わざと「丸見え換気」、店舗の常識どう変わる? Go To Eatでも…客足の差は空気で決まる
普通は天井裏にある換気設備を「あえて見せる」新発想
連日の猛暑にうんざりした夏に続き、寒さと乾燥に耐える冬も、換気は大きな社会課題だ。求められるのは、部屋の温度を快適に保ちながら換気すること。窓開け・ドア開け換気では室内の適温を保てず、しかもエアコンの負荷を増加させ消費電力量がアップしてしまう。
とくに小売店や飲食店では、換気対策をしても、来店者にはその効果が見えにくいことが悩みの種だ。十分に換気されている様子が見えない店舗では、客足も遠のきかねない。今や、換気対策が店舗経営に直結する時代と言っても過言ではないだろう。
こうしたニーズを捉え、ダイキンは通常の開発期間よりもはるかに短い約2カ月で、新しいコンセプトの店舗・事業所用換気設備「露出形ベンティエール」を開発。9月7日に発売にこぎ着けた。これはエアコンで快適に整えられた室温を保ちながら新鮮な外気を取り入れる、「全熱交換器」と呼ばれる設備だ。全熱交換器は一般的なビルや大型の店舗にも多く導入されているが、人目に触れることはめったにない。大抵が新築時に、天井裏などに埋め込んで設置されるからだ。
ところが、露出形ベンティエールは室内から見える天井や壁に設置することが前提。「今すぐ換気機能を強化したい」というニーズに応えるため、全熱交換器の常識を覆したコンセプトとなっている。
超短期プロジェクトを可能にしたメンバーたちの情熱
今年2月、ダイキンの海外拠点の1つ・中国で人の移動が制限され、経済活動にも影響が出始めた。「この余波は世界に広がる可能性がある。そして換気に対するニーズが急速に高まるはずだ」と見たダイキン経営陣が、新たに生まれる需要を徹底的に刈り取るために、全世界横串での空気・換気商品の拡販、差別化新商品の開発・投入を決定した。
このことからもわかるとおり、換気に対するダイキンの力の入れようには、相当なものがある。10月初旬の記者会見では、代表取締役社長 兼 CEOの十河政則氏が直々に「空調業界のリーディングカンパニーとして、当社が市場をつくり、空気・換気のブランドを構築します。足元で顕在化したニーズだけでなく、潜在的な市場・顧客ニーズをも把握し、スピーディーな商品開発、ソリューション展開をグローバルに進め、一大事業に成長させたい」と語り、改めてその姿勢を明らかにした。
もちろん、露出形ベンティエールの企画・開発に携わる現場には、数々の苦労があった。営業企画を担当する、空調営業本部の高坂勇輝氏はこう語る。
「開発、品質評価、製造、物流といった工程を考慮すると、商品企画にかけられる期間はわずか1カ月。しかも、露出形の全熱交換器を作るということ自体、まったく新しい挑戦でした。全熱交換器は通常、天井裏に設置する前提で作られるため、デザイン性は度外視されています。店舗やオフィスの内部、または軒下に自然になじむようなデザインで、かつ法律で定められた換気量を実現するためにはどんな設計がいいのか。企画段階から課題が満載でした」
家電新商品の企画・開発には、通常短くても1年、大がかりなモデルチェンジや新技術が加わるケースでは2年ほどかかる。そんな平時モードをかなぐり捨てて「発売は9月初旬、企画・開発期間は約3カ月」というミッションに挑む姿勢に、「空気で答えを出す会社」を自負するダイキンの本気がうかがえる。
商品開発を手がけた空調生産本部の山本昌由氏は、開発の日々をこう振り返る。
「室内にいる人の目に入る商品だからこそ、デザイン性の担保が大きな壁でした。デザイン性を追求する場合、常識で考えれば、本体を覆うカバーの素材には鉄板か樹脂パネルを使うのが有効です。その場合十分な強度を保持しなければなりません。またパワフルに換気しながら、極力室内の温度は変えずに快適に保つという全熱交換器の特性上、機器内部の結露対策や気密性を確保することが重要です。そこで思い切って、デザイン性と機能を両立できる断熱材をカバーとして使うことで、従来の気密性や断熱性を維持しながら、デザイン性を確保しました。20種類以上の断熱材を用意して、デザインのチェックや性能テストを毎日繰り返しました」
「空気で答えを出す会社」の本領発揮はこれから
商品企画、商品開発、生産技術、製造、品質管理、物流など、新製品のローンチに関わる部署は多岐にわたる。経営戦略上「最重要」と位置づけられた新商品開発プロジェクトに、メンバー全員が全力を挙げて取り組んだことは言うまでもない。
「プロジェクトの開始時から、かつてない短納期スケジュールに異を唱えるメンバーは皆無でした。むしろ、それまで当社内でいわば”傍流”だった業務用換気設備が社会の関心を集めて一躍脚光を浴びていること、さらに当社経営陣が直々に自社の戦略商品と位置づけたことで、非常に士気が高まっていました。何が何でも、1日でも早くこの商品を市場に送り出すというモチベーションにあふれていました。
そもそも開発スタートは今年5月、すでにメンバー全員が在宅勤務で打ち合わせはリモートという状況でした。出社を最小限にとどめながらの開発は初の経験でしたから、開発にも部署間の連携にも試行錯誤がありましたね。暗いオフィスで1人、不安が口をついて出たことも……。無事に商品を完成させられた瞬間の、達成感と安堵感は忘れられません。全員がモチベーション高く取り組んだことが、勝因だったと思います」(山本氏)
こうして発売に至った露出形ベンティエール。世に出て1カ月半ほどだが、すでに飲食店やクリニック、美容室などを中心に納入され、高い評価を得ている。
「『露出形ベンティエールを導入しているだけで、換気に力を入れている店舗だと客に伝えられる』『機械が見えるほうが換気していることがわかっていいねとお客様に言われた』といった声も寄せられています。室内から見える所に後付け設置するというコンセプトが、世の潮流に見事にはまったという手応えを感じています」と高坂氏は胸を張る。
ダイキンはニーズを踏まえ、すでに新しい換気設備の商品開発に着手している。換気設備の需要は今後も長く続くと見ているからだ。過去の成功に甘んじることなく、社会課題を解決するべく邁進するダイキン。空気の質に対して大きな注目が集まっている今こそ、空調専業メーカーとしての、同社の真価が問われている。