テレワーク時代のオフィス改革 行動科学で再定義するオフィス空間の創り方

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新型コロナウイルス対策によるテレワークの浸透で、オフィスは縮小、さらに不要論もささやかれるなど大きな岐路に立たされ、会社によって経営者の判断も揺れている。そんな中、オンラインセミナー「テレワーク時代のオフィス改革」が開催され、テレワークの時代にも、働く人の意識や行動に大きな影響を及ぼすオフィス空間は重要な役割を担うことが指摘された。また、望ましい社風や企業文化を醸成し、従業員のモチベーションを向上させるオフィス空間の創り方について、行動経済学の視点を交えた検討が行われた。

主催:東洋経済新報社
企画協力:翔栄クリエイト

基調講演
テレワーク時代に求められるオフィスのあり方とは

翔栄クリエイト
執行役員 ビジネスクリエイション事業部 事業部長
河口 英二氏

コロナ禍でテレワークが急速に広がり、一部の企業ではオフィス不要論も語られている。だが、翔栄クリエイトの河口英二氏は「オフィスは会社を大きく躍進させる力がある。リアルのオフィスはあったほうがよいと信じている」と訴えた。

なぜオフィスは会社を躍進させるのか。経営者が「会社をこう変えたら、成長するのではないか」と考えて、それを会議や朝礼で伝えたとしても、社員の行動がいきなり変わるわけではない。そこで、変化の触媒として使えるのがオフィス空間だ。「経営者が、会社の成長のために求めるビジョンイメージの方向に、社員の行動を変化させるオフィス空間を用意すれば、社風が変わり、会社の成長につながる」と河口氏は話す。

同社は、そうしたオフィス空間を18年間にわたって追求してきた。その事例の1つが、企業常駐型請負でITエンジニア派遣事業を営むアクロスロード社のオフィス改革だ。アクロスロード社の社員は、基本的に派遣先に直行・直帰するので、オフィスにはあまり出社しない。社長は、派遣先と円滑なコミュニケーションができるエンジニアを育成することで、さらに顧客から信頼される会社に成長できるはずだと考えて「自主的に発言する社員集団」というビジョンイメージを掲げた。それを実現するためには、直接顔を合わせるコミュニケーションが必須と考えていたが、オンライン上でのコミュニケーションが根付いているアクロスロード社では、オフィスに社員が集まるような社風にはなかなか変わらなかった。

そこで、オフィス移転に合わせて翔栄クリエイトに相談した。同社では、社長の思いを反映するオフィス空間として、オフィス中央に、周囲より一段高いステージ状にしたミーティングスペースを設けることを提案。会議に出席した社員の発言内容をホワイトボードで見える化する仕組みを取り入れるなど、社員の発言を強く促すために、さまざまな工夫を凝らした空間を創出した。

その結果、ミーティングの議論が活性化した。さらに発言が認められることを通じて、社員が自信をつけて成長。派遣先への行き帰りに、オフィスに立ち寄る社員も増えた。社長は「下を向いて出社してくる社員がいなくなった」と確かな手応えを感じていたという。

翔栄クリエイトは、こうした実績を通じて、社員の行動を、業績向上につながる方向に変えていくオフィス空間創りのノウハウを蓄積してきた。ただ、そのノウハウは、経験と感覚に頼るところも大きく、「なぜ、行動を変えられるのか」を説明しづらいというジレンマもあった。

しかし最近は、人が自発的に望ましい行動を選択するように促す仕掛けとして、行動経済学のナッジ理論が出てきたことで、これまでのノウハウの有効性を科学的に立証していく手がかりを得られるようになった。

河口氏は「(1)経営視点で理想の状況を描き、(2)その理想に合わせて空間の目的を設定、(3)その目的に沿って人が動く空間を創る――ことによって、会社にとって望ましい結果を得ることが可能です」と、オフィス空間による企業変革の効用を訴えた。

パネルディスカッション
行動経済学で再定義するオフィス空間の創り方

元明治大学情報コミュニケーション学部 教授
友野 典男氏

行動経済学が専門で、オフィス空間創りの理論化にも知見を提供する元明治大学教授の友野典男氏は、人の行動変化を促す方法には、強制・命令、金銭的報酬、誘導やきっかけづくり、という3つの方法があり、「3番目の方法を行動経済学では『ナッジ』と呼んでいる」と説明。意識の変化が行動を変えるのとは逆に、行動の変化が意識変化につながることにも学問的裏付けがあると指摘した。

ただ、人がどのように自身の行動を決定するのかは、不明な部分も多い。ホワイトボードの設置など、他社の成功事例がつねに再現できるわけではなく、必ず成功するナッジの活用法があるわけでもない。

そこで、オフィス改革では「行動経済学でも使われる、試行と改善の繰り返しによる実験的なアプローチが有効だろう」という認識を示した。ナッジの手法は、企業の不正防止など、さまざまな領域に応用できる可能性があり、翔栄クリエイトのオフィス空間創りについて「行動経済学の知見を生かした興味深い実践例として期待している」と評価した。

リクルートエグゼクティブエージェント
代表取締役社長
波戸内 啓介氏

経営人材を紹介するリクルートエグゼクティブエージェント代表取締役社長の波戸内啓介氏は、経営者の視点から「オフィス戦略は、経営戦略の1つだ」と、その重要性を訴えた。

社員のモチベーションを高めるためのインセンティブ(動機)を、経営者が上手に働かせることは業績にも直結する。金銭報酬など外的な動機づけと並んで重要な、従業員の意識に影響を及ぼす内的な動機づけが、オフィス戦略の目的になる、と意義を示した。

リクルート本社は、上下の階へエレベーターを使わずに行き来できるようにするため、わざわざ階段を設置して、部門間のコミュニケーションを密接にしている。

「オフィスは経営の世界観を体現するもの。社員の意見を反映させるというよりは、経営の判断が必要な領域だ」と述べた。

リクルートは、コロナ禍の前からテレワークに取り組んでいるが「本当にこれで正しいのか。いまだに迷いはある」と心中を吐露。「コロナ時代を乗り越える仕事のやり方を経営者みんなで考え、日本から世界に発信できれば」と語った。

基調講演をした河口英二氏は、オフィス空間創りは投資であり「業績向上に結び付けなければならないと考えて取り組んできた」と、これまでの18年間にわたる取り組みを振り返った。その中で、狙いどおりに人を動かすオフィス空間のデザインは手探りで進めてきたが、「蓄積した経験に行動経済学の理論も加わり、設計のポイントがわかりやすくなってきた」と手応えを口にした。