6人殺害で死刑回避、「心神耗弱者は減刑」の難題 被害者や遺族は苦しみ続ける

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人を殺しても、まったく罪に問われないケースがある。

今年8月、函館市のスーパーの駐車場で、面識のない男子大学生を後ろから包丁で刺して殺害しようとした疑いで逮捕、送検された韓国籍の男が、10月26日付で不起訴処分となっている。「心神喪失」のため刑事責任が問えないと判断したものだ。

これが報じられると、たちまちツイッターでは、この話題がトレンド入り。「韓国籍」というところに反応したものも多いようだが、裁かれないことに対する疑問や抵抗を覚えるといったコメントも少なくなかった。

それどころか、こうした場合、むしろ犯罪者は手厚く保護される。「心神喪失者等医療観察法」(医療観察法)に基づき、専門医療施設に入院となるからだ。

【2020年11月11日13:20】初出時、入院に関わる表現に正確でない部分がありましたので、上記のように修正しました。

この法律は、2001年の大阪・池田小学校児童殺害事件をきっかけに施行され、心神喪失または心神耗弱によって重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った人に対して、適切な医療を提供し、社会復帰を促進することを目的としている。

検察官は、そのため裁判所に「審判」の手続きをとる。審判では裁判官と精神科医の各1人が入院の採否を判断する。入院が正式に決定すると、〝社会復帰を促進すること〟を目的に、同法に基づく指定入院医療機関に送られていく。

罪に問われず、苦しむ遺族

この医療観察法によって、2人を殺しながら罪に問われず、それによって苦しむ遺族を過去に取材したことがある。

いまでは遺族も「忘れたい」「触れたくはない」という意向なので特定を避けるが、事件は九州で起きた。2009年5月の大型連休中のことだった。

当時50歳の女性Aさんは、向かいで一人暮らしの当時60歳の女性Bさんの家を訪れていた。そこへこの家の隣に住む男が入ってくると、いきなり刃渡り約19センチの短刀で、Aさんの背中を突き刺した。男はBさんの甥だった。突然のことにAさんは庭に逃げ出す。甥の凶行に驚き、止めに入ったBさんも腹部や胸部を数カ所刺されてしまう。さらに男は、Aさんを追いかけて、背部や左上腕部などを執拗に突き刺し、2人を殺害した。

男は短刀を持ったまま、道路を挟んだAさんの自宅に押し入る。その家族を狙ったようだが、幸い自宅には誰もいなかった。男はこの家を出て路上にいたところを、目撃者によって取り押さえられ、逮捕された。

この男には、精神疾患で入院していた経歴があった。検察による鑑定留置の結果、刑事責任能力が問えないと判断され、不起訴処分となる。

しかし、これに納得のいかなかったAさんの遺族は検察審査会に審査を申し立てる。

というのも、男は医療機関を退院後に実家で家族と同居していたにもかかわらず「借家で一人暮らしをいている」と嘘をついて、生活保護の給付を受けていたことや、襲撃のためのAさんの家への出入りには、怪しまれないように短刀を袖口に隠していたこと、それに何より、犯行時に騒ぎに気付いて止めに入った男の父親が、家から出て両手を広げて男の行く手を阻もうとしたところ、その脇の下をくぐり抜けて被害者を追いかけていった、ということがわかったからだ。

したがって、完全責任能力が欠如していたのではなく、再鑑定を実施して起訴すべきだ、というのが遺族の主張だった。

こうした事情を受けて、一般市民から構成される検察審査会では、「不起訴処分不当」の議決を下している。

次ページ議決は無視された
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