セールスフォース

異常気象などの不確実性をいかに克服する? 「全文公開」農業のIT導入が生んだ効果とは

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第一歩は、情報共有文化の共有から

クロスエイジが改革へと本格的に乗り出したのは、5~6年前から。業務プロセスの改善やITツールの導入などを少しずつ進めていた。そして藤野社長は2017年、営業支援のためにSalesforce(セールスフォース)の導入を決断した。運用担当を一任された松永さんは「セールステックという言葉の響きに乗せられ、右も左もわからず運用がスタートしました」と語る。

セールスフォース・ドットコムが提供する「Sales Cloud」は、顧客関係の情報や案件をクラウドで一元管理するツールとして多彩な機能を有し、他のアプリとの連携も円滑に行える。とはいえ、当時は改革を性急に進める段階ではなく、手始めに社内SNS「Chatter」の活用を進めることにした。

効果は如実に表れた。営業一人当たりの月移動コストは約3割も減少。同社の取引先は北海道から沖縄まで全国にあるうえに、農産地の多くは交通の不便な場所で、移動のための時間も経費も非常にかかる。何かあれば直接顔を合わせることで解決してきたが、Chatterで社内の営業情報を共有し、不明点などがあれば情報提供を呼び掛けることで、外部との打ち合わせによるコストを減らすことができた。

それまでは、誰が何の情報を持っているのが不明で、「あれはどこ?」というやりとりが日常的だった。Chatterの活用によって、情報探しの手間が減っただけでなく、顧客に紐づけた情報共有が可能になり、「あの情報は役に立った」というケースも次第に増えた。

松永さんは営業スタッフに社内メールの使用を禁じ、情報を必ずChatterで共有することを徹底した。「誰にでも守れるルールをつくり、諦めずにずっと言い続けました」と話す。

社内に情報共有文化が定着しつつあるのを見て、松永さんは次の一手を打った。いよいよ商談管理にSalesforceを本格活用する段階が来たのだ。

しかし、最初の運用は失敗に終わることになる。

組織の改革が先か、環境の改革が先か

勢いに乗って営業活動のIT化を一気に推進したものの、思うように運用が進まない。スタッフからは「入力の手間だけが増えた」という意見も出た。機能をフルに活用できないまま、既存顧客の対応に追われ、約1年が過ぎようとしていた。

当時の運用方法について、松永さんは「データを運用する目的やルール、運用体制と言った基本的なところが決まっておらず、現場任せで何となくで使っていた」と反省する。データをどう活用するかも、ツールをどう使うかも明確ではなかった。

会社を大きく変えていきたい場合に、体制やルールといった「組織から先に変えていくか」、システムやツールなどの「環境から先に変えていくか」は、判断するのが難しい。松永さんは自身の経験から「当社のような企業の場合は、組織のルールの担当者が組織文化を先に変えていった方が良かったと思います」と語る。

2019年3月、組織のルールを変えていこうという機運が高まり、あらためてSalesforceを活用するチャンスが訪れた。セールスフォースの担当者から再活用の提案を受けて、松永さんは大きな営業改革に着手する。

まず組織図と評価制度を見直し、重複する役割を排除して、それぞれに求められる責任と結果を明確にした。営業活動におけるルールを策定し、Salesforce運用の基盤となる商談フェーズを完成させた。

商談管理のプロトタイプを、松永さんとITが得意なスタッフの3人で運用し、ルールの設定などをチェックして、改良を繰り返した。Salesforceへの実装時には、エクセルの代わりにスプレッドシートからのデータ連携を実現し、営業に関わるあらゆるデータを見える化した。

ルールに基づいてSalesforceの運用はスムーズに進み、商談スピードなどが飛躍的にアップ。営業スタッフのトレーニング体系も見直し、若手からは「営業の基本が身について、農産物以外の営業もできる自信になった」という心強い声も。効果は売り上げに反映され、卸売部門の営業粗利益が2020年5月、前年同月比128%増を達成している。コロナ禍において、最高収益を達成したのだ。

他業界のロールモデルをどう組み込むか

Salesforceの再活用と営業改革に着手したのに並行して、クロスエイジは新しい試みをスタートさせた。大きな課題であった新規顧客の開拓のために、インサイドセールス部門を立ち上げ、業務プロセスをルール化していったのだ。

当時の営業スタッフは既存顧客のフォローに追われ、新規顧客を増やす目標も設定されていなかった。松永さんはインサイドセールス業務においても、商談管理と同様にルールや目標設定などを明文化。改善を重ねて、ルールとマニュアルを整備していった。

インサイドセールスを開始してから、年間の新規顧客開拓件数は4件から39件と、10倍近くに増加。業績の面でも、コロナ禍や豪雨災害などの影響を受けた分を、新規顧客の売り上げがカバー。自分たちから積極的に新しい商談を生み出していこうという意識が、組織全体に芽生えつつある。

同社が苦労したのは、新しいビジネスであるがゆえに、ロールモデルが同じ業界になかったことだ。他業界を参考にする必要がある。そこで松永さんは、自社の目標である年130%の成長を20年連続で達成しているセールスフォースのノウハウを徹底的に見習うことにした。商談フェーズやインサイドセールスの基本となる部分は、同社の手法を取り入れたものだ。

「うまくいっている他業界のロールモデルを見つけて、それをどうやったら自社に落とし込めるか。セールスフォースの担当者を巻き込んで、ひたすら作戦を練りました」

IT導入を検討している企業に向けて、松永さんは「まずはスモールスタートでやってみることですね。勤怠管理や会計などのバックオフィス系のシステムなら、導入コストも比較的かからないので、そちらから始めてみるのも一つの手です。当社も今後はバックオフィスにもITを活用していく予定です」とアドバイスを送る。

その際に重要となるのが、ITツールの選定だ。「ツール自体が魅力的でも、運用がしっかりしていない場合があるので要注意です。システムを入れるだけで万事うまくいくわけではありません。とにかく運用が大切。担当者が誠意を持って対応してくれたり、自社に合うITツールを見極める力も求められていくでしょう」

農家のIT導入もサポートし、上場を目指す

クロスエイジと取引している農家は、デジタル化には比較的積極的だ。コロナ禍にあって、WEB商談が歓迎されるようになり、対面営業を避けた形でのビジネスはスムーズに進行している。

ITを通じた農家の経営支援も、クロスエイジの事業成長のカギを握っている。「ツールを導入しても運用できていない農家もあり、当社もコンサル事業を通じて改善に貢献したいと思っています。当社が一度運用に失敗したという経験も生かせるはず。Salesforceのプラットフォームを農家に適用させるという構想も考えています」と松永さん。

「当社のビジョンである『農業の産業化』には、農家の持続的な成長が不可欠。農家がもうからないと、当社も成長できません。農家自身がデータを分析し、PDCAのサイクルを回して持続的に成長できる環境をつくることができれば、農業はより魅力的な産業になると考えています」

2024年夏のIPO(新規上場)に向けて、松永さんは新しいプロジェクトに取り組もうとしている。目指すのは、前期の粗利益の1.5倍。「新規顧客獲得件数」「1社あたりの粗利益」「商談スピード」の3つを1.5倍にするために、戦略を練りこんでいる。

「変化が大きいからこそスピードを上げる。早く動いて、早く問題を見つけて課題に落とし込み、早く改善する。これをひたすら繰り返す。今までの自分たちの行動スピードを意図的に上げていきたい」と、松永さんは抱負を語る。

不確実性という困難を乗り越えて、加速しようとしているクロスエイジのビジネス。それを支えるのがSalesforceのさらなる活用であることは、間違いないだろう。

<プロフィール>
取締役 事業統括:
松永 寿朗(まつなが・としろう)

1985年、長崎県生まれ。佐賀大学大学院農学研究科在学時に農業コンサルティングの興味を持ち、卒業後の2010年にクロスエイジに入社。生産者プロデューサーとして、農産物の商品化や販路開拓、貯蔵庫建設後の販売計画作成支援、大手スーパーの営業担当などに従事してきた。現在は全事業の統括責任者を務め、季節ごとの農産物の提案をマネジメントしているほか、新規農業分野参入支援、スマート農業導入支援なども行っている。社内では、働き方改革やテレワークができる環境づくりに取り組む。趣味は週末のウェブアプリ開発と筋トレ。