セールスフォース

「想像以上にITでできることは多い」 「全文公開」経営危機を脱したアナログ社長

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自社アプリと世界的プラットフォームの連携は可能?

2018年8月、稲場さんはテレビで印象的なCMを目にした。オフィスに風が吹きこみ、書類が舞うシーン。直感的に気になった。Salesforce(セールスフォース)という社名は初めて聞いたが、世界中で業務効率化に貢献している会社らしい。

調べてみたら、同社はビジネスのプラットフォームを提供している。これは面白そうだと思った。何よりも『伝え方ラボ』が社内のコミュニケーション改善を通じて目指しているような業務の連携が、目に見える形で可能になるからだ。性格統計学のアプリをSalesforceのプラットフォーム上で使えれば、どんなに素晴らしいだろうかと考えた。

自社の情報を登録してデモ画面を見たり、さまざまなページを日々興味深く眺めていた。地方の小さな会社を世界的な企業が相手にしてくれるとは思えないが、諦めきれなかった。ほどなくして、東京から電話の着信があった。Salesforceのインサイドセールスからだった。

稲場さんは営業担当者に会って詳しい話を聞くことにした。アプリの可能性への想いを語ると、担当者も「Salesforceとの連携アプリとして開発できますよ」と太鼓判を押してくれた。さっそく、アプリ開発のために営業支援ツール「Sales Cloud」に契約した。稲場さんには、Salesforceを使って具体的にやってみたいことが一つあった。

マーケティング活動を自動化してくれるツール「Pardot」。これを「Sales Cloud」と併用して、自分の会社でも運用してみることにしたのだ。今は営業活動も稲場さん一人で行っているが、負担は大きく、昔のように足を使って営業する時代でもない。そこで、ITを使ってマーケティングを自動化すれば、地方の会社にもチャンスが生まれるはず。営業スタッフを雇用する余裕はなく、人間にはできない仕事ができる「Pardot」を使うのが堅実だろうと考えた。

「Pardot」導入を決断したのには、確かな理由があった。「『Pardot』は、誰がどのページに興味を持っているかなども細かくわかります。そこで思い出すのは、私が登録してSalesforceのページをいつも見ていたら、インサイドセールスの電話がかかってきた。私とSalesforceが出会うことができたのは、おそらく『Pardot』のおかげなんです」と、稲場さんは推測する。

たとえ目立たない小さな見込み客であっても、サービスを本当に必要としている相手との接点を見出して、ビジネスにつなげることができる。Salesforceのすごさと可能性を、自身の経験として実感していたのだ。顧客と出会うチャンスを逃さない。それは、ITならではの大きなメリットだと言える。

「クラウド実践大賞」を導いた、あらゆる業務の自動化

Salesforceを導入して4カ月。その時点では、思うように使いこなすことができず、稲場さんは焦っていた。Salesforceといえども、魔法のツールというわけでない。自分のやりたいことを明確にして、システムに反映させなければならないということに気づいた。2019年1月、システム開発を担当するベンダーに相談して、ゼロからシステムを構築しなおすことを決意した。

稲場さんが目指したのは、まずは自分ひとりでも円滑に業務がこなせるような、クラウドで一元化・自動化されたシステム。集客や営業、事務などのあらゆる業務を、できる限り一元化した。一般的によく使われているオフィススイートやオンラインストレージ、会計や帳票処理、決済などのサービスが、Salesforceを通じてシームレスに連携することが可能になった。

「私がSalesforceを一押しするポイントは、いろんな連携アプリと組み合わせることができること。自分がやりたいことに合わせて、拡張していけるんですね。顧客管理の『Sales cloud』とマーケティングの『Pardot』を例にしても、それぞれ単独の製品はたくさんありますが、両者が一体になって使えるものって少ないと思います」

システム構築の結果、企業経営のあらゆる面においてDXが実現した。バックオフィス業務はフルクラウドで全自動化。全国のパートナーや、性格統計学を学んだカウンセラーらとは、テレワークで連携しながら業務を遂行している。研修やセミナーの開催もオンライン化を進め、全国の顧客に対応できるようになった。

ジェイ・バンは2020年2月、「全国中小企業クラウド実践大賞」全国大会(日本商工会議所や全国中小企業団体中央会などから成る実行委が主催、総務省が共催)で、5位に当たる「クラウド活用・地域ICT投資促進協議会理事長賞」を受賞。稲場さんが一人であらゆる業務をクラウドで一元化かつ自動化し、テレワークを実現していることが評価された。

メディア紹介後の膨大な申し込みにも完全自動対応

『伝え方ラボ』が全国的に知名度を広げる契機となったのが、NHKの全国版ニュースや民放の情報番組で紹介されてから。放映後にはサイトへのアクセスが殺到し、多くの人が個人向け『伝え方ラボ』のトライアル版(無料体験版)を申し込んでいる。

アプリの利用を拡大するうえで、トライアル版は重要な位置づけを占める。アカウントをユーザーに発行する手続きは、当初は稲場さん本人が手動で行っていたという。メールで受け付けたら、管理画面にアクセスしてIPとパスワードを発行。PDFを作成して、メールに添付して送信する。その事務的な作業は、1件で30分かかる場合もあり、しかも他の業務の合間に行わなければならない。稲場さんの負担が大きいだけでなく、返信の遅れや人為ミスを起こすリスクをはらんでいた。

もちろんSalesforceの導入後は、それらの面倒な作業フローを全て自動化した。24時間体制で申し込みを受け付けて、ユーザーにはすぐ返信。人為ミスもありえない。自動的にリスト化された見込み客には、さまざまな形でインサイドセールスを行うことも可能だ。

たとえば2020年7月に民放の生活情報番組で、『伝え方ラボ』の紹介が放映されると、7日間で5230件のトライアル版への申し込みがあった。以前のように30分かけて手動で処理していたら、延べ2615時間(約108.9日)が必要だった。さらに「Pardot」連携で申し込み者に配信したメルマガは、42.79%と高い開封率。タイミングを逃さずに有料オンラインセミナーの案内を行い、個別相談へとつなげていった。セミナーにはこれまでの5倍の集客を実現し、自動化システムが業績アップに直結したのだ。

これは稲場さんが自動化に成功した業務の一例だが、将来にビジネスを拡大していこうと思えば、アナログな作業や属人化された業務は肥大化し、成長を阻む障壁となる。顧客を増やして持続的に成長を続ける企業には、ITの導入は不可欠だと言える。

「当社のような少人数の企業ほど、デジタル化は進めやすいし、そのメリットも大きいと思います。膨大な人数のお客さまを、一つのシステムで管理できるのですから」と稲場さんは語る。経営の危機を脱し、一人での経営をずっと続けるつもりはない。やはり人の力は重要だと思うが、ITを駆使することで、人間ならではの力が発揮できる業務に集中したい。テレワークで地域の格差もなく、生涯現役でイキイキと働くことができる組織をつくりたいと考えている。

顧客管理や職場環境改善につながる、4つの性格タイプとは

以前からセミナーや研修のオンライン化、テレワークなどを推進していたことは、ジェイ・バンがコロナ禍を乗り切るための大きな原動力となった。2020年8月期の売り上げは前年度比206%と、順調に推移している。

一方で世間では、テレワークに移行した企業が増えたことによって、コミュニケーションがうまくいかないケースが続出。同社の法人向けオンライン研修への問い合わせは増加している。

あらためて性格統計学を簡単に紹介すると、「自分を優先 or 相手を優先」「計画的 or 臨機応変」の2つの軸で、人の性格を「ビジョン」「ロジカル」「ピース プランニング」「ピース フレキシブル」の4パターンに分類。同社の法人向け研修では、相手の性格に合わせた叱り方やほめ方、言ってはいけないタブーなどを学ぶ。

「テレワークでは直接のコミュニケーションが減ってしまい、相手の考えがわからなかったり、反応が薄くて自信がなくなることもあります。落ち込んでいる部下に『飲みに行こうよ』などと、後でフォローすることもできない。直接顔を合わせることが少ないからこそ、お互いを理解することが重要であり、性格統計学を生かしてほしい」と稲場さんは話す。

そのノウハウをSalesforce上で実現するのが、稲場さんの念願だったSalesforce版『伝え方ラボ』だ。2020年2月にリリースされ、顧客のタイプや担当者との相性などを、画面でわかりやすく表示。コミュニケーションの際の具体的なアドバイスや、効果的なワードなども見ることができる。具体的な例としては、性格に合わせてメールの件名を変えることで、開封率アップを目指すといった施策が可能となる。

自社のアプリとSalesforceの連携が実現し、稲場さんの夢は一つ叶った。アプリなどを通じて人間関係の向上に貢献し、企業としても発展するというミッションは、これからも続く。

「私は今でもアナログ人間です。むしろ、細かい文字を見るのがイヤなので、自動化にはこだわりました。想像以上にITでできることは多いと実感。ITが苦手な私でも、ここまで業務をクラウド化できるのだと思うと、楽しくなります。今のテクノロジーは誰にでも扱いやすいものに進化していることを、ぜひ実感してほしいですね」

<プロフィール>
代表取締役社長:
稲場 真由美(いなば・まゆみ)

人間関係研究家。1965年、富山県生まれ。結婚後に女性向け下着メーカーの個人代理店をスタート。コミュニケーションを改善して業績を大幅にアップさせた成功体験を生かし、「性格統計学」を考案した。データ検証を積み重ね、2007年に株式会社ジェイ・バンを設立して性格統計学を活用した研修やカウンセリングを開始した。2018年にはアプリ『伝え方ラボ』を開発し、ビジネスモデル特許を取得。現在は企業研修やコンサルティングを幅広く行い、コミュニケーションスキル向上に貢献する活動を続けている。一般社団法人 日本ライフコミュニケーション協会の代表理事も務める。

著作に『人間はたったの4タイプ―仕事の悩みは性格統計学ですべて解決する!』(セブン&アイ出版)。2020年9月には、Salesforceとのコラボによる同書の営業接客版eBookがリリースされる。