日本が目指すべき健全なる「ものづくり」の発展

世界を先導し、自らモデルを確立せよ

小宮山 宏 氏 Hiroshi KOMIYAMA
三菱総合研究所 理事長 プラチナ構想ネットワーク 会長  1944年生まれ。67年東京大学工学部化学工学科卒業。72年同大学大学院工学系研究科博士課程修了。88年同大学工学部教授、2000年工学部長、大学院工学系研究科長、03年副学長などを経て、05年4月第28代総長に就任。09年3月に総長退任後、同年4月から三菱総合研究所理事長就任、10年8月からプラチナ構想ネットワーク会長就任
日本のものづくりは、世界に誇る品質と技術で自国の経済を支えてきた。しかし、IoTをはじめとする第4次産業革命の進展、グローバル化と保護主義の攻防、さらには新型コロナウイルスの打撃により、いま多くの企業が難しい舵取りを迫られている。そこで、かねて日本を「課題先進国」と位置づけ、世界をリードする新しいものづくりを提言してきた、三菱総合研究所理事長で第28代東京大学総長の小宮山宏氏に、日本がいちばんに解決すべき課題と、世界を牽引しうる「健全なるものづくり」への心構えを聞いた。

日本は「高齢化×ビッグデータ」分野で世界を先導できる

現在、日本が抱えるいちばんの課題は、「高齢化」です。日本は江戸時代のころから、世界でも平均寿命が高く比較的豊かな国でした。明治維新以降は欧米を追って急速に近代化を果たし、現在の平均寿命は80歳を超えます。私たちは、どの諸外国も経験していない「超高齢化社会」を生きているのです。

高齢化以外にも、東日本大震災を経て脱原発・脱炭素などのエネルギー問題も抱えています。日本はまさに、課題先進国。これまでは欧米が築いた社会モデルを追いかけてきましたが、今後は世界的な課題を先導し、自らが新しいモデルとなる立場であり、世界中から注目されています。

幸いなことに日本では、医療やヘルスケアなどの研究開発が著しく、高齢化の課題を解決に導くイノベーションが数多く生まれています。例えば、文部科学省が2013年度から開始している「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」では、全国18の拠点で大学や企業の関係者が一体となり、イノベーションのエコシステム構築に取り組んでいます。

中でも、弘前大学では、「1000人×3000項目」の健康ビッグデータを、東京大学、京都大学、名古屋大学など複数の研究機関や民間企業と共に、15年にわたって解析してきました。その結果、今ではたった28項目程度で将来の糖尿病などの発症リスクを精度高く予測できるようになりました。これを日本の新たな産業にできれば、超高齢化社会の活路が開けるのではないでしょうか。

「日本は今、世界的な課題を先導し自らが新しいモデルとなる立場にあります」

資源を輸入に頼る日本こそ「資源×IT」分野に注力すべき

もう1つ、日本にチャンスがあるとすれば、エネルギー・鉱物・食料などの資源分野です。

再生可能エネルギーの世界平均コストは劇的に低下しており、2050年にかけて、再生可能エネルギーによるエネルギー自給国家になることが可能でしょう。太陽光発電の技術は日本が先行して開発したものの、市場導入が遅れました。しかし、AIと組み合わせ、雪が降る地域や国でも使えるようにシステム化するなど、まだまだ革新の余地はあるでしょう。

有効活用すべき資源として有力なのが木材です。日本は森林に恵まれていますが、木材を輸入に頼り、約8割の山を放置しています。これらを有効活用すれば、大規模な産業と雇用を生み出すことができます。木材活用の技術開発はもちろんですが、IT機材の開発・活用により老若男女が林業に携われる仕組みづくりも、同時に進めるべきでしょう。

また鉱物の分野では、取り壊されるビル・廃車から取り出した鉄や廃棄パソコン・家電製品からリサイクルされる希少金属を利用する「都市鉱山」の時代に突入します。ここで効率よく不純物を取り出すシステム開発にも、イノベーションの余地があります。

食料分野では、人々が世界規模で豊かになるにつれて、おいしい食材の需要が高まりますよね。今でも日本産の果物などは、高品質なブランドとして人気ですが、今後は水産業でも陸上養殖が増え、ブランド化される流れがくるでしょう。そこで、環境に負荷なく、効率的に生産できるシステムの開発が急務だと考えられます。

「国には失敗を恐れず、規制改革に果敢に挑戦してもらいたい」

このように各分野でイノベーションを促進するに当たっては、課題解決につながるIT技術などのテクノロジーを積極採用する覚悟が必要です。目下、オンライン診療の普及に向けた規制改革が進んでいますが、国には失敗を恐れず果敢に挑戦してもらいたいものです。

ただ、日本の民間企業は海外のベンチャーに比べると、チャレンジに対して及び腰な印象。例えば、海外の配車サービスや動画配信サービスは、法律や規制などのハードルをクリアする前に、自由市場でデファクトスタンダードをつくってしまったわけです。世界をリードするイノベーションを起こすには、国の出方をうかがうだけでなく、率先して市場を変える気概が必要だと思います。

もちろん、日本の経営者の多くは、企業の規模を問わずイノベーションの必要性を実感しているはずです。しかし、企業内で新事業に挑戦してもうまくいかず、新興ベンチャーに淘汰されるのが世の常。これは、経営思想家のクレイトン・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で指摘しています。

ですから、資本が潤沢な企業には、いまの100倍の規模でベンチャーへの出資や協業に取り組んでもらいたいですね。時代の流れを捉えた人材やベンチャーを育てられるかどうかが、日本経済の行く末を大きく左右するでしょう。

「企業×大学」で現場に眠る技能や知識を生かす

民間企業の現場には、細分化された技能や知識が数多く蓄積されているにもかかわらず、属人化され埋もれているケースがよく見られます。ものづくり発展のためには、分散した知識を統合すること、つまり「知の構造化」が絶対条件です。知識は、情報として死蔵されているだけでは価値を生み出しません。

そこで私は、産学官連携での研究・開発がいっそう重要になると考えています。日本の研究開発費総額の対GDP比率は約3%で、そのうち大学や研究機関が約0.6%、民間企業が約2.4%となっています。大企業も単独では基礎研究をしにくい時代なので、今後は大学との共同研究を積極的に推進し成果を出していくべきです。

例えば大学の周辺に、教授、大学生、ビジネスパーソン、行政関係者、外国人が交ざり合って話し合えるアクティブな場を生み出したほうがいいと考えています。基礎研究をやりたい社会人が学生を巻き込んで実践する、などです。そうすることで、思いがけないアイデアが生まれるでしょう。

結果として、大きな時代の流れを捉えた新しいベンチャーがどんどん輩出されることが、日本の生きる道だと思います。

「時代の流れを捉えた人材やベンチャーを育てられるかが、日本経済の行く末を大きく左右する」

コロナ禍で人々の購買行動や働き方が変わり、企業にも急速な変化が求められています。しかしいずれも、これまでやるべきだったことが後押しされたにすぎません。

この変化を不可逆なものにするには、われわれ一人ひとりが声を上げ、よりよい社会を勝ち取るしかありません。それをもとに、政治や企業のリーダーたちには、世界市場に先手を打つために何を残し、何を変え、何をつくるのか知恵を絞ってほしいと願っています。

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