成功の反対は失敗ではない、「何もしないこと」

社長と教授が語る「やりたいこと」の重要さ

将来起業するかどうかにかかわらず、アントレプレナーシップを学ぶことで見えてくるものとは
近年、多種多様な企業でイノベーションが必要とされていることから、アントレプレナーシップ(起業家活動)が注目されている。武蔵大学副学長で、アントレプレナーシップの研究者である高橋徳行教授と、武蔵大学卒業生でもあり、実業界で活躍する渡辺パイプ代表取締役社長の渡辺元氏に、これからの学生に求められる力について、実際の研究や企業経営の見地から語ってもらった。

当たり前を疑うことがアントレプレナーシップの始まり

武蔵大学 副学長 高橋徳行氏

高橋徳行氏(以下、高橋) 私は、経営学を専門としていますが、学生に「経営とは」というイメージを問うと、その多くがお金を儲けることや会社を動かすことに考えが向くようです。しかし、経営とはもっと大きな視点で捉えていくべきものだと考えています。よりよい未来や課題解決のためにこそ、経営がある。渡辺社長は、事業を通して社会貢献を行ってきたわけですが、社長にとって経営そしてアントレプレナーシップとはどのようなものか、お聞かせいただけますか。

渡辺パイプ 代表取締役社長
渡辺元氏

渡辺元氏(以下、渡辺) 当社は1953年の創業です。私の父は戦後、主に水道用パイプとその付属品を販売する会社として事業を興しました。当時の流通は縦割りの問屋制度が主流で、パイプはパイプ問屋、水栓は水栓問屋というように、お客様の欲しいものがワンストップではそろわない時代でした。そこで、パイプとその付属品にとどまらず、衛生機器、住宅設備機器など、時代に応じて扱うものを増やし、「渡辺パイプに行けば何でもそろう」という当社独自の顧客価値を生み出しました。併せて全国への拠点開拓と新たな業態開拓を行い、当たり前とされていた既成の流通体制に課題を見つけ、顧客本位の仕組みに変えることができたからこそ、ここまで事業が発展したのだと思っています。

高橋アントレプレナーシップは、世の中の常識を疑い、新たな視点で課題を発見するところから始まります。渡辺パイプはまさに、アントレプレナーシップを発揮し、人々の生活をより豊かにしてきたゆえに、成長し続けてきたのですね。

会社が永続できるかは失敗を恐れず決断できるかどうか

高橋 貴社は「夢を持て、そして楽しもう、すべてはそこから始まる」という行動指針を掲げられていますね。私は、アントレプレナーシップを発揮するためには、必要な技術や能力、人材が100%そろっていなくても、まず「ありたい姿」を描くことが重要であると考えています。足りない部分は後から補えばいい。

まずは「ありたい姿」を描くことが重要

渡辺 企業にはそれぞれ、創業期や拡大期などの段階があり、「社会のために」と思っていても、実際に顧客や社会から評価されるまでには時間がかかります。しかしだからこそ、「ありたい姿」や行動指針が重要になる。私は2代目で、土台や拠点はもともとありましたが、漫然と守るだけでなく、つねに一歩先を描けるようにしてきたつもりです。

高橋 一歩先を描くことを見事に実現されたと感じるのは、1994年に構築されたSEDIA SYSTEM(Service&Engineering Dialogue System)です。1991年、バブル経済が崩壊した直後、お父様から社長という立場を引き継がれ、すぐに営業と物流の抜本的な改革に取り組まれていますね。

渡辺 私が会社を引き継いだ当時、営業はお客様の要望どおりに商品を提供する「御用聞き」になっていました。例えば住宅建築の現場では、仮設工事から竣工するまで、現場に合わせてさまざまな商品が必要になります。しかし、私たちはお客様に言われたものだけ納品しているケースが多かった。そこで、お客様のニーズを先取りして、こちらから全作業工程に必要な商品をご提案し、さらにコンピューターシステムで作業工程に合わせてそれぞれの商品をジャスト・イン・タイムに納品する体制づくりをしたのです。

言われてからやるのではなく、ニーズを先取りしてご提案する

高橋 今でこそ、コンピューターを使用した強固なロジスティクスが企業の競争力に直結することが一般的に知られていますが、当時はITをビジネスの最前線に活用するという点では黎明期。その時代に提案型の営業や物流の戦略を、コンピューターを駆使して実現させたというのは、画期的だったと思います。

渡辺 社会に必要とされる物やサービスを考え続け、「ありたい姿」を目指して変わり続けた結果だったと思います。そうしなければお客様から評価されず、利益も生まれません。またその際に大事にしていたのは、失敗しても決断すること。だんだんと会社が大きくなれば、社員やお客様に与える影響も大きくなり、一つひとつの決断に対する責任は重くなります。しかし右か左か決めないと、会社は動かない。

高橋 私も常々、学生に失敗してもいいから自分の判断基準を持って決断する勇気を持ってほしいという話をします。「成功」の真逆が「失敗」とよく言われますが、そうではなくて、「失敗」は「成功」の隣の隣くらい。距離が近いんです。「成功」の真逆は「何もしないこと」なので、学生のうちにたくさん失敗して、そこから多くのことを学んでほしいと思っています。

「失敗」は「成功」の隣の隣

「できること」よりも「やりたいこと」を語れ

高橋 武蔵大学では現在、「アントレプレナーシップ-新しい事業を始めるための経営学-」という講座を開講し、武蔵高校生も含めた約100名程度の学生が、さまざまなアントレプレナーやベンチャーキャピタリストの生の声を聞き、実際にビジネスモデルを考えています。

渡辺 私は、できるだけ早いうちから社会の仕組みを知り、自分は何をやりたいかを考える人が増えれば、日本はもっとよくなると思います。さまざまな起業家の失敗談や成功へのチャレンジを生きた話として聞き、実践できる場は、学生にとって大いに栄養になるでしょう。

高橋 渡辺社長は、これからの社会で活躍する人材、会社に欲しい人材をどのように考えられていますか?

渡辺 好奇心旺盛で感性のよい人を採用したいです。最近の学生は安定志向でおとなしい傾向があり、リスクを避けるあまり、何かを成し遂げようとする人が少ないように感じます。

社会の仕組みを知り、自分は何をやりたいのかを考えることが重要

高橋 学生には、自分から何かを起こすことを楽しみ、「できること」ではなく「やりたいこと」を見つけてほしいと考えています。多くの資格を取得して、あれができますこれもできますとアピールするより、「やりたいこと」を語れる学生のほうが魅力的ではないでしょうか。

渡辺 学生のうちに「やりたいこと」を明確に持てることは、とても幸せなことだと思います。勉強の仕方も物事に対する興味も変わってきますから。

高橋 日本では「起業する」という選択肢がキャリア教育からすっぽり抜け落ちていて、学生はいきなり「どの会社に入るか」という議論から始めます。全員が起業家になる必要はありませんが、この講座を通して幅広い選択肢があることを知り、自分の思い描いた未来を形にする力を養ってほしいですね。

「アントレプレナーシップ-新しい事業を始めるための経営学-」は、アルプス技研の創業者である松井利夫氏の寄付講座としてスタートしたもので、現在活躍中のアントレプレナーやベンチャーキャピタリストが多数登壇。ミャンマーで、現地のアントレプレナーとフィールドワークを行うチャンスもある。また、「ビジネスプランコンテスト」を実施し、最優秀チームには起業準備資金として最大100万円の賞金が授与されるなど、起業のための多彩な協力体制が用意されている。学部横断で、広く受講生を募っている点も魅力だ。一般の方も聴講生として参加するチャンスがあるというこの講座、チェックしてみてはいかがだろうか。
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