、5つの共有化が進み始めている」というのが淵本さんの実感だ。

定性的成果として挙げられるのが、情報の共有や見える化による「コミュニケーション効率」の向上や、「稟議・承認スピード」のアップ。「従業員満足度」についても、労働時間の短縮や生産性向上が実現し、「営業スタッフも余計な工数が減り、本当にお客さまのための時間を増やすことができ、その意味でも満足度は上がっているのではないでしょうか」と語る。

定量的効果においても、2019年の展示会の来場者数は、前年比1.5倍増の507名で、講習会に参加した人も2倍以上となった。売上高は、Salesforce導入初年度の2018年5月期が約37億円、2019年5月期が約41億円と2年連続で過去最高を更新した。

コロナ禍を経て、デジタル化は次のステージへ

デジタル化の推進は、コロナ禍という緊急事態への対応も、今までにないスピーディーなものへと変えた。今年3月3日、直前に迫っていた展示会の開催中止を決定すると、翌朝には顧客や関係者へとPardotで案内し、新型コロナウイルス対策行動指針も発表した。感染対策の細かな情報やマニュアルなどについても、社内SNSで瞬時に共有する体制が整っており、社員同士が離れていても連携することができた。

一方で、淵本さんは自戒の念を込める。「拠点間のコミュニケーションを、もう少し早くから取り組んでいたら、もっとしっかり対策できていたはずです。社内SNSも情報をまだ共有するレベルにとどまっているので、意見を出し合うような発展的なコミュニケーションをできれば」と、IT活用の余地について語る。

モノを並べる展示会ができなくなった代わりに、計画を進めているのがWEBセミナーだ。Pardotを活用した集客を行い実施する予定で、どのような形で開催するかを模索している。

「私どもの業界はフェイス・トゥ・フェイスが基本ですが、今後はオンラインなどでお客さまとつながることも必要。コロナを機に世の中が変わっていく可能性があり、当社からもお客さまにデジタルを提案していくことが重要だと考えています」と淵本さん。ビジネスそのものも、単にモノだけを売るのではなく、製造ラインの最適化のためにIoTを提案するなど、顧客に最適なソリューションを提供していく方向だ。

AIによる営業活動の分析や、顧客が手軽に利用できる発注システムなど、Salesforceを活用した新しい取り組みも始まっている。これまでは社長自身が先頭に立って推進してきたが、さらなる成長の原動力となるのは、現場の社員の発想だと考えている。

「Salesforceは奥が深く、まだ2、3割しか使いこなしていないという感覚です。でも、我々のような中小企業は、改革を一気に進めるのは難しい面があり、社員が足並みをそろえながら少しずつ歩んでいくことも大切。できるところから少しずつ成果を積み上げてきたので、今後は現場によりマッチした使い方を試みることによって、一歩先のステージへと進めるのではないでしょうか」

<プロフィール>
代表取締役社長:
淵本 友隆(ふちもと・ともたか)

1980年、新潟県長岡市生まれ。同志社大学商学部を卒業後、海外大手切削工具メーカーの日本法人で営業などを担当した。2009年に淵本鋼機の3代目社長に就任。自社主催の展示会「プロダクティブフェア」を開始したほか、2014年にタイ・バンコク駐在事務所を開設した。好きな言葉は「使命感」で、製造業の生産性向上や地域社会の経済的発展というミッションに取り組んでいる。